第12話 とんかつと感謝

「...」


「...ゴクリ」


「... ...よし!! 今だ!」


俺は目の前の鍋に向かって箸を伸ばす

金色の衣が一瞬きらりと光ったこのタイミングこそとんかつを鍋から

救い出すベストなタイミングだ


「す、凄い..衣がキラキラしてるよ..」


俺の横で様子を見ていた立花さんの目もとんかつと同じくらい

キラキラしている様に見える


今俺たちは我が鷹藤家で2回目の料理教室をしているところだ

ちなみに今回の料理は立花さんからの要望もありとんかつである


「ポイントは鍋から取るタイミングかな

 肉を入れてから数十秒で良い色になるんだけど

 ここ少し早すぎたりすると口に入れた時のサクサク感が無くなっちゃうから」


「ふむふむ..でも取るタイミングって分かんなくなっちゃいそうだね」


「うーん 俺の場合何回もやったからベストなタイミングが

 感覚で分かるんだけど..」


「そっか.. とりあえずさっきの鷹藤君みたいにやってみる!」


「なんかあっても横で見ているから安心してね」


「ありがとう!じゃあ...」


そうして立花さんはそっと油でいっぱいの鍋の中に肉を入れる

あたりにはパチパチと油の跳ねる音がキッチンに響きわたる


「...今!」


しばらくして鍋からすっと取り出す

見た感じ衣が少し薄い狐色だ 少し早い様な..


取り出したとんかつを包丁でサクサクと切っていく


「あー! まだ赤かったよぉ...」


「うん..確かにもう少し色がついてからの方が良かったかも」


「むむ..難しいよー鷹藤君!」


やはりまだ肉が生焼けだ 

彼女は悲しそうに生焼けのトンカツが乗った皿を見ている


「まぁまぁ..初めてなんだからそんなに残念がらなくても..」


立花さんはまだ料理を始めて2週間しか経っていない

最初のうちは失敗なんてつきものである


「俺だって始めて1年間なんか全然ダメだったしさ..」


「え?そうなの!?鷹藤君にもそんな時期があったんだね..」


彼女は驚いた様にこっちを見てくる


「そりゃそうさ 俺だって人間なんだから最初から完璧に出来るなんてないよ

 はじめたての頃のとんかつなんか真っ黒でさ..

 つばめに食べさせるわけにもいかないから全部自分で食べてたなぁ」


思い返すと懐かしい..

そういえば俺が料理を始めて一番最初に作った料理がとんかつだった 

俺のおじいちゃんとおばあちゃんは昔街で食堂をやっていたから

当時小学生の俺はおばあちゃんに作り方を教わったんだった


「え?真っ黒って..大丈夫だったの?」


「いいや 次の日はちゃんとお腹壊したね」


「大変だったね..残したりはしなかったの?」


「うん 俺の料理をやる上でのマナーとして

 失敗した料理もきちんと食べる様にしてたんだ

真っ黒焦げになろうがお肉はお肉だし無駄にして良い理由にはならないからさ」


「鷹藤君 料理に対してまっすぐなんだね すごいなぁ」


「まぁね」


立花さんは凄いことの様にいうが俺からしたら当たり前の事だから何も思わない

料理を作る上で忘れてはいけないのは感謝する気持ちだと思う


俺たちは食材を頂いているんだ 命を頂いている以上

最大限のリスペクトを込めて調理したい..そう思う


俺が目指す『笑顔を与える料理』の為に..


「うん..決めた!私もこのとんかつ食べてみる!

 私も残したりはしなくないから!」


そういうと立花さんは生焼けのとんかつを箸でつまむ

そしてそのまま口まで持って行こうとする..


「あぁちょっと待って!」


「鷹藤君?」


「食べる前にレンジで加熱した方が良いよ 生焼けで食べると危ないから」


「え?でも鷹藤君 失敗した料理もきちんと食べる様にしてるんでしょ?

 ほらその..失敗しちゃったから..」


「失敗? なんで まだ大丈夫だよ」


俺がそういうと彼女は混乱した様にこっちを見る

どうやら俺の伝え方が悪かったのか


「えっと..俺が言いたかったのは失敗したからそれを食べるって事じゃなくて..

 食べ物を無駄にしない様にするってだけだから..

 今回のとんかつはここからでも全然なんとかなるよ」


「でももう切っちゃったし..もう一回揚げ直すっているのも..」


「大丈夫大丈夫!えっとね」


俺は生焼けのとんかつを電子レンジに入れ10秒加熱する


「本当は電子レンジを使うとサクサク感が少し薄めになっちゃうんだけど

 生焼けよりはこっちの方がいいよ」


「そっか!私もう切っちゃったからダメだと思ってたけどその手があったんだね」


「まあ普通はやらないからね」


「うう..それにしても料理って難しいなぁ..私も頑張らなきゃ」


「まぁ最初は失敗がつきものだからさ何回もやって少しずつ出来るようになるから今はそんなに心配しなくてもいいと思うよ」


「まぁとりあえずこれで完成した事だし食べちゃおっか

 冷めたら美味しさも半減するからね」


「うん!そうだね じゃあ...」


2人で出来上がった物を皿に乗せる

そして机に座り手を合わせる


「「いただきます」」  


**

「「ご馳走様でした」」


とりあえず食べ終わった皿を洗いながら今日やったことの振り返りをする


「作り方をまとめたやつは後でLoinでくるからまた自分で作ってみてよ」


「うん!今度は生焼けじゃないちゃんとしたのを作るから!」


「じゃあそろそろ解散にしよっか」


「そうだね そうだ鷹藤君明日は10時に○○駅に集合だっけ?」


明日はとうとう立花さんたちと出かける日だ

正直明日のことを考えると今から緊張してくるがまぁ大丈夫だろう


「うん 明日着いたらとりあえず連絡するから」


「分かった!じゃあ明日!鷹藤君今日はありがとう!」


「うん じゃあまた明日」


とりあえず立花さんとの料理教室も終わり一息つく


(明日か..早いな..)


もう週末なのか..立花さんと関わるようになってから時間の経過が早く感じる

それも一緒にいるのが楽しいからだろう


(明日何着て行こう.. 女子と遊びに行ったこととかないし..)


俺は自分のクローゼットを開き色々服を出してみる

だがそこにあるのは全部黒か白のシャツでオシャレといえるものは1つも無い


とりあえずスマホで『おしゃれ コーデ』と検索してみる


「くっそなんだこれ! こんなの持ってないよ!」


該当するどれもこれもが俺の持っているような服じゃない

事前にこんなに焦るなら普段からもう少しオシャレにも気を遣っとけば..と思う


(明日大丈夫か...?)


鏡の前で明日を不安に感じる俺だった






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