第9話 天使二人かく語るには

話だそうとしたら三人声が被る、という古典的ギャグをかましてから、クリスが口火を切った。どうして仲間の天使がここにいるのか知りたいらしい。

「こほん、マリー、いえマリアンヌはどうして現世に? 行先は告げて言ったと思うんだけどなあ? 」

マリアンヌか、また陳腐な名前だ。

天使様方はみなそうなんだろうか。

多田が酒を求めて台所を彷徨い、冷蔵庫にもないと気付いて彼女らがいる居間に戻った時、そう声が聞こえた。

何故かクリスは黒髪ボブ少女ーーーマリアンヌに全身で抱きつかれていたが。

満更でもないらしく、クリスの白く細い指先が黒髪を梳くように動かしていた。

「それよりも、クリス……気づかないの? 座学はかなり真剣に聞いてたのに? あの人は確実に、彼の『ハインリヒシュツルトゲッツィンヴァイアー』様だよ? クリスの憧れだったじゃないの 」

居間に入ってきた多田を見る二人の天使、その表情は様変わりしていた。

クリスは相当赤面していて耳の先まで真っ赤だ。碧眼の美しい目が溢れおちんばかりに見開かれ、あうあうと二の句が告げないご様子。

マリアンヌはそんなクリスを愉しげに見ているが、多田に見せる瞳は陶酔しきっていた。

多田はその長い、慣れない名前に居心地悪そうに頭を掻き混ぜるように撫ぜ、二人の前にどっかりと腰を下ろした。

「あー……マリアンヌちゃん、そのやたら名前が長いやつは何なんだ? 過去世と言われてもにわかには、つか、全く信じられないんだけどな?」

「……、はうう……多田克典ただかつのりさん、ヴァイアー様はそれはそれは出来た方だったんですよう。各地を旅して、その時々で暴れ回ってたモンスターや、邪神を討伐して回り一躍人気者に。

ですがヴァイアー様はそんなことを一つも鼻にかけるタイプではなく、むしろ好青年のままでした」


クリスは、大事なことのようにゆっくりと、説き伏せるように続けていく。

その顔は真っ赤で、まるで恋する乙女のよう。

ああ、憧れの存在なんだろうな、と多田に理解させる分には充分だった。



ーーーそれに、心がちくんとしたのは、見ない振りをした。

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