第11話 トラウマ

・・・。

トラウマだったのだ。

風俗業が。

別にその仕事に偏見があるわけではない。

ただ――好きになった子がそういう仕事をしているのが耐えられないのだ。

耐えられる、受け入れられる、仕事に貴賤はないんだからと、受け入れられた自分を信じてみても、いつかその思い込みが破綻してしまう。

――やっぱり、俺以外の男とそういうことをされるのは嫌だなって。

だって、していないのとしているのとで比べたら絶対していない方がいいに決まっている。

だから、「していてもいいよ」なんて受け入れてしまうのはただの我慢に過ぎないのだ。

俺は、それをよく知っていた。

だからこそ、俺は彼女を否定し「なんでそんなことをしたんだ」と問いただす他なかった。

「守ってやる」、「救ってやる」と――だから俺が嫌だと思うことは絶対にするなと見返りを求めるしかなかったんだ。

――でも、彼女は俺以上に俺のことをわかっていた。


『――だって小林くん、"俺を頼って"と言っても、結局"私の力になろう"とはしてくれなかったじゃない』

『そんなヒトの"お金以外のことだったら何でもする"なんて言葉、信じられるわけないよ・・・』

『どうせまた"これ以上は支えきれない"って私のことを見捨てるに決まってる――逃げ出すに決まってる』


彼女は、俺が気づいていない俺の目をじっと見据えて、そう糾弾する。


『小林くんってさ、結局私にくれた数万円でその代価として私とヤリたかっただけなんでしょ?』

『そのお金が際限なく求められそうだったから――私とヤるよりも渡すお金の方が惜しくなってきたから、"お金以外のこと"で何とかしようとしたんでしょ? "世話に行く"って言って私に直接会ってあわよくばSEXしたいって思ってたんでしょ?』


彼女は、俺が気付こうとしなかった俺の心の奥を見据えて、糾弾する。


『――違うっ!! 俺はほんとに君のことを守りたかったんだ!!!!』


『・・・嘘じゃん』

『――たった数万円もくれなかったくせに』



「はあ・・・はあ・・・」

全身が汗だくになっていた。

カーテンの隙間から朝になったことを伝える光が部屋に差し込んでいた。


「・・・これは、夢?」


そう、夢だった。

彼女とのやり取りがなくなって、彼女に抱いていた希望と絶望の両方が組み合わさった夢だった。

希望――それは、彼女の方からメールが送られてくること。

絶望――それは、俺がトラウマに抱えている好きな子が風俗堕ちをしていることだった。

"身体売ろうかな"と彼女が言っていたこと、そして一緒にバンドをしていたボーカルの子との過去の出来事が、俺に悪夢を見させた。


「いい加減にしてくれ・・・」


俺は、もう限界だった。

見ないように考えないようにしていた側面を自ら掘り起こした自分に、俺は文句を言った。

結局"お金を渡さない"選択をとった俺は、"彼女に騙されていた"のだと――"信用に値しないから支える必要がない"と判断したと言えてしまうのは、俺が気付かないようにしていた側面だった。

あの時も同じだ――

ボーカルの子に「守ってやる」とか「救ってやる」って散々言っていたのに――俺は結局彼女の手を離した。

そして、彼女は死んだんだ。

俺は、今も昔も結局好きな人を心の底から救ってやろうなんていう気概も覚悟も最初から持ってなんていなかったんだ。


「だって、あの時はもうああするしかなかった・・・」


じゃあ、際限なく彼女にお金をあげ続ければ良かったのか?

会ってもいないヒトを信じて、支援し続ければ良かったというのか?

彼女が幸せになり、救われるその時までずっと。

そんなのいつ訪れるかわからないじゃないか!

そもそも最初にお金をあげたのがいけなかったのか?

でも、それじゃどうやって俺のことを信用してもらって仲良くなれたんだよ。


出口のない迷路だった。

俺はひとまず落ち着こうと台所に向かい、コップ一杯の水を呷った。


「大丈夫、大丈夫・・・。彼女がほんとに風俗で働いてると決まったわけじゃない」


俺は、決まってもいないことを悪い方向に考えてしまう良くない癖があった。

その思考に囚われ、逃げ場を失い病んでいくことが今までも多くの場面であった。

だから、自分がまた同じことをしていると確かに客観視できていた。


「彼女はきっと大丈夫だ・・・」


俺はそうやって自分に言い聞かせる。

「信じよう、信じるんだ」と祈りにも似た感情で彼女を想う。

そうやって彼女の幸せを祈って盲信しておかないと、自分がおかしくなりそうだった。


そんな時だった――

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