第9話 反動
ブロックはされていない。
まだ、俺のメールを読んでくれている可能性がある。
俺は、おはようとおやすみの挨拶を1年続けてきて、このままじゃ一生彼女ともう一度仲良くなることはないだろうと薄々気づいていた。
だから、これは反動だった。
友人にああ言われ、俺の決意や誓いが揺れた。
刷り込みも、拗らせも、ほんとは全部わかっていた。
そうしていなきゃ自分を保てないほど、もう限界だったんだ。
闇雲に彼女を無条件に信じて――盲信して、縋っていないと、俺は彼女に騙されたんだと思ってしまう。
そしたら、彼女のことを嫌いになってしまう。
ある程度の誠意と想いの深さと意志は十分示せたと思うから――
『なんで返事してくれないの?』
俺は、彼女にそうメールを送った。
数分だった。
駄目もとで送ったのに、彼女からすぐに返事が来た。
『私が何を言っても小林くんが信じてくれるかどうかなんてわからない。だったら、説明するのは意味がないし面倒だなって』
『あなたが思っている以上に私は大変で、私がそれを説明してもあなたはそれを"大袈裟な作り話"だって思うでしょ?』
『私が事実を伝えてあなたに頼っても、あなたは結局信じてくれなかったじゃない』
『だから返事しなかったんだと』彼女は言った。
俺は、考えた。
彼女が言っていることは何も間違ってはいなかった。
彼女が話していたことが全て事実だったとすると、俺に拒否された時におそらく"もう信じてもらえない"と悟ったのだろう。
もしかしたら、"困ったことがあった時は俺を頼って"という俺の言葉を信じて俺に頼ったのかもしれない。
そして、いざ頼ってみたら"やっぱり無理だ"と俺に拒否され、絶望してしまったのかもしれない。
だとすると、彼女が"返事をするのも面倒"だと言いたくなるのも頷ける。
今ここで俺にできる方法は2つあった。
ひとつは、彼女をそう思わせる原因となった俺の行動を謝罪し、悪かったと彼女の要求する金銭を渡すこと。
そうしたら、全て元通りというまでにはならないかもしれないが誠意を示すことはできるだろう。
もうひとつは、"もうお金は送らないようにしよう"と自分で決めたことを遵守し、彼女の要求に答えるのはもうできないと正直に話すことだ。
それは、これまでずっと曖昧にしていたことだった。
それを伝えたらきっと彼女が離れて行くと――そう思って怖くてずっと言えなかったことだった。
俺は、その2つのどっちがいいか悩み、考えて、答えを決めた。
『・・・この際だから全部正直に話すね』
『俺は正直お金をあげ続ける関係はもう限界だった。俺はそれだけの関係が嫌だった・・・耐えられなかったんだ』
『君に尽くしすぎて何も返ってこなかった時に逆恨みなんてみっともない真似を絶対にしたくなかったんだ。君が全部嘘でも笑顔でいられるようにしておきたかったんだ』
『だから俺は、自分がここまでなら出せると思うギリギリの金額を君に渡して、そんだけ俺が君のことを気にかけて心配しているのを伝えたかった――君の力に、支えになりたいと本気で思っているのを伝えたかったんだ』
『その金額が君の中で信用にまで至っていないのなら、これまで通り俺を無視し続ければいい』
『――でも、俺は今でも君のことが好きだ』
『お金以外のことで何か協力できることがあれば何でもする。人手が足りないなら貸す――おばあちゃんと仲良くなって助けに行ってもいいし、家事とか掃除も、君が辛い時に近くで支えることだって何でもするつもりだ』
『だから、もし君にそういう時があれば俺を頼ってほしい。その時は絶対に俺は君を助けに行く』
俺は、これまでのこととこれからのことをいろいろ悩み、結局後者の選択をとった。
そして、それに"別の形"での誠意を示した。
"あなたの力になる"という言葉だ。
俺は、それまでの彼女からいただいた"ありがとう"という言葉たちを信じて、その言葉を発した。
彼女ならお金ではない"別の形"で俺に頼ってくれると、俺は期待し信じた。
お金をあげ続けるだけの関係も、返事が来ない一歩通行のメールを送り続ける関係も、耐えられなかったから――
俺がこれまで彼女にして"あげて"きたことは彼女にとっても大きいものだったと――
だから、"彼女はきっとまた俺を頼ってきてくれる"と――
俺は、そう彼女を"意識的に"過信し、"無意識に"見返りを求めた。
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