第8話 拗らせ
「・・・そんなのは恋じゃない。"刷り込み"っていうんだ」
1年ぶりに会った友人に俺は近況報告をした。
彼女のことで一度相談相手にもらったあの時の友人だった。
俺はその友人から「まだあの時のネカマと関わってたりしないよな?」と訊かれた。
俺はその問いに返答したら、友人にそう言われたのだ。
「たしかにそうかもしれない。でも、他に好きな異性もいない。今はそうしてるのが楽しいんだ」
俺は、友人にそう言葉を返した。
「他人の趣味にとやかく言うつもりはないけど、そいつから返事も来ないんだろ? あと、前にも言ったと思うけど、男かもしれないんだぞ? 小林がしてる行為に意味があるとは思えない」
「別に意味なんて求めてないよ。返事が来なくてもいい。男だったとしてもいい。俺がそうしていたいからそうしてる」
「・・・だからそれが"刷り込み"なんだって――"そうしていたい"って自分で思い込もうとしてるだけだよそれは」
「自分を大事にしてこない人にまで優しくする必要なんかないんだ。執着する必要なんてないんだ」
「今小林がすべきことは、その事実を認めてそいつから離れることだよ」
友人ははっきりと俺にそう言った。
「・・・そんなのは自分でもわかってるよ」
「俺のしてることが馬鹿で無駄でおかしいことくらいわかってるよ」
「でも、それを認めて手放したら、彼女が俺を騙していたのを認めてしまうことになる」
「まだ、嘘か本当か決まってないんだ。もしかしたら本当に大変な目に遭っていて、お母さんもお父さんもいなくて苦労しているのかもしれない」
「俺がここで手放してしまったら――彼女は本当にひとりぼっちになってしまうかもしれない」
「多分、普通の感覚してたらお前の言うように離れて行くのが賢い選択だって俺も思うよ。でもさ――」
「――だからこそ、俺だけは彼女を信じてやらなきゃいけないだろ?」
「――全部、嘘だったとしてもか?」
「だとしてもだ」
友人との会話はただの俺自身の意志の確認作業でしかなかった。
俺は、"騙されていたとしてもそうでなかったとしても彼女を好きでい続ける"と誓ったのだ。
俺さえ全部受け止められて笑顔になれるんだったら、問題は問題にならない。
だから、怖がらないで本当の君の姿を見せてほしいと――
1年前に俺がそうしようと決めた繰り返しでしかなかった。
友人は、そんな愚かな俺に言葉が見つからなかったのか、「拗らせてるな」と一言残し、それ以上このことに関しては言ってこなくなった。
拗らせている。
俺は、"拗らせている"というのがよくわかっていなかった。
俺の中では"こっちに進むのが正解"だと確信を持っていた。
だから、"拗らせているな"と揶揄されるように言われるのは腑に落ちなかった。
じゃあ、"拗らせていない"ってどういうことなのだろう?
この場合、嘘か本当かもわからない返事もしてくれない彼女にとっとと見切りをつけることなのだろうか?
そういう現実的な視点や価値観で状況を判断し、損をしない選択を取れということなのだろうか?
でも、それは"恋"と呼べるのだろうか?
現実的な視点や価値観で判断できなくなるから"恋"なのではないだろうか?
好きになった相手だからこそ自分のことを捨ててまで求め尽くしたくなるものではないだろうか?
俺は、SNSで彼女と冗談を言い合っていた頃が楽しかったんだ。
くだらないやり取りに幸せを感じていたのだ。
それがまた手に入るということなら俺は自分の未来など捨ててもいいとさえ思っていた。
だって好きなんだから――特別な感情を持ってしまったんだから。
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