第5話 陰り

その翌日のことだった。


『・・・もう2万円だけ、送って欲しい』


彼女からそうメッセージが来た。


俺は、もう冷静さを欠いている自覚があった。

そのくらい彼女のこと、彼女のしてきた話に胡散臭さを感じ始めていた。

だって、客観的に考えてみても金づるにしかされていない。

お金を援助しても真っ当だと思うような設定、貧乏アピール、不幸アピール。

全てがお金の援助を受けるための作り話に思えてくる。

――でも、そうじゃないかもしれない。

彼女の話は全部本当なのかもしれない。

俺は、わからない。

自分一人では判断がつかない。


俺は、もう自分ではどうにもできないとSNSで助けを求めた。


『相談したい』


普段、俺はSNSでは弱音を吐いたりはしないが、この時ばかりは誰かに話を聞いてもらいたいと思った。

でも、こんな話をされても困るだろと数分でその投稿は消すつもりだった。

投稿して数秒の間だった。


仲良くしていた友人からいいねが送られてきた。

その人は唯一俺との直接的な連絡先を交換している人だった。

俺はそれにどこか運命を感じ、その人にここ最近の出来事の話をすることにした。


「そいつ、俺の見立てでは"男"だぞ?」


これまでのことをその友人に全て話し終えたときだった。

友人は俺の話を聞き終えてからそう返事をした。


「え?」


俺はまたもや動揺を隠せなかった。

友人によると、友人も俺が彼女を知る前から彼女のことを知っているようで以前気になって彼女のことを調べたことがあったらしい。

その時、彼女の裏アカウントやらが出てきたらしく、そっちのアカウントでは写真つきの投稿に全て同じ男性が写っていたとのことだった。


「いろんな人と仲良くしてるのに誰も会ったって話、聞いたことないだろ?」

「オフ会とかにも来たことないし、ネカマで女っぽい発言してお金の援助してもらって小銭稼いでんだよ」


「ご愁傷さま」と友人は俺に言った。


俺は、その話を聞くと何点か思うところがあった。

彼女がほんとは男なのかもしれないと思う点がいくつかあったのだ。


「・・・だとしたら、最悪だ」


俺は、どうするかの判断をするために友人に話をしただけなのに、まさかその友人から彼女の裏情報が出てくるとは思ってもいなかった。


「まあ、数万円で済んで良かったじゃん」


「・・・まあ、たしかに」


俺は、すでに心ここに在らずな状態に陥っていた。

いや、まさか、そんな――"男かもしれない"はたしかに考えたことはあったけれど、それがほんとうかもしれないだなんて。

俺は、それまで"彼女と思えるヒト"にしてきたことの大きさを振り返り、簡単に友人の話を信じることができなかった。


『風の噂で聞いたんだけど、◯ちゃんって男なんだってね』


俺は、その日の晩に彼女にそうメッセージを送った。

その日の2~3日前から彼女から一切連絡が来ることも、既読がつくこともなくなっていた為、その質問を彼女にすることも自分の中で抵抗はなくなっていた。

そのメッセージを送る時に抱えていた感情は――裏切り、不信、恨み、嘲笑、称賛だった。

別に怒らない、俺が馬鹿だったよ――だから、それが本当なら教えてくれ、だとか。

俺がそう訊いたところで彼女はどうせずっと嘘をつき続けるんだから――そうしてまた俺から金銭を騙し取るつもりなんだから、その質問に意味はないよな、だとか。

どうせこの俺のメッセージなんて読んではくれないんだから、とか。

様々な感情が渦巻いていた。


だが、何日経っても彼女からの返信や既読がつくことはなかった。

結局、俺は彼女の何ひとつもわからないままだった。

会ったことすらないのだから、表情や顔色などの客観的な判断材料も欠如している。

友人から伝え聞いた"そいつ男だぞ"という情報だけが俺の脳内を闊歩している。

本当にそうかもしれない。

俺は彼女に騙されていたのかもしれない。

でも、好きになったんだ――彼女を信じたい。

でも、"彼女"じゃないのかもしれない。

俺を騙して金づるになっているのを裏で笑っているのかもしれない。

そんな疑りが現れては自らそれを手で振り払い、そしてまた現れては振り払うを何度も繰り返した。

答えのない問題をひたすら解いているような気分だった。

こうしようと決めた答えも、そこには必ず失うものがあった。

俺は、それが悲しくて、結局その答案用紙を破り捨てる。


そんな決着がつくことのない俺と俺との押し問答をしている最中、彼女はそんなことはいざ知らずに未だ俺への返信を送らずにいる。

それは、紛れもない裏切り行為であると、俺はちゃんと認識していた。

最終的には、俺はきっと騙されているのだろうと理解していた。


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