第4話 破綻
『どうしても1万円が必要だから送ってほしい』
1週間ぶりだろうか。
彼女から久しぶりに連絡が来た。
それは、何の気遣いもない――ただの金銭の要求の連絡だった。
俺は、ちょっと前まであんなに彼女の支えになってやりたいと思っていたのに、彼女から何の躊躇いもない要求をされたことに動揺を覚えた。
俺は、それをきっかけに必死に止めていた感情が爆発した。
"彼女は俺を金づるにしようとしているのかもしれない"
"彼女は、俺を騙しているのかもしれない"
"彼女は、嘘をついているのかもしれない"
"実は父も母も健在で、認知症のおばあちゃんがいることも嘘なのかもしれない"
"そもそも女ではないのかもしれない"
――ずっと律して考えないようにしていたことが俺の頭をかけめぐりいっぱいにした。
だって会ったことすらないのだから――
俺の不安を払拭してくれる程の確証が彼女とのそれまでのやり取りで一切ないのだから――
――でも、その疑りが自分の中に発生してしまった時、俺はこの上ない罪悪感を覚えた。
彼女はほんとうに困っているのかもしれない。
ほんとうに両親を亡くし、生活ができないでいるのかもしれない。
あまりに緊急を要するもので、気配りをする心の余裕がなくなっているのかもしれない。
あまりの生活苦に心を病み始めているのかもしれない。
――だとしたら、俺のこの疑りはあまりに残虐だ。
彼女のその金銭の要求は、彼女にとって唯一の救いの手だったのかもしれない。
他に頼るものがなくて、一縷の望みで俺に頼ってきたのかもしれない。
それなのに、俺は彼女への疑りが止められなかった。
たった1万円じゃん――なんて思えなかった。
『送っといたよ』
俺は、そう思ってしまったことを彼女に何も伝えずに黙って要求通りお金を送ることにした。
寸前のところまで『何に使うの?』や『何があったの?』を訊こうかと悩んだ。
でも、それを訊くこと自体が俺が彼女に疑いの目を持ってしまっている裏付けになってしまいそうでできなかった。
『わたしを疑ってるの?』と訊かれるのが怖かった。
――そのくらい彼女への不信感が俺の中で募っていたのだ。
でも、これがほんとに最後だ。
俺は、自分で制御できなくなった感情を考えて、彼女への支援はそれで最後にしようと決めた。
――でないと、俺は彼女に裏切られた時にほんとうに嫌いになり、恨みを持ってしまう。
たとえ彼女が言っていたことが全部嘘だったとしても、「なんだそうだったんだ、良かった」と言えるようにしておかなければいけない。
だって、両親も生きてて、おばあちゃんも健康で――そんな幸せなこと、他にないじゃないか。
でも、今回ではっきりとわかった。
――そう思えていられるのも限界なんだって。
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