第2話 献身
朝起きると、浮足立った昨日の感情が随分落ち着いているのが自分でもわかった。
ブロックされなかったからといって全てを許されたわけじゃない――
俺をブロックして拒絶したいほど嫌いでもない――
昨日彼女から送られた簡素な返信内容を改めて読み直し、俺はそれらを悟った。
だって、多少なりとも俺に対して好意を持ってくれていたらこんな"簡素"な文章にしない。
もっと嬉しい気持ちが文面に出てくるはずだ。
俺は、その残酷な事実に気づいてしまった。
だから、もう一度彼女にメールを送ったのはそれから3日程経ってからだった。
そのくらい、俺は彼女にメールを送ることが彼女にとっての迷惑行為になると確信していた。
『ごめんなさい。またかまってほしくてメールしました。』
『随分寒くなってきたね。風邪ひいたりしないようにね』
俺はそのような彼女を気遣う内容のメールを送った。
そういった内容なら迷惑にならないだろうという浅はかな考えでのことだった。
しかし、現に彼女はときどき体調を悪そうにしていた。
『うん。ありがとう!』
俺は、また彼女から返事が来て、そしてお礼を言われたことに素直に喜んだ。
だからだった――
彼女は病弱そうに見え、なおかつ貧しい生活をしているように見えた。
その根拠として、暖房をあまり使えず寒い思いをしていること(暖房をたくさん使える程の生活の余裕がない)、もやしなどの安い食材ばかり食べていると彼女の口から説明を受けた。
そんなことしてはいけない――するべきことではないとわかっていた。
でも、彼女が俺を拒絶しなかったことがただただ嬉しかったんだ。
『いくらくらいあればいい?』
俺は、次にメールを送る時にそのように彼女に訊いていた。
あまりそういうことはしない方がいいというのは俺自身理解していたが、それでも彼女の少しでも支えになればと思い、俺は彼女にお金を送ることにしたのだ。
『え? いいよ。悪いよ。さすがに受け取れない』
『いつもお世話になってるからそのお礼だよ。俺が送りたいんだよ』
『・・・さすがに悪いけど、この際仕方ない。いくらでもいいよ! 気持ちだけでいい! ありがと!』
俺は、最初数千円送るぐらいにしておこうと思っていた。
でも、そんな端したお金じゃ数日程度の生活費にしかならない。
いや、そんなの数万円だったとしても同じことだ。
相手のこと、自分のこと、いろんなことを鑑みて、俺は結局1万円を送ることにした。
『これで美味しいもの食べてね』
俺は、そのようにメッセージを残して電子マネーを彼女に送った。
せめてもの気持ちだった。
『うわ、こんなにいいの!? ありがと! イケメン!』
彼女が見て取るように喜んでいるのがわかった。
俺も、これで彼女が少しでも楽できるならとお金を送って良かったと心から思っていた。
『どうしてそんなに生活に困ってるのか訊いてもいい?』
俺は、ある程度彼女との信頼を構築した上で彼女にそう尋ねた。
『小林くんになら言ってもいいかな』
彼女はそう言って身の上話をしだした。
彼女の話を聞くと、彼女は父両親を事故で亡くし、祖父母の家で育ってきたらしいがその祖父も他界し、唯一いる祖母は認知症を患っていてその世話をしながら世帯の生活費を女手1つで稼いでいるとのことだった。
俺は、その話を聞いて絶句した。
そんな苦労をしている人が今もなお辛い最中にいるのはおかしいと思った。
俺みたいに順風満帆に何も苦労をせずそこそこな暮らしをして生きている人もいる。
好きな人がそんな苦労を背負い込んでいるというのに、そこそこの暮らしができている俺が彼女の支えにならずにどうすると俺はその時に感じた。
だから、彼女を支援するためにお金を送ることはなんらおかしいことではないと思うようになった。
俺は、それから事あるたびに彼女に貢ぐようになった。
毎月数万円程使っているアニメグッズなどの支出と同じようなものだと――それらを減らして彼女の支援をすればいいのだと思うようになった。
彼女は俺にとっての"推し"なんだと――
"推し"が喜んでくれるのが俺の生き甲斐なんだと、思うようになった。
それからも彼女が精神的に参ってそうな時や生活に苦労していそうな時に、俺は数千円程度ずつ彼女にお金を送った。
お金ではなくモノを送ることもあった。
その度に彼女に『ありがと』と感謝され、彼女が喜ぶ姿に俺は同じく喜びを感じていた。
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