第53話 【剛腕】の正体!
「嬢ちゃん、確かにお前さんはつえぇ。流石は
ジャスカーは新たに煙草を取り出して口に咥え、シュボッ! とライターで火を灯しながらそう言う。
視線の先で瑠奈が満身創痍ながらもゆらゆらと立ち上がったため、ジャスカーは内心で「まだ動けんのかよ……」と驚き半分呆れ半分といった具合に呟いた。
しかし、大剣の直撃を免れたとはいえ、スキル《裂破怒涛》の余波を喰らった瑠奈の身体は、ズタボロだ。
血まみれでだらりとぶら下がった右腕は、もう自慢の大鎌を持ち上げることも出来ず、タイツの破れた個所から血を伝わせる細い脚も左右に揺らめいている。
「だがな……若いな。若すぎる」
「……あはっ、オジサンと違って、こちとら現役のJKだからねぇ……」
「そうだな。だから女子高生らしく学校生活を楽しんで、適当にダンジョンでも探索しておけば良かったんだ……」
ふぅ~、と煙草の煙を吐くジャスカー。
「それなのによぉ、どうしていらねぇことに首突っ込んじまったんだ? ここはダンジョン・フロートの闇……嬢ちゃんみたいなのが足を踏み入れていい世界じゃねぇ。そんで、一体何しに来たかと思えば……それか?」
ジャスカーが指に挟んだ煙草の先端で示すのは、瑠奈の背後に置かれた檻に閉じ込められたモンスターだ。
「何故だ、嬢ちゃん? そいつらはお前さんが今までに散々ぶった斬ってきた奴らだろ?」
「…………」
「そんなにボロボロになってまで、守る必要はねぇはずだろ?」
「…………」
「お前さんはダンジョンでモンスターを斬る。俺はここでモンスターを殺す……結局、やってることは同じはずだ」
結果的にどうせ死ぬなら、場所がダンジョンの中であろうと外であろうと変わらない。
そんなジャスカーの言葉に、瑠奈はしばらく沈黙していたが、長くため息を吐いたあと口を開いた。
「オジサンのやってることが犯罪だから捕まえに来た、って言っても納得しないんだろうなぁ……」
そう。それはジャスカーが求めている答えではない。
瑠奈としても、そんな一般論を答えとするつもりはない。
瑠奈は腰のポーチから治癒ポーションを取り出して喉に流し込み、申し訳程度に全身の傷を癒す。
さっきまで身体の状態から物理的に持ち上げられなかった大鎌も、今なら意識が飛びそうな激痛を我慢すれば気合で持ち上げられる。
「良いよ、教えてあげる。オジサンの腐りきった根性を叩き直してからねっ!!」
「……やれやれ、元気な嬢ちゃんだ」
最後に一服してから煙草を手放したジャスカーが、両手で大剣を構える。
その様子を両の瞳で見据えた瑠奈も、低く腰を落とす。
(認めなきゃねぇ……あのオジサンはワタシより強い。殺さないよう手加減しなきゃなんて思ってたら、今度こそワタシが殺られる……)
スゥ……、と細く長く息を吐く瑠奈。
(今、この瞬間からワタシは殺すつもりでいく。相手を人間と思うな……直立二足歩行する高い知能を持ったモンスターだと思え……!)
瑠奈はカッ、と金色の瞳に鋭利な眼光を灯して見開いた。
そして――――
「……ぁぁあああああっははははッ!!」
躊躇はない。
殺意と殺意の衝突。
命のやり取り。
強い者が勝って生き、弱い者が負けて死ぬ。
そんな自然の摂理の中で、瑠奈が狂ったように絶叫と笑い声を上げた。
瞬く間にジャスカーへ肉薄する瑠奈。
グッと引き絞るように構えられた大鎌がシュバッ! と深紅の焔を纏った。
「《バーニング・オブ・リコリス》……!!」
誤って相手を殺してしまわぬように刃に巻き付けていた布が焔によって焼き千切れる。
晒される湾曲した血の色の刃。
焔を灯したその死神の鎌が――――
ズザザザザザザザン――ッ!!
さも曲芸染みた動きで大鎌を変幻自在に回転させながら連続で斬り掛かった。
闇夜にたなびく、深紅の焔の軌跡。
それすなわち、斬撃の軌道。
しかし――――
「っ、流石に速いな!」
いくつかの斬撃を身体捌きで躱し、避けきれないものを大剣の腹で受け止めたジャスカー。
火の粉や火花などと可愛らしいものではない炎の残滓が周囲に迸るが、ジャスカーは瑠奈の間合いから大きく飛び下がることで一連の攻撃から逃れた。
瑠奈の大鎌から焔が消え去り、一旦スキルが終わったことがわかる。
ジャスカーはそのタイミングで大剣を大上段に構え――――
「ぶっ飛べ――《裂破怒涛》ッ!!」
「あっはは! そうはいかないよ――《バーニング・オブ・リコリス》ッ!」
橙色に輝きながら振り下ろされる大剣。
すぐさま再び深紅の焔を灯した大鎌が、真正面から迎え撃つ。
ダァァアアアアアアアアアアアンッ!!!
とても金属武器と金属武器の衝突とは思えぬ轟音を辺り一帯に響かせながら、巨岩すら木っ端微塵にする衝撃波と、万物を焼き斬る灼熱がせめぎ合う。
両者の威力が完全に拮抗。
等しく帰ってきた反作用で、瑠奈もジャスカーも靴底を滑らせて大きく後退した。
開いた彼我の間合い。
向かい合う両者の真ん中には、煙が巻き上がっており視線が遮られている。
ここで一旦仕切り直しか……と、戦いのセオリー通りにジャスカーはそう思ったが――――
「あはっ!!」
「んなっ……!?」
バサァッ! と煙が一刀両断される。
開けた視界。
驚愕で目を見開いたジャスカーの視線の先に、赤いオーラを全身から滾らせた瑠奈が体勢を低く構えていた。
「ははっ……嬢ちゃん、かなりのバケモンだな……!」
ビュンッ!!
これまでの比ではない。
まさに瑠奈の姿がその場から霞んで消えるかのように動いた。
一呼吸置く間もなく、ジャスカーの眼前まで迫った瑠奈が身体を弓のようにしならせて持ち上げた大鎌を振るった。
「クソがっ……!!」
ガイィイイイン!!
咄嗟に大剣で防いだジャスカーだが、鈍く嫌な金属音が響き、振動する刀身を跳ね上げられた。
その隙に瑠奈は次の斬撃を放つ。
一度振り払った大鎌の勢いを止めて、反対方向から降り戻したのでは遅い。
今し方振り抜いた方向性に従って自身の身体を回転。
全身を軸にして一回転コマのように回り、再度同じ方向から――次は遠心力も加わった刃を振り下ろした。
苦し紛れか。
ジャスカーが身体の前に左腕を突き出す。
瑠奈は構わず大鎌を振るう。
脳裏にジャスカーの左腕が斬り飛ぶビジョンが浮かぶ。
そして、それを現実とすべく、大鎌の刃がジャスカーの左腕を――――
ガァアアアンッ!!
「えっ……!?」
瑠奈は思わず情けない声を漏らした。
視線の先で、大鎌の刃は確かにジャスカーの左腕を捉えている。
だが何だ、この音は。
とても肉と骨を断った音とは似ても似つかない、金属音。
瑠奈の動きがジャスカーの左腕に大鎌を当てた状態で止まる。
ジャスカーもホッと一安心するように動きを止めた。
そして…………
「今のは危なかったぜ……だが、わりぃな嬢ちゃん」
「あっ……」
カァン、とジャスカーが瑠奈の大鎌を押し退けるように左腕を振るった。
斬り裂かれた袖から覗くジャスカーの左腕は金属光沢を帯びている。
「俺の左腕は武装義腕。アダマンタイト製の【剛腕】だ」
「……っ!!」
仕留められると確信した一撃を防がれ、左腕が義腕だと明かされ……思考が停止しながらも、危険信号を発する本能に従って後退ろうとする瑠奈。
しかし、ジャスカーはそんな瑠奈に武装義腕の左腕を突き出し、その掌にある銃口のような穴を向けた。
「終わりだ、嬢ちゃん」
「あははっ……なるほど、【剛腕】……」
これまでの戦闘で、瑠奈はジャスカーの二つ名をその剛力から来るものだと思っていた。
しかし、ここでその真の由来を知る。
大剣を軽々振り回す腕力。
大鎌の斬撃を受け止めきる剛力。
そして、瑠奈の大鎌の刃に使用されているミスリルより高硬度のアダマンタイトで作られた、左腕の武装義腕。
それら全てを象徴して【剛腕】。
瑠奈の視線の先――ジャスカーの武装義腕の掌の穴から、魔力を圧縮した砲弾が射出される。
瑠奈の華奢な身体など、容易に撃ち抜く威力だろう。
瑠奈は死を予感した。
だが、そんなとき――――
「……《弧月》」
ズバァンッ!!
囁くような涼しい声がしたかと思えば、瑠奈に迫っていた魔力の砲弾が上空から飛来した斬撃によって両断される。
そして、目を丸くする瑠奈とジャスカー両者の間に、毛先に向かって白いグラデーションが掛かった長い黒髪が翻った。
バサッ、とはためく和風な装備。
右手には白刃の打刀。
右腰には納められたままの打刀が、もう一振り。
そんな装備を纏う少女が、背中越しに瑠奈へ言った。
「無理だけはしないようにって……言ったのに……」
ダンジョン・フロート最強の一角。
Sランク探索者【剣翼】こと向坂凪沙。
ここに見参――――
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