第52話 闇夜の激闘!

「さぁて、どうする嬢ちゃん? 今すぐ尻尾巻いて逃げるなら命は助けてやるぞ?」


 瑠奈の超加速からの一太刀。

 ジャスカーはそれを大剣で受け止めてから回し蹴り一閃。


 まさに一合。

 互いに一撃繰り出した状態。


 たった一撃。

 しかし、その実力差を確かに示す一撃。


 自身の優位性とその先にある勝利を確信したジャスカーの言葉に、瑠奈は呟くようにして反応を示した。


「命は、助けてやるって……? ははっ……あはははは……!」

「……何が可笑しい?」


 突如笑い出す瑠奈を不審に思ったジャスカーが眉を顰めるが、瑠奈は構わず笑い続けた。


 ジャスカーの問いに答えたのは、瑠奈の笑いが一段落着いてからのことだった。


「いやぁ、可笑しいよぉ~。オジサン、自分を一体何様だと思ってるの~?」

「はぁ?」

「命を助ける? 神様にでもなったつもりかな? さも生殺与奪の権利を握っているかのような口振りだけど、どんな戦いにおいてもワタシは自分以外の誰かに命運を決めさせたりしない」


 回し蹴りを喰らった右脇腹はまだ痛む。

 だが、そんなものはドーパミンの大量分泌による一種の感覚麻痺で我慢出来る。


 むしろ瑠奈は気分が良かった。


 目の前には強者。

 身体の奥底から湧き上がってきて抑えられない高揚が心拍数を加速させ、熱い血潮が全身を巡る。


 再び大鎌を構え、両足で地面を踏み締め、口角を吊り上げてカッと両眼を見開く。


 そして――――


「ワタシは可愛い。可愛いは正義。正義は――」


 ダッ! と地面を蹴り出した瑠奈。


「――悪をぶった斬るッ!」


 今度はジャスカーの周囲を回るようにして疾走。

 ジャスカーもそんな瑠奈の様子を窺うように、大剣を担いだまま佇んでいる。


(さっき私の一振りは呆気なく防がれた……流石は【剛腕】を名乗るだけあって、力勝負では勝てない。なら――)


 瑠奈はニッ、と口角を吊り上げて、辺りに置かれたモンスターを収監する檻や建物の壁を足場にして、超速立体機動を可能にした。


 縦、横、斜め――まさしく縦横無尽に駆け、飛び回る。


「ふっ!」


 駆け抜けざまに、瑠奈がジャスカー目掛けて一閃を繰り出す。


 しかし、動きを見切っていたジャスカーは余裕の態度を保ったまま、大剣の腹で防いだ。


「甘いな、嬢ちゃん」

「あはっ、辛くなっていくのはこれからだよっ!」


 瑠奈も一撃で仕留められるとは思っていない。

 一度で駄目なら二度。それでも駄目なら三度四度と幾度でも斬撃を繰り出すのみ。


 地面を蹴って跳躍し、建物の壁を足場にしてジャスカーへ飛ぶ。


「はぁっ!」

「…………」


 キィンッ!


 先程と同様に防がれる斬撃。

 瑠奈は気にせず、次は檻を足場に飛び掛かる。


「しいっ!」

「…………」


 カァン!


 またも防がれるが、関係ない。


 飛んで、斬って。飛んで斬って。飛んで斬って飛んで斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って――――


 キィン――ッ!  カァン!

ガァンッ! ガィイイン――ッ! キンッ!

  ガキィン――!    キィイイイン!

    ギァィイイインッ!

 ガァアアアン!  ガギィイン――ッ!


 幾度となく縦横無尽に斬り掛かる瑠奈。

 その度に甲高く鳴り響く金属音。


 未だ、一度たりともその刃はジャスカーの身体に届いていない。


 しかし、斬り掛かる度に瑠奈の速度は増し、悠然と立っていたジャスカーの表情にも動揺が浮かび始めた。


「あはっ! あはっ! あっはははっ!!」

(こ、この嬢ちゃん……どんどん速くなってやがる……!)


 そして、ついにそのときは訪れた。


「はぁあああッ!!」

「ぐっ……!」


 瑠奈の超速機動に隙を見せたジャスカー。

 ここぞとばかりに振るわれた瑠奈の大鎌が、半ば無理矢理防御に持ってきたジャスカーの大剣を大きく打ち上げる。


 大きく持ち上げられた状態の大剣。

 大きく仰け反るジャスカー。

 その胴体部はがら空き。


「さっきのお返し、だよっ!」

「がはっ……!?」


 瑠奈は左足を軸にしてキュッと靴底を鳴らして回転すると、その勢いに乗せた右足後ろ蹴りを繰り出した。


 ドスッ! と瑠奈の踵がジャスカーの右脇腹に刺さり込む。


 まさに瑠奈が初撃を喰らったその部位を押さえながら、ジャスカーは二、三歩後退る。


「……やるじゃねぇか、嬢ちゃん」

「あはは、冗談。思い切り吹っ飛ばすつもりで蹴ったんだけどなぁ~?」


 そう。

 ジャスカーは称賛を送ったが、瑠奈としては自分がそうなったように大きく後ろに吹っ飛ばすように蹴ったのだ。


 しかし、実際ジャスカーは後ろに少し下がっただけ。

 手応えとしても、まるで巨岩を蹴ったかのような感覚だった。


 とはいえ、一撃は一撃だ。

 今ので瑠奈は確信した。


(届く……ワタシの攻撃は、届くっ……!)


 ジャスカーに一撃入れたことで、瑠奈の意識は更に研ぎ澄まされていた。


 まるで海の底にでも沈んでいくかのように深くなる集中。

 闘志は激しく燃えながらも、冷静さは保持。


「次でぶっ飛ばす……!!」


 クルクルクルッ、とその場で器用に大鎌を回した瑠奈が、体勢を低く構える。


 そして――――


 瑠奈の身体の輪郭が霞んだ。


 疾く駆け、地面を蹴り、跳躍を経て壁を足場に。

 常人であればとても目で追いきれない立体機動からの斬撃。


「あっはははッ!!」


 鋭利な眼光を灯した瑠奈の金色の瞳がジャスカーを捉える。


 体感的にスローモーションになった世界で、振るわれた瑠奈の大鎌が徐々にジャスカーの胴体へ迫る。


 それはまるで、獰猛な鷹が急降下して獲物に鉤爪を立てるかの如き光景。


 しかし…………


「次? いや、嬢ちゃん……残念ながら、次はねぇ」


 ジャスカーが左手をポケットから抜き出した。

 両手で大剣の柄を握り込み、自身の身体に引き付けるようにして構えると、その太く長い刀身が橙色に発光した。


「――ッ!?」


 目を見開く瑠奈。

 だが、もう遅い。


 ジャスカーは既に、スキルを発動していた。


「砕け散りな……《裂破怒涛れっぱどとう》ッ!!」


 ブオォオオオンッ!!


 空気を嬲るようにして横薙ぎに振り払われた大剣。

 闇夜のキャンバスに斬撃の軌跡を橙色に塗り上げた。


 瑠奈は本能的に身を捻り、大剣の刃の直撃は避ける。

 しかし、次の瞬間、身体がばらけそうになるほどの衝撃を全身に浴びた。


「きゃぁあああああっ……!!」


 大剣を振り払った状態で残心するジャスカー。

 その視線の先で、仰向けに宙を舞う瑠奈。


 黒いパーカーの端々が裂け、おみ足を覆うタイツも穴だらけ。

 鮮血を散らしながら、瑠奈はドサッと地面に倒れ込んだ。

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