第51話 開戦!アンダーグラウンド!
「んあぁ……Aランク探索者をやった張本人、だな」
「…………」
四十代前半と思われる、咥え煙草の男。
気怠そうに間延びしたしゃがれ声のせいで上手く緊張感が機能しないが、その言葉の内容は異常そのものだった。
しかし、その男の異常さはそれだけではなかった。
怖くないのだ。
普通……そう、何もかもが普通。
そこらの街中を歩いていても違和感なく溶け込めるくらいに普通。
やはり、ある程度の練度の探索者になると、立ち姿や雰囲気からそれっぽさが滲み出るものだが、男からは一切そんな気配が感じられない。
(異常だ……)
ここは闇闘技場。
探索者稼業で活気に溢れるダンジョン・フロートの陰に潜む裏の世界。
そんなところに、いかにも一般人と言った風貌のオジサンが立っているのだ。
異常と表現せずにして何とするか。
(それに、この感覚……どこかで……)
その場に似つかわしくない、ぽっかりと穴が開いたような異常さ。
感覚のズレを生むような、不思議さ。
今この状況と似た感覚を以前に味わったことがあると思った瑠奈が自身の記憶を辿ると、その答えはすぐに見付かった。
(そうだ、似てる……あのときと似てる。初めて凪沙さんを見たときと……)
振り返ればあれは、瑠奈がその手に持つ大鎌を作ってもらうため、Bランクダンジョンを攻略したときのことだ。
事前に鈴音から凪沙はSランク探索者だと知らされていた瑠奈は身構えていたが、いざ会ってみると普通の人だった。
ちょっぴり……いや、かなり不思議ちゃん属性が付いているが、それでも「我こそはSランク探索者だぁ!」といったような雰囲気は纏っていなかった。
それでも瑠奈の本能が訴え掛けてくるのだ。
視覚的情報からは何の強さも感じられないのに、第六感とも呼ぶべき器官が「異常だ!」と叫ぶ。
今、こうして瑠奈が対峙する男には、まさにその感覚と酷似するものがあった。
普通なのに、怖くないのに……油断は出来ない。
洗練に洗練を重ね、磨きに磨きを掛け、辿り着いた末の境地。
それは、もしかするとこういった、内に秘めた圧倒的な異常さを普通というベールで覆い隠せるようになることなのかもしれない。
しかし、まぁ……何にせよ、だ…………
「オジサンも、この闇闘技場の関係者ってことで良いんだよね?」
「まぁそうなるが……正確には、俺が闇闘技場の支配人だ」
「……へぇ。ということは、だよ?」
瑠奈の口角が不敵に持ち上がる。
「ここでオジサン捕まえちゃえば……」
スッ、と大鎌を肩に担ぐようにして構え、身を落とす。
「まだいくつもある闇闘技場もまとめて、一網打尽に出来るってことかなぁ?」
「どうだろうなぁ……まず、嬢ちゃんが俺を捕まえられるかどうかもわからねぇしな」
男は最後に煙草を吸ってから指で弾いて捨てる。
まだ先端を燃焼させている火が、薄闇に橙色の軌跡を描きながら落ちていく。
「俺はジャスカー。【剛腕】のジャスカーだ……相手してやる。掛かって来な、
ジャスカーと名乗った男が、EADの特殊空間から人一人分は刃渡りがありそうな両刃の大剣を取り出して肩に担いだ。
それを見た瑠奈は瞳に鋭利な眼光を灯すと同時――――
「あはっ、遠慮なくッ!!」
今にも倒れてしまいそうなほど地面すれすれな前傾姿勢を取ると、出来るだけ地面と水平方向のベクトルに振り切って、足を蹴り出した。
ビュンッ! と一陣の風と化した瑠奈が、ジャスカーとの最短距離――自身と相手を繋ぐ一直線を辿って真正面から突進した。
(相手はワタシと同じく重量武器。対応しきれない速度で攻撃を叩き込むっ!)
彼我の距離はもはや数メートル。
先程三人の男を片付けたときの初撃は、ここで急激な方向転換をして不意を突いたが、今回は違う。
突き進む方向はそのまま一直線。
変化させるのは、その速度。
既に常人の動体視力では身体の輪郭を捉えきれない疾走だが、ここでもう一段階加速する。
グンと背を押す推進力。
それらを振り絞った大鎌に乗せて――――
「あっはははははッ!!」
右から左へ横薙ぎに一閃。
いくら刃に布を巻いていると言っても、これだけの勢いを乗せれば身体の一部を千切り飛ばしてしまうかもしれないと思った瑠奈。
だが、それは杞憂だった。
「なかなか速いじゃねぇか」
「……っ!?」
ガキィイイイイインッ!!
鳴り響いたのは、肉を千切った音でもなければ、ジャスカーの悲鳴でもなかった。
甲高い金属音。
金属と金属、刃と刃がぶつかり合った際に起こる、戛然とした音。
瑠奈の大鎌が届く前に、ジャスカーは眼前の地面に大剣の刃を突き立てるようにして壁を作り、難なくその一太刀を受け止めたのだ。
驚愕に見開く瑠奈の瞳が捉えたのは、大剣の柄を握るジャスカーの右手ではない。最初からポケットに突っ込まれたままの左手だ。
「……あはは、うっそ……!?」
「わりぃな。ホントだ」
次の瞬間、右脇腹に重い衝撃。
瑠奈が伸びているジャスカーの脚を視認したときには既に遅い。
「がはっ……!?」
大きく後方に吹っ飛ばされてしまう。
靴底を滑らせるようにしながら何とか転倒は避けるが、それでも思わず左手で押さえたくなるほどに右脇腹には激しい鈍痛が暴れていた。
「いっつぅ……! 女の子に手を上げるどころか、蹴り飛ばすなんて最低だねぇ……?」
「足癖が悪くてすまんな。だがまぁ、そう言いながらニヤケっ面な嬢ちゃんも大概ヤバい奴だぜ? マゾなのか?」
右脇腹を苦しそうに押さえながらもその口許では弧を描いている瑠奈と、それを可笑しく思って肩を竦めるジャスカー。
闇夜の中の激闘は、まだ始まったばかり――――
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