第50話 アンダーグラウンドの主

 とある日の夜。

 今日も瑠奈はギルドから提供された情報を元に闇闘技場を潰して回っていたのだが、一段落したところでスマホにメッセージが届いた。


『瑠奈、至急北部第二地区に向かって。詳しい場所は地図送る』


 凪沙からのメッセージだった。

 数秒遅れてダンジョン・フロートのマップにピンを指したデータが送られてくる。


 そして――――


『調査に当たってたAランク上がりたての探索者三人がやられた』


 すでに送られてきたマップを元に北部第二地区へ足を向かわせていた瑠奈は、そのメッセージに目を大きく見広げた。


『ウチも用事が片付いたらすぐに向かうから、瑠奈も無理だけはしないように』


 凪沙からのメッセージはそれで終わった。

 瑠奈はスマホを仕舞い、ダンジョン・フロートの夜景を駆ける足を更に加速させた。


(凪沙さん、目が見えないのにどうやってメッセージ送ってるんだろ……?)


 今時、文章の音声入力機能がある。

 そういうツールを使用しているのだろうか。


 瑠奈はふと浮かんだ疑問にそんな推測を立てながらも、すぐに思考をメッセージの内容に移す。


(それにしても、Aランク探索者三人がやられるくらいの相手がいるってこと、だよね……)


 Aランク探索者の平均的な探索者レベルはLv.70~89。

 凪沙のメッセージによると、敗北した探索者はAランクになり立てという話のため、探索者レベルはLv.70付近と推測出来る。


 現在の瑠奈の探索者レベルはLv.55。

 もし仮にここがゲームの世界であったなら、その敗北した探索者の名前ですら真っ赤な文字で表示されるところ、さらに敵は強いとなると、それはもうどす黒い色の文字になることだろう。


 さらに瑠奈の足取りが軽やかに、浮かれ気味で、加速する。

 ビルからビルへ、屋根から屋根へ……瑠奈の横目に夜景がビュンビュン通り過ぎていく。


「一体どんな奴だろう……あははっ……!」



 ◇◆◇



「へぇ~、今までの闇闘技場とはちょっと雰囲気違うねぇ……」


 どうやら今は客を呼んでいるわけではないらしく、これまで瑠奈が壊滅させてきた賑わいのある闇闘技場とは様子が違う。


 アリーナと思しき頑丈な格子で囲われたフィールドにはスポットライトの一つも当たっておらず、閑散としている。


 代わりに、その周りには大小様々な檻がいくつも置かれており、中には鎖で繋がれて身動きを封じられ、苛立ちと殺意を滾らせるモンスターの姿があった。


 瑠奈はそんな殺風景の中を、まるで観光地巡りでもするかのように歩いていく。


 すると――――


「おいおい、懲りずにまたやってきやがったぞ」

「ほえぇ……新手の探索者、女じゃ~ん」

「おっ、JKじゃねぇ!? やっべ、興奮すんだけど」


 暗闇の奥から三人の男が、いかにもと言った風な下卑た笑みを浮かべながら姿を現した。


 三人共が既にEADを起動しているようで、身体には鎧や外套を纏っていたり、手には短剣やハンマー、片手剣を持っていたり……やる気満々と言った風貌だ。


 しかし、それは瑠奈とて同じ。


 猫耳の装飾があるフードを外す。

 ニヤリと弧を描いた口と、可愛らしくも不気味な顔を晒し、右手を虚空にかざして特殊空間から大鎌を掴み出した。


 その湾曲した刃に布が巻き付けられているのは、数日前に、瑠奈が大鎌を振るっても相手を斬り殺さずに済む方法を考えた末、行きついた答えだ。


 街灯はおろか照明機材一つない。

 景色を浮かび上がらせるのは高い建物と建物の間から差し込む月光のみ。


 そんな薄闇の中で、瑠奈は自身の金色の瞳を一際明るく輝かせて――――


「行くよっ!!」


 地面を蹴り出した。

 グンッ、と勢いの良い推進力に身体を乗せ、一気に男達との彼我の距離を詰める。


 最初に狙うは、三人の内左端でハンマーを構える男――と見せ掛けて、間合いに踏み込む一歩手前で器用に身体の向きを転換。


 キュッ! と靴底を強く擦りつける摩擦音を響かせ、不意を突く動きで右端に立つ短剣使いの男に向かって大鎌を振り払う。


「なっ……!?」

「あっははッ!!」


 男は咄嗟に両手に持つ短剣を身体の前で交差させて防御姿勢を取るが、瑠奈の振るう大鎌との質量差が比較にならない。


 当然、その重量から繰り出される運動量を相殺できるはずもなく、


 ゴキャァ……!!


「ぎゃぁあああああッ!?」


 刃には布が巻かれているため切断はされない。

 しかし、短剣を交差させた程度ではとても殺しきれない大鎌の勢いに、男の両腕の骨が断末魔の悲鳴を上げた。


 もちろん、男の口からも絶叫。


「はい、一人っと――」


 瑠奈は既に戦闘能力を失った男への興味は失せたかのように、あっさり視線を次の男に向ける。


 右手に片手剣を構える男。

 踏み込みと同時に、「はぁッ!」と右斜め上から刃を振り下ろしてくる。


 瑠奈は冷静にその斬撃の軌道を見極め、大鎌を身体の前に持ち、盾の代わりにして攻撃をいなす。


(一撃一撃にキレがある……弱くはない、けど……)


 右からの水平斬り。

 返す刃で左から。

 突きを一度挟んでから、剣を振り上げ、大上段から――――


 ガァン!!


「――強くも、ないっ!!」

「ぐはぁ……!?」


 大きく振り下ろされる威力重視の一撃を、瑠奈は大鎌を押し込むことでパリィし、仰け反るように体勢を崩す男の横腹に三日月蹴りを刺し込んだ。


 大きな力はいらない。

 必要最低限の力加減で、適切なタイミングで正確に急所へ蹴るだけで、男をその場に悶絶させるに至らせた。


「調子に乗んなよ、女ぁあああああッ!!」


 どうやら待たされるのは嫌いだったらしく、最後の男が瑠奈に向かってハンマーを振り被る。


 そんな様子を瑠奈はつまらなさそうに見据えてから、半歩分後ろに下がった。


 ブゥン! と重く空気を嬲る音を鳴らし、文字通り瑠奈の目と鼻の先をハンマーが通過。そのままつま先数センチ手前の地面を打ち付けた。


 完全にそのハンマーの間合いを見切ったことによる回避だった。


「だめだめぇ~、重量武器をやみくもに振り回すだけじゃあ」

「うるっせぇ……って、クソッ……!」


 すぐにハンマーを持ち上げようとした男だったが、瑠奈がその先端を片足で踏んでいるのでビクともしない。


 そうなった時点で潔くハンマーから手を離して他の攻撃手段を撮れば良いものの、そうしない男に瑠奈はお手本を見せてやることにした。


「一撃の火力に注目しがちな重量武器だけど、こんな風に――」

「――んなっ!?」


 瑠奈は肩に担いでいた大鎌をクルリと回すと、布で巻かれた刃の曲線を活かして男の足をすくう。


 ドサッ、と尻餅をつく男。


「引っ掛けることも出来る」

「ふざけんな……!」


 怒りに肩を震わせ立ち上がろうとする男。

 瑠奈は再び大鎌をクルット回し、今度は柄の先端で男の顎を下から打ち上げた。


「大きな刃が付いてるからって、刃だけが武器じゃないんだよ」

「クソッ、クソッ、クソッ……!!」

「あははっ、三回も自己紹介ありがとう~。じゃあね!」


 ダンッ……!


 瑠奈は男の側頭部に多少力を加減して大鎌の峰を打ち込み、その意識を刈り取った。


 地面に転がる三人の男。

 瑠奈はそんな光景を見渡して、呟く。


「弱くはなかったけど、こんな三人にAランク探索者がやられる……?」


 決して、誰かに疑問を投げ掛けたわけではない。

 しかし、どこからともなくじゃがれた声が返事をした。


「んなわきゃねぇな……」

「……誰、かな?」


 警戒心を引き上げながら、声のした方を向く瑠奈。

 すると、視線の先に煙草をふかした男が立っていた。


 その男が、面倒臭そうに答える。


「んあぁ……Aランク探索者をやった張本人、だな」

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