第47話 ダンジョン・フロートの闇

「ん……よく来てくれた、瑠奈」

「お久し振りです、凪沙さん!」


 鈴音に連れられてその家にやって来た瑠奈は、客間に通されて凪沙と座卓を挟んで向かい合っていた。


 鈴音はと言うと、瑠奈と凪沙の前に茶を持ってきたあと、そのまま瑠奈の隣に正座した。


「えっと、ワタシに何か用事があるって聞いたんですけど……」

「そう。実は瑠奈に頼みたいことがある……けど、その前にこれを……」


 凪沙が傍らに置いてあった何かの資料と思しき紙の束を差し出してきたので、瑠奈はそれを受け取り、サッと目を通した。


「“闇闘技場調査書”……ですか?」

「そう……知ってる? 闇闘技場」

「い、いえ。初耳ですね」


 瑠奈がそう首を横に振って答えると、隣に座っていた鈴音が口を開いた。


「瑠奈先輩。闇闘技場というのは、このダンジョン・フロートで昔から密かに行われていた、言わば見世物です」

「見世物?」

「はい。ダンジョン外でモンスターと戦ったり、モンスター同士を戦わせたりするんです」


 ほえぇ~、と鈴音の説明に対して安易な理解の声を漏らす瑠奈だったが、すぐに当然の疑問が思い浮かぶ。


「えっ、待って待って? ダンジョン外でモンスターってどういうこと? モンスターはダンジョンにしかいないはずじゃ……?」

「もちろんその通りです。モンスターはダンジョンにしかいない……だから、連れてくるんですよ。こっち側に」

「そんなこと、許されて――」

「――ませんよ。明らかな犯罪行為……ですが、そうとわかっていても闇闘技場は今でも密かに行われているようです」


 娯楽。見世物。それらによって得られる快楽。


 人はコミュニティを結成し、協力し合える情に満ちた素晴らしい生き物であると同時に、己の欲を満たすためにどこまでも残酷になれる、ときにモンスターよりも醜い生き物でもある。


 ダンジョンから連れてこられたモンスターは、観客を喜ばせるためだけに使われる。


 例えば、幾重もの拘束具を付けられてじわじわと痛めつけられた末に殺されたり、賭け事としてモンスター同士を殺し合わされたり……その方法は様々。


 瑠奈は鈴音からの説明を聞きながら、表情には表わさぬままに心の底で不快感を募らせていた。


(闇闘技場……つまり、クソか。生殺与奪の権を握った状態で一方的に刃を振り下ろすなんて……面白味の欠片もない)


 鈴音の説明が一段落着いたタイミングで、凪沙が本題に入った。


「それで、その闇闘技場……最近、動きが活発になってて……ギルド命令の下、ウチを含め一部の探索者が捕縛任務に就いてる……」


 感情の起伏を感じさせないのんびりとした口調のせいで上手く緊張感が伝わらないが、ダンジョン・フロートの裏で犯罪行為が活発になっているというのは非常に由々しき事態だ。


「けど、その大半が対人戦闘に不慣れ……捕縛の際に犯罪者との戦闘が避けられない以上、人員は厳選され絞られる……当然のように、人手不足……」

「な、なるほど」


 そこまで聞いて、瑠奈は凪沙からの頼み事の内容を薄々察しつつ、その言葉を待つ。


「そこで本題……瑠奈には、闇闘技場関係者捕縛の任務に加わってもらいたい」

「だっ、ダメだよお姉ちゃん!」


 瑠奈が返事をする前に、鈴音が身を乗り出して声を大きくした。


「犯罪者って探索者か元探索者でしょ!? それも、ダンジョンからモンスターを生け捕りにしてこられるくらいのレベルの!」

「ん……まぁ、そうなる」

「そ、そうなるって……瑠奈先輩をそんな人達にぶつけるつもり!?」

「問題?」

「大問題だよっ!」


 バシッ! と机に平手を打ち付ける鈴音。


 鈴音がここまで怒るのは珍しいので、隣に座る瑠奈は目を丸くし、凪沙も驚いたように口をポカンと開けていた。


「確かに瑠奈先輩は強いよ。でも、それはモンスターを相手にするからで……人と戦うなんて……」


 鈴音の表情が暗くなっていく。

 大きかった声も、徐々に尻すぼまりになっていった。


 鈴音は心配しているのだ。

 瑠奈の実力を疑っての心配ではない。


 ただでさえ女子高生が探索者としてモンスターを相手にするのには相当な勇気を必要とするのに、それを今度は同じ人間を相手にしろと言っているのだ。


 女子高生が犯罪者を相手取る――否、女子高生の手も借りねばならない程、密やかに広がりを見せていたダンジョン・フロートの闇は強く、そして濃くなってしまった。


 そんな闇の中に瑠奈を向かわせることに、鈴音は不安を感じずにはいられない。


 ギュッと拳を固く握る鈴音に、瑠奈は優しく笑い掛けてその肩に手を置いた。


「鈴音ちゃん、心配してくれてありがとう」

「瑠奈先輩……」

「でも……ごめんね。この話、受けるよ」

「そんなっ……!」


 一瞬は瑠奈が身を引いてくれるのではと期待した鈴音だったが、その答えを聞いてすぐに眉尻を下げる。


 瑠奈としても鈴音を心配させるのは望むところではないが、もう決めたことで曲げるつもりはない。


「ワタシね、ダンジョンが好きなんだ。そこでの狩りが好きなんだ……ううん、愛してると言っても良い」


 胸に手を当てて、仄かに顔を赤らめながら微笑む瑠奈。

 しかし、それもすぐに背筋を凍り付かせるような無感情の表情に変わる。


「でも、今聞いた闇闘技場は駄目だね。戦いは対等な土俵の上に互いの命を懸けてこそ楽しいっていうのに、それを自分は安全なところから一方的な娯楽を求めるなんて……センスの欠片もない」


 ダンジョン・フロートは瑠奈が自身の可愛さを広める街。

 将来その可愛さの色に染まったダンジョン・フロートの片隅に、闇闘技場なんて言う汚点が残されるなど許されることではない。


「だから、排除……完全な排除のために、ワタシも協力します。凪沙さん」

「……そう。助かる」


 瑠奈の答えに、静かに頷く凪沙。


 しかし、鈴音はやはり瑠奈の決めたことに納得できないようで、拗ねたような表情を見せる。


 瑠奈は少し困ったように笑いながら、鈴音の頭をポンポンと優しく手で叩いた。


「ゴメンね、鈴音ちゃん。でも大丈夫だよ。ちゃっちゃと面倒事を片付けて、また一緒にダンジョンに潜ろう」

「……絶対、ですよ。絶対また一緒にダンジョンに潜るんですからね」


 鈴音は頭を傾けて、瑠奈の胸に体重を預ける。


 瑠奈は一瞬驚きはしたものの、鈴音を安心させるためならと拒むことはせず、しばらくその頭を撫で続けた――――

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