第六章~ダンジョンフロート・アンダーグラウンド編~

第46話 早春の光、蠢く闇

 探索者達の活気に溢れるダンジョン・フロートの表の姿とは裏腹に、夜、街頭の明かりも届かぬ路地裏の更に奥の奥。


 そんな場所に、その光景はあった――――


「嬢ちゃん、確かにお前さんはつえぇ。流石は迷宮の悪魔ダンジョン・デビルなんて呼ばれるだけのことはある……」


 カチャン……シュボッ……!


 しゃがれ声でそう語る男がライターに火を灯す。

 小さな橙色の揺らめきに照らし出されたのは、四十代前半と思われる男の顔。


 口に咥えた煙草に火を点ける。

 会話に間を置くかのように、煙草の先端を灰に変えた。


「ふぅ……、だがな――」


 吐き出された副流煙が前方に広がりながら流れ、少女の顔を撫でた。


「若いな。若すぎる」

「……あはっ……オジサンと違って、こちとら現役のJKだからねぇ……」


 男の評価に対し、少女は余裕を見せるかのように口角を上げる。

 しかし、それが精一杯の空元気であることは一目瞭然だった。


 もう大鎌を持ち上げる力がないのか、刃の先端は地面にぶら下げられるようにしてついている。

 それでも武器だけは手放すまいと柄を握る右手は、肩口や腕からの流血で真っ赤。

 その他にも、可愛らしい顔には打撲、擦り傷、切り傷。わき腹や脚も傷だらけ。


 立っているのがやっと、とはまさにこのことだ。

 いや、せめて立っていられるくらいに加減された、という表現の方が正しいか。


「そうだな。だから女子高生らしく学校生活を楽しんで、適当にダンジョンでも探索しておけば良かったんだ……」


 それなのによぉ、と男はどこか呆れたように肩を竦める。


「どうしていらねぇことに首突っ込んじまったんだ? ここはダンジョン・フロートの闇……嬢ちゃんみたいなのが足を踏み入れていい世界じゃねぇ。そんで、一体何しに来たかと思えば……それか?」


 男が右手の指に挟んだ煙草の先端で、瑠奈の背後にあるものを指す。


 檻だ。

 強固な合金で作られた大きく堅牢な檻。


 その中に閉じ込められているのは、ダンジョン内ではこれでもかというくらいに溢れ返っているが、決してその外では姿を見ることがない存在。


 ――モンスターだ。


 瑠奈はそんな檻に閉じ込められたモンスターに背を向け、男と向かい合っている。


 その姿はまるで、瑠奈がモンスターを背に庇っているようだ。


「何故だ、嬢ちゃん? そいつらはお前さんが今までに散々ぶった切ってきた奴らだろ?」

「…………」

「そんなにボロボロになってまで、守る必要はねぇはずだろ?」

「…………」

「お前さんはダンジョンでモンスターを斬る。俺はここでモンスターを殺す……結局、やってることは同じはずだ」


 何の悪意もない。

 その理屈を真にその通りだと信じて疑わない男の口振り。


 少女は長い沈黙を要してから、「はぁ……」と長くため息を溢した。


「オジサンのやってることが犯罪だから捕まえに来た、って言っても納得しないんだろうなぁ……」


 その少女は腰のポーチから治癒ポーションを取り出して、手早く喉に流し込んだ。


 既に流出してしまった血液は戻らないが、それでも全身の痛みが緩和され、傷も応急処置程度に塞がる。


 少女は垂れ下げることしか出来なかった大鎌を、握力を取り戻した右手で肩に担ぐと、ニヤリと笑って言った。


「良いよ、教えてあげる。オジサンの腐りきった根性を叩き直してからねっ!!」

「……やれやれ、元気な嬢ちゃんだ」


 迷宮の悪魔ダンジョン・デビルがダンジョンの外でその大鎌を振るい、まして狩り続けてきたモンスターを守ることになる未来など、想像出来た者はいないだろう。


 悪魔本人ですら、こんな事態になるなんて知りもしなかったのだから――――


 ………………。

 …………。

 ……。



◇◆◇



「鈴音ちゃ~ん! こっちこっち~!」

「あっ、瑠奈先輩っ!」


 春休みが開け、瑠奈は高校二年生へと進級。

 鈴音は問題なく受験合格を勝ち取り、高校生になった。


 入学式と始業式が同時に行われた今日、学校は昼前に終わり、一足先に正面玄関で待っていた瑠奈のもとに鈴音が小走りでやって来る。


 身に纏うのは真新しいブレザー制服。


 瑠奈の中では、鈴音の制服と言えば中学校のセーラー服だったので、こうして見ると新鮮な気分になった。


「入学おめでとう、鈴音ちゃん。ブレザー凄く似合ってるよ~!」

「えへへ、ありがとうございます。瑠奈先輩とお揃い、ですね……」

「あはは。それ言ったら全校生徒お揃いだよ」

「んもぅ、そう言うことじゃなくてですね……瑠奈先輩と一緒ということに意味があるんです!」


 ぷくぅ、と頬を膨らませて不満を訴えてくる鈴音に、瑠奈は改めて可愛い後輩を持ったなと感慨に浸りながらその頭を撫でた。


「あ、そうでした」

「ん?」


 瑠奈に頭を撫でられて心地よさそうに目を細めていた鈴音だったが、ふと何かを思い出したように目を向けてくる。


「瑠奈先輩、このあとお時間ってありますか?」

「うん、大丈夫だけど……えっ、ダンジョン行く!?」

「い、いえ、そうではなくて……というか、瑠奈先輩の頭の中にはダンジョンしかないんですか……」


 口を開けばダンジョンダンジョンと言う瑠奈に、鈴音は今更ながらに呆れつつも、話が脱線してしまわないよう本題を続けた。


「実は、お姉ちゃんが瑠奈先輩に用事があるみたいで……」

「え、凪沙さんが?」

「はい。なので、出来れば今日家に来ていただいて直接用件を説明したいそうなのですが……」


 どうでしょう? と尋ねてくる鈴音に、瑠奈は一瞬何の用事だろうと考えてみたが、それも実際行けばわかる話なので思考を中断。


 すぐに首を縦に振った。


「わかった。じゃあ、今から行く?」

「はい、ありがとうございます! あ、ついでに家でお昼もご一緒しませんか?」

「良いの!?」

「もちろんですっ! 腕を振るってお作りしますよ!」

「えっ、鈴音ちゃんの手料理!?」

「ふふっ、そうですよ」

「え~、楽しみ!」


 瑠奈と鈴音は、楽しそうに笑って話に花を咲かせながら学校をあとにした――――






【あとがき】

瑠奈――――


「みんな、おまたせっ!

 予定より一週間遅れになってゴメンね~!


 作者ちゃんには罰として、皆の代わりにワタシがこの大鎌で両腕をぶった切っておいたから安心してね、あはっ!


 えっ、腕がなくなったら続きが書けないって?

 あはは、大丈夫だよ~。レベルアップしたら腕はまた生えてくるんだから~!


 というワケで、連載・配信再開だよっ! 引き続きこの作品・チャンネルをよろしくねっ!」

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