第三章~運命の出逢い編~

第16話 とある少女のハプニング

 六月中旬。

 もう暦的には季節は夏であり、春頃の暖かさはすっかり湿り気を帯びた熱気というものに変わりつつあった。


(えぇっと……今日パーティーを組む人達は……)


 そんな中、今日が休日であることを利用して昼からCランクダンジョンゲート前の広場にやってきた少女が一人。


 Cランク探索者、向坂こうさか鈴音すずね

 現在十四歳の中学三年生。


 身長は百五十センチ半ばと平均的で華奢だが、発展途上の女性的な胸の膨らみは大きすぎず小さすぎず。また、手足もしなやかで長く、均整の取れたスタイル。


 加えて、涼し気な紺色の瞳が特徴的な顔は硬く精緻に整っており、可愛いというよりまだ子供ながらに美麗。セミロングに伸ばされたストレートの黒髪といい全体的にクールな雰囲気を纏っていた。


 そんな少女――鈴音は、SNS上でのやり取りが映し出されたスマホの画面と辺りの景色を交互に見やっていた。


(『広場の西側で待ってます』……あっ、もしかしてあの三人組かな?)


 鈴音の目に留まったのは男三人組。

 全員高校生くらいの青年。


 その内の一人は、メッセージであらかじめ送られてきていた服装と一致しているので間違いないだろう。


「って、ホントに来るのかよ~」

「いや知らんて。でも向こうは『よろしくお願いします』って」

「マジか! めっちゃ楽しみなんだが~」


 何やら談笑している三人のもとへ、小走りで向かった鈴音。


「あの、すみません。【ゆーや】さん、ですか?」

「えっ? あっ、はいはい! 俺です俺、俺が【ゆーや】です!」


 鈴音がSNSでやり取りしていた相手のユーザーネームを口にすると、やはり服装の特徴が一致していた青年が驚いたように振り返った。


「も、もしかして【スズネ】、さん!?」

「はい、【スズネ】です。今日の探索、よろしくお願いします」


 鈴音が礼儀正しく頭を下げると、【ゆーや】が他二人と顔を見合わせて口を開きっぱなしにしていた。


「あ、あの……何か?」


 気になった鈴音が首を傾げると、【ゆーや】が慌てて両手と首を振る。


「ああ、いや。ははは、まさか本当に来てくれるとは思ってなかったので」

「それはどういう……?」


 鈴音の記憶が正しければ、自分がSNS上で今日一緒に探索してくれるメンバーを募ったところ、真っ先に声を掛けてきてくれたのがこの【ゆーや】だ。


 それが、『本当に来てくれるとは思ってなかった』とはどういうことだろう。


 鈴音は言葉の意味を尋ねようとしたが、【ゆーや】が「いやいや、こっちの話だから気にしないで!」と言ってきたので、僅かにモヤモヤが残るものの納得しておいた。


「ともかく今日はよろしく! 俺、【ゆーや】こと佐々木ささき雄也ゆうや

「えと、向坂鈴音です。よろしくお願いします」


 早速行こうか! と雄也がニッと笑って他二人の青年を連れてダンジョンゲートの方へ歩いていくので、鈴音も一歩後ろを付いて行く。


(ちょっとイメージと違ったな……SNSでは真面目な感じの人かと思ったけど、実際はむしろ……)


 雄也の髪はウルフカットで、金髪に染められている。

 両耳にはピアス。

 他二人も雰囲気で言えば雄也と似たようなもの。


(まぁ、別にどうでも良いけど……)


 基本他人に関心のない鈴音。

 ゆえに固定のパーティーも組まず、いつも探索するときにSNSで呼び掛けてどこかのパーティーに入れてもらっている。


 一回一緒に探索したパーティーに再び入ることはあまりない。

 今回もそのつもり。

 だから、この雄也達の顔を合わせるのもこれっきり。


(探索が出来れば、それでいい)



◇◆◇



「スリーカウントで行きます」


「了解~」

「うっす!」

「おけ~!」


 どこまでも深い森が広がるCランクダンジョン内。

 探索から二時間ほどが経過していた。


 前衛を張る雄也ら三人の少し後ろで、鈴音は青と白を基調としたワンピース型の服とローブを身に纏い、先端に青い宝石の取り付けられた金属製の長杖を構えていた。


3スリー――」

「よぉし、そのままこっち連れてこ~い!」


 雄也の指示に従って、青年二人が狼型のDランクモンスターのヘイトを稼いで誘導してくる。


2ツー――」

「おっけおっけ、そのまま逃がすな~」


 全部で七体。

 三人でヘイトを分散し、後ろに控える鈴音の方へ行かないよう適度に攻撃する。


1ワン――!」

「よしっ、離れろ!」


 スリーカウントの終了と同時に、青年三人が素早くその場から退く。


 瞬間、ブワァッ――と鈴音から離れていても、風が身体をなぶるように感じる大きな魔力の波動。


 鈴音が構える長杖の先端に集中した魔力が冷気を生み出し、周囲に鋭利な氷の槍をいくつも形成する。


 そして――――


「《アイシクル・レイン》ッ!」


 鈴音の周囲を浮かんでいた氷の槍が一斉に射出された。

 それら全てが狙い違わず集まっていた――いや、一ヶ所に集められていたモンスターらへ飛んでいき、一掃する。


 ズザザザザザザザッ!!


 身体を氷に貫かれたモンスターらは、瞬く間に身体を黒い塵と化して空気へ溶けていった。あとには魔石が七つ。


「ヒュゥ~、さっすが鈴音ちゃ~ん。やるぅ~」

「……いえ、それほどでも」


 探索している間にすっかり距離を縮めたのか、かなり砕けた口調で鈴音に称賛を送る雄也。


 対して鈴音はその態度にピクリと眉を動かしていたが、あからさまに嫌な素振りは見せない。


 どうせ今日だけの関係なのだ。



 魔石を拾い終え、少し休憩することになった。

 この辺り一帯はしばらく探索してモンスターも狩り尽くしたので、比較的安全。


 そのため、鈴音は雄也ら三人と一緒に木陰で腰を下ろしていた。


 しばらく雄也らは楽し気に会話している。

 鈴音も話を振られたら反応するが、基本的に会話には参加していない。


 そのため、自然と会話は三人のみで弾んでいき…………


「うっそ、マジかよぉ~」

「マジマジ! あの人めっちゃ真面目そうな顔して、二日に一回は女とホテル行ってるって!」

「それも、毎回違う女っていうな」

「良いなぁ~! 俺もヤりてぇ~」


(はぁ……何で男の人ってこんな話ばっかりなんだろう……)


 思わずため息が溢れ出ていた。


 学校でもそうだ。

 男子だけで集まって何を話しているのかと通り掛かりに耳を傾けてみれば、その手のジャンルの会話で盛り上がっていたなんてこと珍しくもない。


「ねねっ、鈴音ちゃんはどう? 彼氏とかともうそういうことしてたりするのかなぁ~? あははっ!」

「は、はい……!?」


 三人の内の一人がニヤニヤしながらそんなことを聞いてきた。


 あまり感情を表に出さないよう心掛けていた鈴音も、流石にビックリした。


 ただでさえ自分という女性がいる前でこんな話をしていることにドン引きしていたのに、その上話を振ってくるとは。


 鈴音は眉を潜めながら口を開く。


「いえ。私彼氏とかいないし、そういうこと興味ないんで」


 そうキッパリとそう言い切った。


 少し冷たく言うことで、これ以上この話をするなというのを遠回しに伝えたつもりだったのだが、驚くべきことにその青年が話を続ける。


「えぇ~うっそ!? 確か鈴音ちゃんって中三でしょ? ちょっと遅くな~い?」

「アホかお前。中学生なんてそんなもんだろ?」

「いやいや。最近の中学生だったら全然ある話だって。何ならお前より経験豊富な奴だって沢山いるだろうぜ?」

「うっわ、中学生に負けてんのか俺!」


 不快だった。

 これ以上こんな話を聞いていては耳が腐りそうだと思った。


「あの、すみません。私今日はこれで――」


 もう帰ろうと思って立ち上がろうとした鈴音だったが、


「――お前ら初対面の相手にいきなり何話してんだよ~」


 急に雄也の腕が肩に回され、立ち上がれなかった。


 これまで経験したことのないようなゾワッとした生理的嫌悪感が全身を駆け巡った。


「良いかお前ら~。まずはスキンシップが大切なんだよ」

「っ、止めてくださいっ!!」


 肩に回された雄也の手が徐々に下へ――安易に触れることを許してはいけない場所へ向かおうとしていたので、鈴音は咄嗟に振り払う。


 しかし――――


「んで、相手の顔が赤くなって乗ってきたな~って思ったら押し倒すっ!!」

「……っ!?」


 鈴音の身体能力はEADによって強化されてるとはいえ、それは相手も同じこと。


 そうなれば力の差は当然、素の力――男性と女性の力の差がそのまま反映される。


 地面に仰向けに押し付けられた鈴音は、必死に抵抗を試みるが、覆い被さった雄也を退けることは出来ない。


「ひゅぅ~、その嫌そうな顔がそそるねぇ」

「こんなことっ……犯罪……!」

「ばーか。ダンジョン内での犯罪の発覚がどれだけ難しいか知らねぇワケじゃねぇだろ?」

「っ……!」

「バレなきゃ良いんだよ、バレなきゃ」

「絶対にバレる! 今は無理でも……ここを出たら真っ先に警察に――」


 無理だね、と雄也が鈴音の言葉を遮った。


「ハメ撮りだよ。今から一部始終撮影してやる。んで、お前が誰かに言おうものなら拡散。はい、鈴音ちゃんは何も言えませーん」

「ゲスが……!」

「では早速……いっただっきまーす!」

「い、いやぁ。いやぁあああ――」


「――いやぁ、何か楽しそうなことしてるね~?」


 一瞬、時間が止まったかのように全員の動きが止まった。


 目を向ければ、木の上に人影――少女だ。


 赤や黒を基調としたゴシックドレス風の装備を身に纏い、大鎌を肩に担いでいる。


「ねぇ、ワタシも混ぜてよ……あはっ!」

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