第17話 とある少女との出逢い

「ふっふっふふんふ~ん♪」


 深い森が広がるCランクダンジョン内にて、瑠奈が足元に無数に転がっている魔石を一粒一粒楽しそうに拾い集めていた。


「今日は撮影じゃないし、遠慮なくモンスター狩れるなぁ~」


 やけに上機嫌のワケはそれだった。


 最近は動画撮影用の探索ばかり行っていた。

 そうなるとどうしても内容が過激すぎるモノにならないように自制する必要がある。


 しかし、今日はオフ。

 自分の気の向くままに、好きなように、視界に映ったモンスターを片っ端から遠慮なく大鎌の錆にすることが出来る。


 スーパーの詰め放題で少しテンションが上がるように、瑠奈もダンジョンの狩り放題で楽しくなっていた。


 ただ、上機嫌な理由はもう一つある。

 それは…………


「それにしてもこのフード付きケープ可愛いなぁ~。赤色で服にも合ってるしっ」


 そう。

 瑠奈はいつものゴシックドレス風味な装備の上から一枚布を羽織っていた。


 それもこれも変に注目されてトラブルに巻き込まれるのを避けるためだ。


 Bランクモンスターをソロ討伐した配信以降、瑠奈――ルーナのチャンネル登録者数は五千人から一気に三万人となった。


 動画は見るがまだ登録はしていない層も含めると、今の注目度はかなり高い。


 配信で素顔を晒してしまっているのもあって、どうしても外出すると目立ってしまう。


 正直、瑠奈としては注目されるのは自身の可愛さが徐々に世に浸透し始めている証拠と捉えていて前向きなのだが、この先そのせいで変なトラブルが発生しないとも限らない。


 こうしてフードを目深に被って顔を隠し、ギルドやダンジョンゲート前の広場などで特徴的な得物の大鎌を出さないようにするのもリスクヘッジだ。


「ま、ワタシたるものリスクヘッジにも可愛さを! んぅ~、ケープ似合ってる! 流石ワタシ!」


 よしっ、と魔石を拾い終わった瑠奈が立ち上がる。


 今日が休日なこともあって、朝食を取ってからかれこれもう五時間はダンジョンに籠っている。


 普通の探索者なら既に二、三回は休憩を取っているか、そろそろ切り上げる時間だ。


 しかし…………


「うぅむ……もうちょっと楽しそうな相手いないかなぁ~?」


 瑠奈の体力はまだまだ有り余っていた。


 次の獲物を求めて、瑠奈が辺りをキョロキョロしながら森の奥の方へと足を進めていくと、どこからか話し声が聞こえた。


(ん? 他の探索者かな?)


 普段なら気にもしないが、今は早く他のモンスターを狩りたい気分。


 瑠奈とは別ルートで探索している人なら、聞けばモンスターが沢山いる場所を教えてくれるかもしれない。


 そう考えた瑠奈は、傍にあった木の上に身軽に飛び乗って視界を広げる。そのままどんどん木の上を伝っていって話し声の元を辿っていった。


 すると…………


「ひゅぅ~、その嫌そうな顔がそそるねぇ」

「こんなことっ……犯罪……!」


(わ~お……)


 そうそう見ない貴重な現場を目撃してしまった――強姦だ。


 瑠奈より少し年上かと思われる金髪ウルフの青年が、黒髪の少女を押し倒している。その周りにも二人の青年がいた。


 合意の上での行為でないことは、少女の顔を見れば一目瞭然。


「――お前が誰かに言おうものなら拡散。はい、鈴音ちゃんは何も言えませーん」

「ゲスが……!」


(あの女の子、鈴音ちゃんって言うのかな? めっちゃ可愛い……うん。すっごく可愛い……!!)


 さて、そんな可愛い女の子が今、欲望を自制することすら出来ない野蛮な猿によって汚されようとしている。


 見過ごす選択肢など、あろうはずもなかった。


(可愛いは正義。絶対不可侵の神聖な概念。それを……汚す? はぁ……ダメだね。これだから脳の育ってない猿は……)


「では早速……いっただっきまーす!」

「い、いやぁ。いやぁあああ――」


「――いやぁ、何か楽しそうなことしてるね~?」


 相手は猿――動物だ。

 怖がらせてはいけない。可哀想だから。


 瑠奈は脅かさないように出来るだけ可愛らしい笑顔を心掛けながら、木の上から声を掛けた。


 すると、青年三人が驚愕に目を見開いて瑠奈を見上げてくる。押し倒されていた少女も、涙目ながらに瑠奈を不思議そうに見詰めている。


「ねぇ、ワタシも混ぜてよ……あはっ!」


 シュッ、と静かに地面に着地した瑠奈。

 青年らは慌てて瑠奈から距離を取るように飛び退いた。

 少女の上に跨っていた青年も同様だ。


「ねぇ、君。大丈夫?」

「え……あ、はい……」


 瑠奈は地面に座り込んだまま固まっていた少女に手を差し伸べて、立ち上がらせる。


 青と白を基調とした上下一体型の装備。

 ロングスカートも特に破れたりしているわけでもなく、まだ手を出されていないことが見て取れた。


(取り敢えず間に合ったみたいで良かった)


 瑠奈は一安心したところで少女を自分の背に庇うように立ち、三人の青年らと正面から対峙する。


 身長は明らかに青年らの方が高く、同じ地面に降り立った今、今度は瑠奈が見上げる番になった。


「だ、誰だっ……お前っ……!」

「え、ワタシ?」


 三人の真ん中に立つ金髪ウルフの青年が長剣の切っ先を向けながら尋ねてきたので、瑠奈は一瞬キョトンとした。


(最近動画も結構見られてるからてっきりほとんどの人に知られてると思ったけど……あ、違うや――)


 瑠奈は自分が今フードを被っていることを思い出した。

 これでは顔が見えない。


 サッ、と瑠奈がフードを外す。

 すると、金髪ウルフの青年は眉を顰めただけだったが、残り二人があからさまに動揺を露わにした。


「こ、コイツ……!」

「ウソだろっ……!?」


「あれ~? そっちの二人は知ってるみたいだけど、真ん中のお兄さんは知らない? そっかぁ、ワタシの可愛さも完全に世に浸透するにはまだまだ掛かるみたいだね~」


 瑠奈が残念そうに肩を竦めている前で、三人が慌てた口調で話し始める。


「おい雄也知らないのか!?」

「は、はぁ? 知らねぇよ誰だよ」

「ばっか! 今話題のEラン――いや、今はDランクか」

「そうそう! 注目されるDランク探索者!」


(ふぅん、真ん中の金髪ウルフは雄也って言うんだ……)


 三人が話に夢中になってる隙に、瑠奈はEADの特殊空間に収納していた撮影用ドローンを取り出し、密かに撮影を始める。


「Dランクぅ? DランクがCランクダンジョンに一人で何やってんだよ! ははっ!」


 ビビって損したわ、と金髪ウルフ――雄也が愉快に笑う。


 そして、既に顔を青ざめさせている青年二人の制止を聞かずに瑠奈へ不躾な視線を向けた。


「ねぇねぇ、もしかして君一人? はぐれちゃった? お兄さんが出口まで送っていってあげようか? まぁ、もちろん手間賃は頂くけどぉ……」


 雄也が瑠奈の頭の先てっぺんから足の先まで視線で舐め回す。


 そして、服の下に隠れた瑠奈の素肌を拝むべく、剣先を近付けて胸元の服を少し裂こうとしたとき――――


 バキィン!

 ザシュッ!!


「あはっ、ざんね~ん。どうやらお兄さんにはワタシにだね~?」

「は……?」


 瞬きする間に瑠奈の大鎌の輪郭がブレたのは見えた。

 長剣の刃が真ん中から唐突に折れてしまったのもわかった。


 そして、今。

 雄也は自分の右腕の肘から下がなくなっていることに気付いた。


「うあぁあああああっ……!?」


 花弁を巻き散らす深紅の花。

 森の腐葉土に染み込む鮮血。


 痛みを超えた恐怖が、雄也の頭蓋に刻まれた。


「そんなに驚かなくても。腕なんてレベルアップすればまた元通りに生えてくるんだからさ~」


 ガクガクと音を鳴らすのは震えて打ち付ける歯。

 一方的な肉欲から来る生理的嫌悪感を催す光を灯していた雄也の目が、絶望色に染まる。


「もう一本いっとく~? それとも……」


 キラリ、と瑠奈の金色の瞳が鋭利な眼光を湛え、雄也の股を直視した。


「そっちを斬り落としてもレベルアップしたらまた生えてくるのか試してみよっか?」


 もうこれ以上この地獄のような空間に居座る勇気は、雄也達にはなかった。


「ぁぁあああああ!? うわぁぁあああああああッ!!」

「ちょ、待て置いてくなぁあああ!!」

「うおぁあああああ!?」


 一目散に逃げだす三人。


 瑠奈としても追い掛けたいところではあったが、被害にあった少女を一人残しておくわけにもいかない。


 それに、今じゃなくても良い。

 あとでしっかり予定だ――――



 この日の夜、ルーナのチャンネルで投稿された動画。

 題名は『オス猿三匹、貧相なエクスカリバーだけは惜しかった模様』だ。



○コメント○

『ざまぁwww』

『笑い事じゃないけど笑ってしまったw』

『いい気味』

『ダンジョン犯罪は絶えんからなぁ~』

『↑ルーナが取り締まったらええんちゃう?w』

『↑効き目抜群で草』

『ルーナよくやった』

『ってか、モザイクは出てもないエクスカリバーじゃなくて斬られた腕に掛けろよw』

 …………



 きちんと瑠奈は三人を殺したのだ。社会的に。

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