第13話 命のやり取り……!
戦闘開始から三分が経過していた。
字面にしてみれば、まだほんの三分。
しかし、当事者からしてみれば永遠にも感じられるどこまでも時間が引き延ばされた三分間。
「っ、たはぁっ……!」
瑠奈は腰に吊るしていたポーチから治癒ポーションを抜き取って、すぐさま口に含んだ。
脚や腕、脇腹、顔と場所に関係なく無造作に刻まれた切り傷や擦り傷が、治癒ポーションの力によってみるみる癒えていく。
もうこれで何度目か。
全身を鉄のように硬い鱗で覆われた【アイアンスケイル・グレータースネーク】が繰り出す一撃は、瑠奈の身体を吹っ飛ばすには充分すぎる威力。
尻尾で薙ぎ払われては地面を転がり、ポーションで回復。
鋭利な牙に掠って柔肌を斬られては、ポーションで回復。
だが、ポーションも万能ではない。
ポーションは確かに傷を癒してくれるが、完治させるわけではない。あくまで行動不能に陥らないための応急処置のようなものに過ぎない。
どれだけポーションを服用しようとも、受けたダメージは着実に身体に蓄積されていき、やがては限界を迎える。
だというのに…………
「あ~もうっ! 折角の可愛い装備がボロボロにぃ!」
瑠奈は自分の身体のことより、所々裂けてしまったゴシックドレス風の装備の方を心配する。
「この代償は高くつくよ……デカ蛇さん……!?」
「シュルルルルルゥ……!」
○コメント○
『マジで装備の心配とかしてる場合じゃないから!』
『ルーナもう止めとけ!』
『逆によくここまで耐えてるよな……』
『流石のバケモノっぷり』
『バケモノでも限界はある』
『今回は相手が悪すぎる』
『逃げろ』
『もう充分だろ! 逃げろ!』
『今すぐ逃げろ!』
…………
「バカだなぁ、みんなぁ。ここまでされてタダで帰れるわけないでしょ~?」
せめてこのデカ蛇の首を落とすまでは帰れないよ、と瑠奈は大鎌を肩に担ぐようにして構える。
グッ、と腰を落として地面を踏み締め――――
「あはっ!!」
勢いよく地面を駆け出した。
突風が吹き抜けるかのように大蛇に接近すると、跳躍し、空中で大鎌を振り上げたまま前転を繰り返す。
グルグルグル――と生み出された遠心力を大鎌の刃の先に一点集中させ、そのまま一気に振り下ろす。
「はぁあああああっ!!」
バキィイイイン!!
いくら鉄壁の鱗と言えど、流石にありったけの遠心力を乗せた瑠奈の一撃に無傷というわけにはいかず、無数の破片になって四散する。
これで五ヶ所。
【アイアンスケイル・グレータースネーク】の巨大な身体に、装甲の剥がれた場所が五つ出来た。
快挙とも言えた。
Eランク探索者が、Bランクモンスターの鉄壁の装甲を剥がしたのだ。
だが、事実としてまだその刃は大蛇の肉へは到達していない。
対して、瑠奈は激しく体力を消耗している。
このまま抗い続けてもジリ貧だ。
加えて、大蛇は単なる獲物としか捉えていなかった格下の瑠奈に、五ヶ所も鱗を剥がされたことによってヘイトが募っている。
攻撃の勢いが激しくなった。
「ギシャァアアアアアッ!!」
「っ!?」
大蛇が大きく身体をうねらせた。
全身を鞭のようにしならせ、スナップを利かせた尻尾の先で、
「やばっ!」
瑠奈は咄嗟に後ろへ大きく飛び退くが、
ダァアアアアアン!
つい先程まで立っていた場所にはクレーターが出来上がっていた。
そんな光景を目の当たりにして思わず呆然としてしまいたくなる瑠奈だが、そんな暇はない。
大蛇が尻尾を巧みに操り、今の一撃で砕けた岩を弾き飛ばした。
大蛇にとっては一つ一つの岩が粒のようなもの。
だが、瑠奈からしてみれば自分の身長と大差ない石礫が砲弾のように襲い掛かってくるのと大差ない。
「……っ!」
瑠奈は右へ左へ飛び下がりながら岩の砲弾を躱し、避けきれないものは大鎌を振るって捌いていく。
だが…………
「がはっ……!?」
自分の左脇腹辺りからゴキャァ、という鈍い音がハッキリと聞こえた。
対処しきれなかった岩の破片が容赦なく瑠奈の華奢な身体を打ち付けたのだ。
被弾によって瑠奈の身体は大きくよろけた。
ただでさえ文字通り
そして、その事実を身体に痛みとして教え込むように、降り掛かる石礫は容赦なく瑠奈を襲った。
大量に巻き上がる土煙。
不鮮明な景色の中には、隕石が振ってきた跡のような無数のクレーター。
○コメント○
『どうなった!?』
『大丈夫なのか!?』
『今のはヤバい……』
『これは死んだろ……』
『だから逃げろって言ったのに』
『逃げるべきだった……』
『想像通りの結果すぎる』
…………
視聴者らが固唾を飲んで見守る中、徐々に土煙が晴れていく。
誰もが思っていた。
瑠奈はもう死んだ、と。
あの石礫の砲弾の雨を受けて生きているはずがない、と。
だが…………
「はぁ、はぁ、はぁ……いったいなぁ……!」
立っていた。
もう倒れていても――いや、飛来した岩に圧し潰され、身体の原型も残さぬほどにグチャグチャになっていても誰も不思議には思わなかった。
しかし、それでも瑠奈は立っていた。
コメントには『うおぉおおお!』『生きてたぁあああ!』『良かった……』と歓喜と安堵の声が流れていく。
奇跡とも言えた。
奇跡的に生き延びた。
だが、奇跡はそう何度も起こらない。
得物の大鎌を支えにして無理矢理立つ瑠奈の華奢な身体は、切り傷擦り傷塗れで血が滲んでいる。
それだけではない。
服を捲ったら間違いなく赤黒い大きなあざがいくつもあるだろう。
内臓にも損傷があるのは確実。
満身創痍とはこのことだ。
この一連の攻撃を浴びて立っていた瑠奈に喜びの声を上げた視聴者達だったが、果たしてこんな大怪我を負ってあとどれだけ生きていられるかは謎。
○コメント○
『もういい逃げろ!』
『この奇跡を無駄にするな』
『ソロでBランクモンスターは無理あった……』
『もうズタボロじゃん……』
『これは死ぬ』
『死ぬとことか見たくないよ!』
『無茶過ぎた』
『衝撃映像無理なやつは今すぐ動画閉じろ』
『死ぬ瞬間映るぞ』
…………
「はぁ、はぁ、はぁ……あはは、勝手にワタシ死ぬことにするのやめてもらって良いかなぁ……」
ライブ配信に押し寄せるコメントを尻目に、瑠奈は荒い息を立てながらも、口の端から伝う血を手で拭ってから無理矢理な笑みを作る。
○コメント○
『ポーションで回復して全力で逃げるべき』
『果たしてモンスターが逃がしてくれるかどうか……』
『この怪我じゃもう逃げたところでだろ』
『失血死確定じゃん』
『戦うよりはマシでしょ』
『運が良ければ逃げ延びられる』
『ってかもうそれに懸けるしかないし』
…………
「うぅ~ん、残念。ポーションもうないんだよねぇ~」
実はさっき使った治癒ポーションが最後だった。
応急処置すらできない状況。
詰みだ――と、大半の視聴者が結論付ける。
「でも、問題はないかなぁ……」
コメント欄を見るまでもない。
瑠奈の言葉に困惑の声が大量に上がる。
瑠奈はスゥ……と細く息を吐き、荒い呼吸を整えた。
身の丈を越える大鎌を低く構える。
表情に浮かぶのは笑み。
全身の痛み、残り僅かな体力を誤魔化すためのものではない。
真にこの命を懸けた戦いを楽しんでいる、心の底からの笑みだ。
普段可愛らしい両の瞳には、どこか狂気的で鋭利な眼光が宿っていた。
「ワタシ達探索者が怪我を治す方法は大きく三つ。一つは休息による自然治癒。もう一つはポーションやヒーラーによる回復」
そして最後にもう一つ、と少女は口角をニヤリと釣り上げた。
「レベルアップ時の完全回復……!」
○コメント○
『何言ってんのこの人?』
『え、どういうこと?』
『確かにあとちょっとでレベルアップだった気が』
『だからどうした……?』
『適当に雑魚倒して回復しようってこと?』
『周りに他のモンスターいねぇじゃん』
『あ、もしかして……』
『まさかな』
『俺わかったかも……』
『絶対あり得ないこと思い浮かんだけど、違うはず』
『いや、目が完全にイッてる』
『これはやるぞ』
…………
「うんうん、話が早くて助かるなぁ。その通り……目の前のBランクモンスターを倒せば私はレベルアップして完全回復。あはっ、何の問題もないよねっ!」
キラリと大鎌の鋭利な刃と狂気的な瞳が光った。
「あはは……このギリギリの戦いでしか得られない栄養ってあるよねぇ! あはは、あっはははははははははははッ!!」
もはやコイツに何を言っても無駄。止まらない。
視聴者らの心中は一致していた。
完全に狂ってる。
これまでの動画でもモンスターを狩っているときの瑠奈は充分に狂気的だった。
だが、今この瞬間、それらの狂気がまるで可愛く思えてくるかのような高笑いが響く。
これには圧倒的優位性を築いている【アイアンスケイル・グレータースネーク】も、思わず警戒の色を滲ませていた。
「今やってるのはスポーツじゃない。ルールによって安全が確保され、勝敗が付くわけじゃない」
一歩、瑠奈がゆっくりと足を踏み出した。
「これは命のやり取り。食物連鎖という盤上で、唯一絶対の“弱肉強食”というルールに則って戦ってる。勝負の過程は関係ない……」
歩みがやがて小走りに変わる。
「最後に生き残っていた片方が勝者なんだよっ!」
気付けば瑠奈は駆け出していた。
「さぁ、決めようかっ! 生きたら勝ち、死んだら負けの単純明快な楽しい
ダンジョン探索配信者ルーナのライブ配信。
現在、同時接続数七千五百人。
多くの視聴者が注目する中、この戦いのファイナルラウンドの火蓋が切られた――――
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