第12話 絶体絶命の衝撃LIVE!?②

「何、あれ……?」


 Dランクダンジョン内。

 呆然とする瑠奈の前に突如姿を現したのは、【アイアンスケイル・グレータースネーク】――Bランクモンスターだ。


 博識な視聴者が発したコメントによると、名前の由来は『鉄のアイアンスケイル』。


 鱗の硬度はBランクモンスターの中でも上位で、Bランク探索者のパーティーですらその装甲を剥がすのに苦労するらしい。


 一体どうしてそんな強力なモンスターがDランクダンジョンに?


 そんな疑問は瑠奈だけでなく視聴者の誰もが抱いていたが、果たしてその理由がわかったところでこの絶体絶命の状況が打開できるのかどうかは不明だ。


 今瑠奈が取るべき行動はコメント欄を埋め尽くすように書き込まれている。



 ――――逃げろ!!



 しかし、イヤホンのAR機能で視界の端に映っているはずのそのコメントが見えないのか、瑠奈はただひたすらにジッと【アイアンスケイル・グレータースネーク】へと視線を向けていた。


 あまりの恐怖で腰が抜けたか。

 足が地面に縫い付けられてしまったのか。

 もはや逃げ切れないと諦めたか。


 …………否。


「……あはっ……!」


 恋をしていた。初恋だ。

 胸をドキドキと高鳴らせていた。


 意中の相手は“ダンジョン”。

 

 ダンジョンはいつも瑠奈に喜びと楽しさを教えてくれる。

 決して退屈しないよう、瑠奈の求めに応えてくれる。


「良いね……やっぱダンジョンはこうでなきゃ……!」


 気付けば瑠奈の口元には笑み。

 ときめく金色の瞳は大きく見開かれている。



○コメント○

『は、何やってんのルーナ』

『何するつもり!?』

『え、それはヤバいって』

『ヤバい!』

『それだけはやめとけ!』

『逃げろマジで!』

『死ぬぞ?』

『ちょ、衝撃映像は勘弁よ!?』

『本気で逃げた方が良い』

 …………



「何で?」


 瑠奈が視界の端に流れるコメントにようやく反応したかと思えば、それは問いだった。


「何で逃げなきゃいけないの? こんな……今こんなに楽しそうなことが始まりそうなのにさ……!」


 瑠奈はにやけの抑えられない表情を湛えたまま、スゥ、と大鎌を腰に引き付けるようにして両手に構える。


「Bランクモンスター? 良いじゃん。凄く良いよ! あはっ、こんなサプライズを用意してくれるなんて流石ダンジョンだね……もう何が起こるかわからないところが、たまらない……!」


 嬉々としてそう語る瑠奈の態度を交戦の意思アリと捉えたようで、【アイアンスケイル・グレータースネーク】がその瞳孔を縦一線に細めた。


 そして――――


「ギシャァアアアアア!!」


 先に動いたのは大蛇の方。

 流石はBランクモンスターというだけあって、その巨体に見合わぬ俊敏な動きで瑠奈に襲い掛った。


 沼から長い身体を勢いよく引っ張り出しながら、自在に外せる顎を活かしてクワッと大きな口を開ける。


 ズラリと白く鋭利な牙が並んでいるのが見えた。


「あっはははははっ!!」


 瑠奈は恐怖で身を固めることは一切なく、むしろ何かの絶叫アトラクションを楽しんでいるかのような面持ちで跳躍し、突っ込んできた大蛇の上を取る。


 ガァン! と大蛇が今の今まで瑠奈が立っていた地面に食らいついている隙に、瑠奈は宙で大鎌を大きく振り上げる。


「いっくよぉおおおっ!」


 ダンジョン内でも平等に作用する力――重力に従って身体が落下する勢いを大鎌にありったけ込めて、一閃。


 ガキィイイイン!


「かっ……たっ……!?」


 飛び散る火花。

 瑠奈の振り下ろした大鎌が大蛇の肉を断つことはなく、体表を覆い尽くす鉄のように硬い鱗によって呆気なく弾き返された。


 大きく身体を仰け反らせる瑠奈。


 大蛇は地面に埋もれさせていた顔を振り返らせて瑠奈の位置を視界に捉えると、身体の柔軟さを活かして尻尾をしならせ、そのまま瑠奈を打ち付けた。


「がはっ……!?」


 一瞬瑠奈の視界がブラックアウト。


 これまでの人生で――それは前世のものも含めて――今まで経験したことのない痛みと衝撃が全身を襲った。


 体表を鉄の如き鱗で覆われた尻尾で叩かれたのだ。

 それすなわち巨大なハンマーで殴られるのと同義であり、軽い瑠奈の身体を吹っ飛ばすなど造作もない。


「っ、たぁ……!」


 何度も地面をバウンドしてから、ようやく立ち上がった瑠奈。


 とても「痛い」の言葉一つでは表せない激痛が迸っているが、バトルハイによって大量分泌されるドーパミンに加え、歯を食いしばることによって堪える。


「はは……良いね……戦ってるって感じ……!」


 肋骨が数本逝ってようと関係ない。

 深呼吸して呼吸と精神を整えると、瑠奈は再度大鎌を構えた。


「今度はこっちから行くよ――ッ!!」


 ダッ、と力強く蹴り出す。

 半瞬遅れて抉れる地面。

 刻まれる足跡の歩幅は大きく、まるで飛ぶように駆けている。


 大蛇の黄色い両目はその動きをしっかりと捉えているが、動く素振りを見せないのは瑠奈の攻撃が脅威と感じていないからか。


「確かにさっきは弾かれたけどっ!」


 瑠奈は大蛇の側面に肉薄するなり、ギュッと身体の捻りを利かせて大鎌を振り被って――――


 ガイィイイイン!


 やはり硬い鱗に刃が弾かれてしまう。

 だが、それは瑠奈も想定済み。


「弾かれるならっ!」


 再度一閃。

 火花が飛び散り、刃も弾かれる。


「弾かれなくなるまでっ!」


 諦めずにまた一振り。

 結果は変わらず、大蛇の肉まで刃が届かない。


 それでも――――


「斬り続ければ良いだけの話ッ!!」


 ギィイイインッ!

 ガガガガガガガガガガガ――ッ!!!!


 瑠奈は巧みに大鎌を振り回し、連続で斬撃を叩き込んでいく。


 それでも決して肉には到達しない。

 しかし、着実に体表の鱗に傷をつけており、やがてそれが一本、二本……と増えていき…………


「ねぇねぇ、ジッとしてて良いのかなぁ? 余裕ぶってると、ワタシそろそろ――」


 キラッ、と瑠奈の瞳にどことなく鋭利な眼光が差した。


「――鱗剥いじゃうよッ!」


 バキィンッ!!


 立て続けに振るっていた瑠奈の最後の一閃で、大蛇の鱗が剥がれた。


 たった一ヶ所だ。

 大きな身体のたった一部分。

 されど、一部分。


 瑠奈の大鎌で大蛇の鱗が剥がせるという確実な証拠に他ならなかった。


「あはっ、勝負はここからだよ! 狩るか狩られるか。ダンジョンカーストで上なのはワタシか君か。決めようよ……!」


 文字通り鉄壁であるはずの鱗が剥がされた事実に。そして何より、瑠奈の浮かべる不敵な笑みに。


 Bランクモンスター【アイアンスケイル・グレータースネーク】の雰囲気が変わった。


 圧倒的優位性を保った位置から気楽に獲物を狙う釣り師から、同じ土俵に立って命のやり取りをする狩人の目。


 衝撃のライブ配信に続々と視聴者が増え続ける中、瑠奈の狩りは熱を増していった――――

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