第10話 初ライブ配信っ!

 足場の悪い湿原に立ち、大鎌を両手で構える瑠奈の姿があった。


 背の低い植物が群生しており、死角が多い。

 しかし、それらのどこかから確かに聞こえる。


 ピチャッ……ピチャッ…………


 モンスターの気配。


「姿は見えないけど湿地だから足音は聞こえるね~。ワタシの右側から後ろへ回り込むように移動して……」


 今はライブ配信中だ。

 瑠奈は出来るだけ思考している内容を口にして、視聴者に伝えるよう配慮していた。


 ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ……ピチャッ!!


「――来るッ!」


 瑠奈は自身の真後ろで濡れた足音が止まったのを聞くなり、振り返りざまに大鎌を一振り。


 すると、勢いよく飛んできた――否。をスパッと切断した。


 地面に落ちた断片を確認すると、ぬめっとした光沢のあるピンク色の触手。


 一見その正体が何だかわからなかったが、茂みから姿を見せたモンスターの姿を見て理解した。


「カエル! 【スナイピング・トード】だ!」


 Dランクモンスター【スナイピング・トード】――湿気の多い環境のダンジョンに生息する、カエル型のモンスター。


 流石モンスターというだけあって、大きさは一般的なヒキガエルの十倍はある。


「今斬ったのってカエルのベロぉ~? うえぇ……」


 瑠奈が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていると、豆知識的なコメントが流れてきた。



○コメント○

『名前の由来は、さっきの舌による遠距離攻撃。弾丸みたいに舌が飛んでくるから』

 …………



「あぁ、なるほど~! それで【・トード】なのか! あれ? でもそうなると……」


 瑠奈は何かを考えるようにジッと【スナイピング・トード】を見詰め、すぐにニヤリと口角を吊り上げた。


「もう舌は斬っちゃったから、この子はもうただのデカいカエルさんってことだよねぇ~?」


 スッ……と瑠奈がゆったりと大鎌を両手に携える。


 そして――――


「あはっ!」


 ズバッ!!


 足場の悪さお構いなし。

 力強く地面を蹴り出し、泥を後ろに跳ね上げさせながら一気に距離を縮めてからの横薙ぎ一閃。


 唯一の攻撃手段とも言える舌を失った【スナイピング・トード】は、なすすべもなく身体を斬り裂かれた。


 ボチャッ、とその亡骸を湿地に倒れ込ませたが、すぐに黒い塵となって消えていった。あとには魔石が一つ。


「ん~、何だかむにょっとした斬り心地~」


 そんな感想を口にしながら瑠奈が魔石を拾っていると、一気にコメントの流れが速くなった。



○コメント○

『いや、生々しい感想要らんわ!』

『斬った感触まで教えてくれる配信者の鏡www』

『食レポならぬ斬りレポ』

『誰得w』

『誰も触れてないけど、隠れてる【スナイピング・トード】の気配を足音だけで覚るのは戦闘センスありすぎ』

『↑何なら、初見の舌狙撃を斬って防いでるしw』

『ワイDランクやけど、絶対今の真似出来ん』

 …………



「もぉ~、みんな大袈裟だよ~。そんなに褒められちゃったら、照れてもっと【スナイピング・トード】狩りたくなってきちゃうじゃん」


 瑠奈が大鎌を両腕に抱いてモジモジする。

 微かに顔が赤らんでいることから、本気で嬉しそうだ。


 もちろんコメント欄では、

『いや、照れて狩りたくなるとはw』

『意味不明で草』

『俺らのせいで【スナイピング・トード】が絶滅危惧種にw』

 などといった風なコメントで盛り上がりを見せていた。


「よぉし……取り敢えずこの辺りをもっと探索して、Dランクダンジョンのレベルに身体を慣らそうかな~」


 そうと決まれば行動は早い。

 瑠奈はそれはもう楽しそうな笑みを浮かべながら、湿原をグルグル周回し始めた。



 一時間後…………



「おぉ~おぉ~、乱れ打ちだねぇ~!?」


 ビュンッ! ビュゥン――ッ!!

ビュン! ビュンッ!!  シュン――ッ!

  ――ビュゥンッ! シュンッ!  ビュン!

 シュゥン――ッ! ビュン! 

          ――ビュゥンッ!!

 ビュン!!  シュゥン――ッ!


 背が低く茂った草に囲まれた湿地のド真ん中で、瑠奈が身体を躍らせながら大鎌を器用に振り回している。


 周囲の草陰から間髪入れずに次から次へと弾丸のように伸びてくる【スナイピング・トード】の舌。


 横目にそれを躱しては大鎌の刃で切断。次に来る舌は身体を捻って避け、その隙に斬撃の軌道上に入った別の舌を落とす。


「あっははは! あははっ! あはははははッ!!」


 粗方の舌を斬り落とし、弾幕が薄くなったところで瑠奈が反撃に出る。


 今まで舌の伸びてきた方向から潜んでいる【スナイピング・トード】のおおよその位置は掴んでいた。


 迷いのない足取りで湿地を駆け、大鎌を振るっては、茂った草もろともに【スナイピング・トード】を両断。


 二枚下ろしにされたカエル肉と、刈られた草が宙に舞う。


 べチャ、とカエル肉が地面に落ちる頃には、既に瑠奈は次の獲物の頭上を取っており、振り下ろす大鎌の刃の先端で【スナイピング・トード】の頭蓋を貫いていた。


 走って、大鎌を振って。

 また走って、跳んで、振って。

 走って振って走って振って跳んで…………


 とても探索者になってまだ二ヶ月のEランク探索者とは思えぬ挙動で駆け回る瑠奈。


 相手取っているのが自身より一つ上のDランクのモンスターであり、加えて対複数戦であるにもかかわらず、その表情に浮かび上がっているのは笑み。


 金色の瞳に鋭い眼光を灯した、怖気を催す笑みだ。


 普段の可愛らしい風貌と乖離しすぎているせいで、ギャップという域を越えた不気味ささえ感じさせる。


 ――――三分だ。


 瑠奈がこの辺り一帯の【スナイピング・トード】を狩り尽くすのに要した時間は、三分。


 カップ麺に湯を注いで完成を待つ程度の間、コメント欄ではせきを切ったように大量のコメントが流れていた。



○コメント○

『怖い怖い怖いwww』

『ヤバすぎ』

『ヤバすぎて草』

『ワイ、初めてモンスターに同情した……』

『生態系ブレイカーだな』

『どっちがモンスターかわからんくなってきた』

『Sランクモンスター【Eランク探索者ルーナ】、か』

『↑SランクなのかEランクなのかどっちやねんwww』

『少なくともEランクの動きじゃないんよなぁ~』

『狂ったときのルーナちゃんは多分何かのバフ掛かってるw』

 …………



◇◆◇



 時は一時間ほど遡り、瑠奈がDランクダンジョンへやって来た頃。同一ダンジョン某所にて――――


「おい~、ここら辺ちっともモンスターいねぇじゃねぇかよ~」


 年の頃は皆二十歳くらい。

 男性三人、女性二人の五人パーティー。


 その内、槍を片手に携えるパーティーリーダーらしき青年が辺りを散策しながら不満を吐く。


 だが、それも無理のないこと。

 ここまでの道のりでは、普段の通りそこそこモンスターを見掛けたのだ。


 それが、ここに来てパタリとモンスターを見なくなった。


 普通ならダンジョンの奥へ進めば進むほどモンスターの数は多くなり、比較的強力な個体も

現れやすくなる。


 それでも、いない。見当たらない。


 ただ唯一あるのは…………


「どっかのパーティーがこの辺りで狩ってるんじゃな~い? ほら、周りに凸凹あるし……これ戦闘痕だよね?」


 女性が大きく抉れた地面を見やってそう推測する。

 近くにあった木の幹も半分からへし折れていて、かなり激しい戦闘だったことが窺える。


 だが、ここはDランクダンジョン。

 出現モンスターの最高ランクがDランクと言うことだ。


 激しい戦闘に発展するほどのモンスターがいるかと言われると、まだまだ不可解な点が多く残る。


 そんなとき…………


「おっ、ラッキー。あんなところに魔石の拾い残しがあったぜ~」


 大きな盾を持つ、横にも縦にもやや大柄な体格をした青年が視線を向けた先は、沼だ。


 いくつか足場のように固い地面が存在し、その浮き島のような場所の一つに魔石が落ちていた。


 青年はニヤッと笑ってそちらへ足を進めていく。


 小さな幸せを見付けたお陰で、その足取りは大きな身体に似合わず軽やか。


「おい、あんま遠くに行くなよ~?」

「お前の体重で沼に落ちたら沈むぞ~」

「あはは、ウケる!」


 パーティーメンバーの声に青年は「大丈夫だって~」と背中越しに答え、ようやく落ちていた魔石に手を伸ばせる場所までやって来た。


「へへっ、ついてるぜ――」


 ――ドガッ!


 突然の重たい衝撃を受け、青年の言葉はそこで途切れた。


 何だ……? と青年が思った頃には、先ほどまで立っていた場所から大きく離れた木の幹に自分の身体が打ち付けられていた。


 吹っ飛ばされたのだ。

 お世辞にも軽いとは言えない身体が、呆気なく。まるでピンポン玉のように飛ばされた。


 青年はその事実を、全身に走る強烈な痛みを感じてから理解した。


「うわぁあああああっ!?」


 叫び声。

 痛みから青年が上げた声ではない。


 パーティーメンバーの女性の一人だ。


 先程青年が立っていた沼の真ん中から、大量の泥を跳ねさせて姿を現した巨大な


 その威容に、女性だけでなくパーティーメンバー全員が視線を縫い付けられて、顔を青ざめさせる。


「……逃げろ……逃げろぉおおおおおッ!!」


 パーティーリーダーの青年が咄嗟の判断で――いや、生存本能からそう叫ぶ。


 反対意見などあるわけもなく、皆が一目散に走り出す。


 吹っ飛ばされて木に打ち付けられた青年はまだ動けない。


 そして、そんな青年に手を貸すメンバーはいない。


 皆、自分の命が一番大切。

 とてもじゃないが、足手纏いを連れて逃げる余裕はなかった。


「お、おいっ……みんな……! 助け……クソッ! くそぉおおおおお!!」


 脱兎の如く遠ざかっていく仲間の背中から視線を外し、青年はゆっくりと自分に近付いてくるを睨み付ける。


「何で! 何でなんだよぉ! ここはDランクダンジョンだぞっ!? 何でっ……何でお前がぁ……!!」


 クワッ、と大きく開けられる口。

 それが、青年が最期に見ることになった光景。


 あとに残ったのは、そのイレギュラーと、青年の叫びの残滓。


「何でBが出てくんだよぉおおおおおおおおおおおッ!?」


 ………………。

 …………。

 ……。

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