第09話 理解されない可愛さ!?

 翌朝、瑠奈が登校すると――――


「お、おい噂をすれば来たぞ……!」

「早乙女――いや、ルーナだっ……」


 教室に入って来る瑠奈を見るなり、クラスメイトらがヒソヒソとざわめき出す。


 いつもなら女子達が気さくに瑠奈へ声を掛け、お近付きになろうと必死な男子達が無理矢理にでも話を振っていこうとするところ。


 だが、今日は違う。


 まるで瑠奈を警戒し、距離感を探るような視線を向けている。


 普段仲良くしているクラスメイトの女子達――瑠奈にダンジョン探索配信者になることを勧めた張本人までも、ぎこちない。


「お、おはよう……る、瑠奈ちゃん」

「今日も相変わらず……か、可愛いね! ね!?」

「ね、ねぇ~!!」


「あはは、ありがとう~」


 瑠奈はそんな彼女らへ普段と変わらぬ愛想の良い笑みを向けて答えたあと、自分の席に腰を下ろす。


 表向き、いつも通りだ。

 だが、内心では…………


(何で何で何でっ!? どうしてこうなっちゃったっ……!?)


 めちゃめちゃ焦っていた。


(皆が見たいっていうから動画投稿したのに! 可愛い装備買ったのにっ! やっぱり大鎌が良くなかった? いやいや、可愛い女の子が重量武器を振るってるからこそのギャップ萌えは万国共通のはず……!)


 そうやって瑠奈が原因を探っている間にも、クラス中から……否、噂を聞き付けて瑠奈のダンジョン探索配信を見てしまった他クラスの生徒からも、どう扱うべきかわからないといった風な視線が向けられる。


(でも、動画のコメントにもあんまり“可愛い”って書かれてなかったし……これはもしかして……)


 瑠奈は顎に手を当てた。

 そして、一考ののちに答えを導き出す。


(ワタシの可愛さの次元まで世間が追い付いてないっ!?)


 とっても前向きな解……いや、誤解だった。


 しかし、それが唯一解だと信じて疑わない瑠奈は、どんどん前向きに思考を巡らせていく。


(皆にもっとワタシの可愛さを理解してもらうには……時代が追い付くのを待ってちゃダメだ。ワタシが時代を――“可愛いの時代”を引っ張っていかないとっ!)


 そのためには、もっとダンジョン探索動画を投稿しなければならない。


 望む形ではないものの、動画の伸び自体は良い。

 配信者デビューの初動としてはベストと言える。


 あとは、より多くの人に認知してもらい、瑠奈がを世間に広めていくだけ。


(汗臭いダンジョン探索の時代は終わり! ワタシが……花咲くダンジョン探索の新時代を切り拓いてみせるっ……!)


 覚悟を表すようにグッと拳を握り込む瑠奈。

 それを見た生徒達はというと…………


「お、おいっ! 何か拳固めてるぞ!?」

「ま、まさか動画内容をここで再現しようと……!?」

「殺されるのか俺達っ……!?」


 あれだけ瑠奈を可愛い可愛いと褒め称えていた者らはどこへやら。


 今はとにかく、狂気という概念が可愛い仮面をつけて歩いているような感覚にひたすら驚愕、戦慄する者しかいなかった――――



◇◆◇



 ダンジョン探索配信者デビューから一ヶ月。


 瑠奈はダンジョン探索配信者として名を広めて、やがてはこのダンジョン・フロートにおける“可愛い”を牽引けんいんしていく存在となるために、どんどん動画を投稿していった。


 ダンジョンに潜ってはモンスターを斬って、斬って、ひたすらに斬りまくって…………


 その様子を動画に撮る。


 地道な努力は着実に成果を実らせていき、一ヶ月で登録者数を五千人にまで増やすことに成功。


 ただ、やはり動画に寄せられるコメントは『狂人ぶりに拍車が掛かってる』や『こんなに生き生きモンスターを狩っていく探索者はルーナくらい』と言った風に、まだまだ可愛いと認知させるには道のりが遠い。


 それでも瑠奈は諦めなかった。


 可愛さへの道のりに近道はない。


 一歩一歩着実にゴールへ向かっていくべく、今日も瑠奈はダンジョンに潜っていた――――



――――――――――――――――――――


◇ステータス情報◇


【早乙女瑠奈】Lv.18(↑Lv.5)


・探索者ランク:E

(ランクアップまであと、↑Lv.2)


・保有経験値 :200

(レベルアップまであと、1600)


《スキル》

○なし


――――――――――――――――――――



「やっほ~、みんなぁ~! ルーナの初めてのライブ配信に来てくれてありがとう~!」


 薄く霧の掛かった湿原がどこまでも広がるDランクダンジョン。


 瑠奈はライブ撮影しているドローンカメラに向かって可愛らしい笑顔を向けて挨拶する。


 ライブ配信の同時接続数は約五百人。

 視聴者からのコメントなどは、瑠奈が左耳に着用しているイヤホンのAR機能によって視界に映し出されている。


 マイクの役割も果たしてくれる便利グッズだ。



○コメント○

『やっほ~』

『やっほ~』

『配信間に合ったぁ~』

『一体どんな配信になるんだ……』

『やっほ~!』

『ルーナのライブ配信とか放送事故案件だろ』

『リアルタイムでモンスターの断末魔の叫びが……』

 …………



「ちょっとちょっと~! なんか失礼なコメント流れてきてない!?」



 瑠奈が眉を寄せ、ムッと頬を膨らませる。

 その様子を見た視聴者達からのコメントが、川のように流れ始めた。



○コメント○

『おいっ、お前ら新規か!?』

『視聴者命知らずな奴多くて草』

『ルーナちゃんに殺されるよw』

『そう言ってるお前らの方が失礼www』

『だんだんルーナの顔が曇っていってる……』

『ほんと黙れお前らw』

『命が惜しかったら黙った方が良い』

『る、ルーナちゃん可愛い!』

『ルーナ可愛い!』

『ルーナ最カワ!』

『ルーナしか勝たん』

『可愛いぃいいいいい!』

 …………



「も~、取り敢えず可愛いって言っておけば誤魔化せると思ったら間違いだからね~?」


 瑠奈は右手で杖のように持っていた得物の大鎌でカツン、と地面を叩いて怒っているアピールをする。


 別に本気で怒っているわけではないが、視聴者らのノリに合わせたサービスだ。


 案の定反応は好感触で、『ルーナが怒ったぁあああ!』『チャンネル登録するので許してください!』などといったコメントで溢れる。



○コメント○

『ってか、何の配信するの?』

『いつも通りモンスターの虐殺……じゃなくて、討伐?』

『群れに突っ込んで行ったり?』

『それにこの場所Dランクじゃね?』

『あ、ホントだ』

『気付かんかった』

『ルーナってEランク探索者よな?』

『何でDランクダンジョン? ソロは流石に危なくない?』

 …………



「お~、よく気付いたね! うん。いっつもは自分のランクと同じダンジョンに潜ってるんだけど、それじゃあ刺激に欠けるかなぁって思って」


 今日はワンランク上のダンジョンに来ちゃいました~! と瑠奈が明るくおどけたように言うと、コメント欄に『あぁ、今日でルーナも見納めか』『ルーナちゃんの墓標が決まった』と、縁起でもないコメントが流れ始める。


「いや、死なないから! ちゃんと危なくなったら逃げるって~!」


 ルーナは視聴者を安心させるため、腰に吊るしてあるポーチを叩いてみせる。


「それに、いつもの倍の治癒ポーション持ってきたから多少の怪我も平気だよ!」



○コメント○

『怪我すること前提で草』

『いや、怪我するんかい!w』

『俺達とは思考が違う……』

『怪我しないようにとは考えないルーナ』

『それでこそルーナ』

『可愛さを越えた狂人』

『狂ってるwww』

『ルーナにとって即死以外掠り傷か』

『ヤバすぎw』

 …………



「さっ、早速Dランクダンジョンの探索を始めて行こう! あはは~、いつもより歯応えのあるモンスター楽しみだなぁ~」



○コメント○

『あぁ、早速スイッチ入りかけてる……』

『この笑みは駄目なやつ』

『もう既に狂気を感じる』

『初めてのDランクダンジョンにテンション上がってる』

『まぁ、ルーナちゃんだから……』

『まぁルーナだし』

『ルーナだもんなぁ……』

『ルーナだから、で説明付くの草』

 …………



 こうして、瑠奈の初めてのDランクダンジョン探索と、同じく初めてのライブ配信が幕を開けた――――

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