第8話 襲撃

 それからしばらく歩いて、町へ入る門が見えてきた。門をくぐれば私は自分の診療所うちへ。

 カイは門番に話をつければ、すぐにでも一晩の仮宿にありつくだろう。

 そうすれば私と彼はそこで別れる。


「別れ…る……」


 思わず足がとまる。


「……ねぇ」

「どうした?」

「あなた、この先どうするつもり?」


 カイの足も止まる。


「えっと、そうだな……食べていくための仕事ぐらいはするよ。争いごとはなくても、仕事ぐらいはあるだろうし」

「ほんとに、その……仕事のアテは、あるのかしら?」


 カイは、すこし困ったような表情で視線をさまよわせる。


「それは、どうだろうか。なにぶん、15年?寝ていたからなぁ……」

「ならっ……それなら。私のとこ、こないかしら?」


 ん?と首をかしげるカイ。


「私ね、薬師の見習いをしてるって言ったでしょう?その関係で組合ギルドにも口が利くしね。それに今、診療所に一人で住んでるから、部屋も余ってるの」

「いや、流石に女性一人のところにいくのは!?」


 小柄で、美少女みたいなかわいい顔してるくせに、そういう線引きはちゃんとしてるらしい。


「こんなかわいい私が一人暮らしって危なくないかしら。まもってくれるって言ったじゃない。あれは嘘だったのかしら?」

「それは彼に託されたからで、」

「嘘だった……のかな?」

「いや、そんな」


 戸惑っているこの小柄な彼に、嵌合獣キマイラを前に立ちふさがった戦士としての気迫は感じられない。

 でも、


「うち来るの?こないの?」

「いきます!お世話になろうとおもいます!」


 でも、別れたくはなかったのだ。


「よろしい!じゃぁ、行きましょう」


 ほんとに冷えてくる前に水浴びしたいし。なんて言おうとしたとき、カイが急に消えた。

 いや、消えたって感じるぐらい素早く私に近づいてきた。


「え///」


 「やだ、急にどうしたの」なんて思うのも一瞬。私の背後にまわったカイへ視線を追いかけると、彼の手刀が火を纏って「チッ」というわずかな音とともに何かを払い落とした。


「たぶん毒だ。さわらないで」


 カイが、中身のない鞘に手をかけた状態でそういった。足元には折れて煤けた針がある。

 毒には焼かれると変性して毒性を失うものも多く、ここまでしっかり焼かれていれば大丈夫なことが多い。けどそうでないこともある。触るのはやめておこう。


「わかった。けどカイ、あなたのカタナは?」

「投げた。二人殺した。」


 カイの視線の先では、道のふもとの茂みから煙がでている。あのショウコツの刀身に何かが焼かれているのだろう。いや、カイの発言の通りならかが……


「あと二人いる」


 そういう彼の金色こんじきの眼には、まったくの動揺が見られない。彼の住んでいた世界では、こうやって殺すことは当たり前のことだったんだろう。

 けど、今じゃきっとそれはよくないことだ。


「カイ、殺さないで」


 カイは、ただ構えたまま、茂みの一角を見つめている。その背中から漂う闘気は、冷酷で鋭い。


「ねぇ、わかった?」


 返事は聞こえない。けど、ちいさくうなずくのが見えた。


「……返事はっ?」


 すこし、大きな声をかける


「……わかった」

「うん。よろしい」


 闘気は鋭いままだけど、その冷たい感じが、わたしを背負っていた時のような暖かさに戻ったような気がする。


「けど、けがはさせるかも。もしかしたらそんなことしたら捕まっちゃうかな?」


 よかった。さっきまでの彼が帰ってきた。


「襲ってきた盗賊相手だし大丈夫よ。けど、治んないような大ケガとかはやんないほうがいいわね」

「わかった」


 こっちを向いて一度うなずいたカイは、音もなく飛び出した。

 もう芸術かってレベルまで洗練された魔力の熾しは、冒険者からしたら異常な効率でカイを加速させる。


 それでいながら全く音がしない。私に飛んできた針を払い落とした時もそうだ。

 消音の魔法でも使ってるなら魔力の揺らぎがあるはずだけど、それもない。ただ技術だけで無音の移動を成し遂げている。


「やっぱ『火鼠』ってすごいわね。戦場にはああいうのがゴロゴロいたのかしら……」


 カイが茂みに飛び込んでから、砕かれた吹き矢の筒を片手に戻ってくるのに時間はそうかからなかった。






MEMO

カイ

 最期を覗き、暗部ハイイロは右近衛大将直属の部隊であった。カイは中でも身辺警護によく使用された。


ガリー・オ二ソグラン

 戦闘での身のこなしや薬についての知識は、定期的に来る流れの医師に教わったもの。

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