第7話 帰道

「……んぅ……ぅ?……あれ。わた……し」


 ふわふわと穏やかな揺れの中で、私は目を覚ました。実は朝はとっても苦手だ。身体もなかなか動かないし。今日はさらに身体中が痛いし。

 けど今はそんなに悪い気分じゃない、だって触れてる背中があったかくて……せなか……背中。背中!?


 ガバッと頭を起こす。やばい。かんっぜんに寝ていた。というかまだ寝起きのあたまだ。この森で深く寝てしまうとは思わなかった。

 ゴシゴシと口元をぬぐう。よかった。よだれ垂らしながら寝るとかいう色々オワった状態にはなっていみたいだ。


 にしてもこんなに深く寝てしまうなんておもってなかった。いや、確かにとても大変だったけど。

 フツウじゃないのはカイのおんぶの技能スキルだ。


 森の中を歩くっていうのは舗装された道を歩くのとは全く違う。傾斜もあれば、落ち葉の層で滑るし、体力の削れかたも比べ物にならない。

 それをカイはどうだ。瓦礫も段差も、ぬかるみも意に介さない。実に安定した体幹はまったく乱れない。

 つねに一定の歩調(しかもわたしより小柄なクセに、なんかすっごい一歩が大きい感じがある)だし、なんか音も静かで余裕すら感じるし。

 こんなことで、『火鼠』のすごさを感じることになるとは。


「なんか微妙な気分ね……」

「起きたか、おはよう。」


 えぇ、起きたわぁと、眠気の取り切れない返事を還す。

 空をみると、もう1、2時間で暗くなりそうだ。


「いま、あとどのくらいで森を出れるのかしらね。森さえ出ちゃえば多少の夜道でもわたし、なんとかできるのだけど」

「たぶん日が落ちる前には、森から出るよ」

「そうなの?わたしでも冒険者としていく#1層__初級域__#でもう土地勘なくてわかんないのに。よくわかるわね」


 0層安全域なら、環境調査でもくるし、薬草も取りに来るから詳しいんだけど。


「すこし前から、森が手入れされていたからね。まぁなんとなくだけど」

「よく見てるわねー。さすがの観察眼かしら」

「慣れればわかるさ。それより気分は大丈夫?」

「頭痛が少し。あとは傷が痛むってぐらいかしら。頭痛はあれね、魔力足りなくて噛みまくった苦い葉っぱのせいね。ほんっと平常時には使えない最悪な効能してるわ」


 カイが少し笑う


「あの葉っぱはまだあるのか。……ひどい戦ほど使うことになるから、あんまりいい思い出がないなぁ……」

「もうないわよ?基本。」

「え?」

「王国の法じゃどうなってたか知らないけど、あれ量間違えば普通に幻覚作用とかあるせいでね、ちょっと前にどこぞの教団がやらかしたみたいで禁止ってことになってるのよ」


 ホンモノの中毒患者は、枝を煙草のように咥えるとママがいっていたのを覚えている。


「それは……いや、そうだよなぁ。けどいいのか?持ってるんだろう?」

「まぁ、わたしは薬師見習いってのもあるから。それにみんな、好きじゃないけど信頼してるみたいで、なんだかんだ持ってる場合がほとんどね」


 捕まった奴なんて聞かないから、国側も黙認してるってことなんだろう。

 実際、薬としてはよく使うから、厳しく取り締まるわけにもいかないのだろう。


「たしかに、効果は良いんだったな。苦いけど……」

「そうなの。苦いけど……」




 そんなことを話していたら、森は見知ったエリアまで進んでいたみたいだ。

 さすがにここからは道を知ってる私のほうが早い。おろしてもらった私は、彼を連れて森の外へ急いだ。

 あたりが薄暗くなるころには、二人で森の外へ出ることができた。


「やっと出れたわね。ここからは森から剣都ギルツへの一本道。このままいけば、今夜は宿で寝れるでしょうね」

「そうか、ありがとう」

「いいえ。にしても暗くなってきたわね。なにかに襲われたりしなければいいけれど」


 そう、夜というものは恐ろしいものだ。街中でさえ安全とは言い切れない。獣や賊が出てくる夜道であれば、その危険性はより高いものになる。


「ねぇカイ、あなたあかりとか出せたりしないの?火の系統つかうんでしょ?」

「必要か?……いや、獣除けにはあったほうがいいか」

「おどろいた。あなた、その言い方だと暗がりでも灯とかいらないのね」

「そうなんだ。いつからか眼が変質かわってしまってね。この禽眼になってからじゃ、夜も日中とそう変わらない」


 まぁ、用意するよ。そういったカイはその辺の太めの枝に一閃。嵌合獣キマイラの顔をおそった飛ぶ斬撃で、枝を両断。

 そのまま跳びかかって、ショウコツと呼んでいた剣で落ちる枝にもうひと切り。ちょうど握りやすくいい長さの松明になった枝を、落下するまえにつかむ。

 本人からすれば何気ない動きなのかもしれないが、すごい動きだった。無駄に洗練された動作は一周回ってシュールに見える。


 とはいえ、生えている木の枝には、当たり前に水分が多く含まれている。多少燃やしたってなかなか引火しないはずだ。多少湿っていても落ちてる枝を燃やしたほうがまだマシなはず……


「あれ、なんか燃えてるわね」

「そういう刀なんだ、焦骨は。戦禍にあふれる力を溜め込む刀。溜まりすぎたそれが呪いとなって周りを焦がす。その性質を調節すればこうやって消えない炎もつくれる」

「随分物騒なカタナじゃないの……」


 鞘にも加護がついているといっていたが、この様子じゃそれも納得だ。収めるカタナがれっきとした呪物だったのだから。


 ……ちなみに呪いの加減はカタナの振り方らしい。

 たぶん彼じゃないとろくに制御できなさそうだから、私は決してショウコツを握らないと固く誓った。






MEMO

カイ

 暗部ハイイロの中でも、魔力量は多いほうではなかった。


ガリー・オ二ソグラン

 多くの薬剤の味に慣れ親しんで育った彼女の手料理は、手を尽くせば尽くすほどに不味くなる。

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