第4話 墓前

「結局、その剣を持っていくのか」

「うん……あなた達の、王国の価値観だと、消耗してしまう剣や槍じゃなく、鎧や盾こそが重要で、それこそ魂が宿るような武具なんでしょう?」


 銀槌の少女の腰もとには、黒い拵えの剣が一振り。

 平均的なものよりやや短い造りは、実用性を重視する元の持ち主の堅実な性格がうかがえるが、少女が筋力を強化して用いるのにもちょうど良い長さだろう。


「あぁ。家族でもない人間が遺品の盾を振るうのは、罰当たりのように感じるな。鎧や盾は、家名とともに継ぐようなものだから」


 大樹のふもとを見る。草原の中に小さく土が盛られ、そこに片手で扱える盾が刺さっている。

 その簡素な墓に、少女は歩み寄る。


「私はこの人のことほとんど何にも知らないけど。それでもこの命はこの人にもらったものでもあるんだし、形見ぐらいは持っておかないとね。この剣に見覚えのある知り合いもいるかもしれないし」


 そういった少女は、最後に取り外していた彼の首飾りを盾の前に添えて、そのまま祈りをささげた。

 知らない作法だ。少なくとも王国の中では見たことがない。ただ、真摯な安らかな眠りを祈るもののようだった。彼にとっては十分な弔いだろう。

 

 しばらく祈った後、少女は立ち上がった。


「さぁ、行きましょうか。さっきの嵌合獣キマイラの動きでたいていの魔獣は逃げてるだろうど、もういつ戻ってきてもおかしくないし」

「魔獣?俺の記憶だと、ここは安全な森じゃ」

「何言ってるの?……いや、そっか。あなたは15年前から記憶がすっかり抜けてるんだもんね、今じゃこの森には魔獣がごろごろしてるのよ」


 遠い記憶の中じゃ、この森で強い魔力があると発生する魔獣が、大量にいたなんて話はなかったはずだが……


「なにかあるのか、この森は?」

「あのね……この辺は『魔獣と呪いの王国』なんていわれてるあなたの国につながってる。森の奥はまだ視察もできてない、最も新しく登録された人類未制圧領域ダンジョンよ」


 日が落ちる前に森を抜けたいのだろう。「歩きながら話すわ」といい、早々に歩き始める彼女。その後ろについていく。


「ダンジョン、ここが?」

「そうダンジョン。最新にして最悪の未制圧領域。この森とそれを越えた奥にある王国がね。今じゃあなたの仕えた国は『旧王国』とよばれて、生物兵器を筆頭におおくの負の遺産を残した国だったといわれているわ」

「そう、なった……のか」

 

 確かに、共義国との戦いの中で追い込まれて力を求めた王国の軍部では、徐々に禁忌に踏む一派が力を増して……

 だめだ。どうにもその最期の戦あたりの記憶が出てこない。ながく寝すぎた後遺症なのかもしれない。


「一晩でいきなり首都が魔境になったから、軍部の特殊兵器が暴発したなんて言わたらしいけど実際どうなのかしらね。まぁ、それを調べようにも現場には行けないし、当時首都にいた人たちは生き残ってるわけないし、もうわかるわけもないって感じよ」

「いつかあの国は亡びるとは感じていたが、そんなことが……」


 そんなことが起こるとは考えたことがなかった。しかし、そうなったといわれたのなら、そうなったのだろう。

 長い時間が経っているためか、自国の滅亡という事実はストンと納得できた。


「私はその森のなかでも浅瀬、1層の調査に来たの。薬草採取も兼ねてね。それが今じゃ完全に森の真ん中ぐらい。この辺りの危険度はうちの冒険者だと中級のパーティーが万全の状態で入って、全滅してもおかしくないってぐらいのレベルだわ」


「薬草採取。……治療魔術も使えるようだし、きみは薬師を?」

「そうだ……そうだったわ。お互い自己紹介すらしてなかったわね」


 そう、初対面時から魔獣兵器を切り、彼を埋める穴を用意して埋葬するまでに聞いたことはのは彼の名前だけ。その時「……ダリ」とだけ答えた彼女は、ひとまず休息を取らなければならないほど消耗していたし、墓を掘る間はしゃべるような空気ではなかった。





MEMO


『火鼠』

 自国である『王国』の文化はほとんど知ってはいるが、軍の中で生活していたため、実際には経験していないことも多い。


ガリー・オ二ソグラン

 ギルドハウス内で販売される回復薬など薬効系ドリンクの買い出しに、品質管理のため立ち会っている 

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