第3話 戦闘
脚から力が抜けて、ぺたりと座り込む。首のあたりで熱く濡れる。どうやら自分でも気づかないうちに、私は泣いていたようだ。
しかし、まだ死ぬ前にやることがある。この灰髪を逃がしてあげなければ。
「私たちはね……
爆発音。
草原を取り囲むようにあった樹木の一部。それが幹より太いキマイラの蛇の胴体が激突したことで、爆発したかのような轟音とともに薙ぎ払われた。
ダリが命と引き換えに稼いでくれた束の間の生存は、どうやらここまでのようだ。
風圧とともに飛んできた木片と粉塵に、おもわず顔を伏せる。
「ガッ……ガアアアァァァ!!!!!!!!!」
咆哮。それは人の声帯からでは再現できない大きさの絶叫。臓腑を重く揺らす衝撃は生物としての規模の違いを示してる。
もはや、背に負った銀槌を握ろうという気力すらわかない。
あとは、ただ一瞬先の死を待つだけ……
「大丈夫だ。俺が護ろう」
「……え?」
ポンッと、肩をたたかれた。振り向いた先にいたのは灰髪だ。
灰髪は、そのまま前に出た。軽やかで何も気負わないかのような、散歩に行くような足取りで。
灰髪はその持っている方を鞘から引き抜いて、その鞘を私のほうに投げて渡した。
「……鞘?」
「こいつらは声まで呪いが滲んでる。その鞘なら君を守るだろう」
それはこの刀の余波を封じ切ってくれる代物だからね……そう言った灰髪は、カタナ(おそらく刀剣の種類としての呼び名なのだろう)と呼んだ剣を軽く一振りして、歩みを進める。
「おきろ焦骨」
灰髪の呼びかけに応えたのか、焦骨とよばれた剣は、刃の輪郭に煌々と
どうやらあれは、呼びかけに応える意志をもっているという類らしい。うわさではそういったものは、ただの魔道具のレベルに収まらず、最低ランクのものでも売れば一つで都に家が建つほど高価だとか。
とはいえ、焦骨が放つのは刀身のわずかな光。そこまで離れていない私でも、魔力の
対して蛇女の嵌合獣は、下半身の蛇身がとぐろを巻いている。あれはいわゆるバネだ。限界まで圧縮された筋力は、開放すれば最後。圧倒的な暴力となって放たれるはずだ。
はたから見れば絶望的な状況の中、灰髪が彼の身長にして二つ分ぐらいまで距離を詰めた時、戦いの火蓋は切って落とされた。
身を構え、突進しようとする嵌合獣。灰髪は素早く剣を振る。一瞬の事だったが、素早く振った剣から赫い剣閃が飛んでのが見えた。
剣の間合いから十分に離れていたはずの嵌合獣の女の頭部が、正確には両目が、ザックリと横一文字に切られ、黒く焼かれる。
しかし、浅い。あの程度の攻撃では『王国』の兵器たる嵌合獣の鱗には通じず、今のように切れる部位でも再生能力を超えられない。実際、一瞬たじろいだ嵌合獣は怯むことなく一層の殺気をもって突進しようと構える。
「ダメっ!!」
思わず声に出た。
しかし無情にも、爆発的な瞬発力をもって嵌合獣は灰髪へ飛来する。
台地抉る轟音。飛び散る鮮血。
余波で私が浮きかかるような衝撃。まき散らされた鮮血が、わたしに降りかかる。赤く濡れたところは焼けるように熱い。血に含まれる呪いが皮膚を焼く。……そう、つまりこれは嵌合獣の血。
一瞬の交錯を制したのは灰髪だった。
嵌合獣と激突する瞬間、灰髪は跳んだ。そのまま、おそらく二回転した。魔力を固めた力点を足場して、一回転目で頭部から腹部までを左右に両断。軸を変えた二回転目で、胴を横なぎ。
切断された嵌合獣の人体部は、そのまま地面に激突。あとに続く蛇身につぶされ、人体部は一瞬で原形を失う。
灰髪はそこで勢いを殺さず、むしろさらに加速しながら残りの胴体を斜めに切断。正確に心臓を狙った一撃で葬った。
鋭利な切断面から鮮やかな鮮血が噴き出し、雨のように周囲を濡らす。血風血雨のなかには、炎のような
(あれは、あの目は……)
地獄のような赤い世界の中で、金色の眼にだけ目線が吸い寄せられる。その幼げな風貌に似合わない、鋭利な眼。
伝説にきく火鼠の眼。『禽眼』だ。
眼を見た瞬間、冷たい風が叩きつけられる。殺気だ。あまりの迫力にあてられて、冷たい汗が背中を伝う。
体に迸る恐怖が本能に教えてくれる。あれは平穏な世ではなく、修羅の国の生き物だと。
「もしかして、あんたは……」
焦骨の刀身をつたう血が、光を纏った刃まで流れて、そこで蒸発して煙となる。
血の匂い、この刀が吐く煙。ずいぶん長いこと眠っていた気がするが、間違いようもない。懐かしい地獄の残り香がここにはあった。
頭を振る。何を懐かしんでいるのか。戦場の残虐さなど、もっとも疎んでいるものだというのに。ながく寝ていたからか、まだまだ調子が戻っていないようだ。思えば『羽衣』も精度が悪い。展開速度も出力のバランスも精彩を欠く。
俺はなまくらになってしまったのだろうか。いや、そうなっていていい。あのとき決した戦争は、きっとすでに過去のもの。
証拠に、先ほど助けた少女に視線を向ける。服装や肌つやも健全なもので、なにより戦場を知らない。日常にそういうものがなかった人間だ。
少女と目が合った。その深い蒼をたたえた瞳には、おれはどう見えるのだろうか。
「もしかしてあなたって……」
「戦場では火鼠と呼ばれていた」
「……やっぱり。あなたがあの剣神『火鼠』なのね」
「ああ。おれが火鼠……だ?」
ん?
「待ってほしい。もう一度言ってくれないか?」
「だから、剣神『火鼠』なんでしょ?伝説の」
「……ちなみに、ケンシンっていうのは?」
「いっそ欲しがって言ってる?まぁ、いいけど。動乱の『聖戦』での頂点。殺戮無双の
まさか知らないわけないでしょ、自分の事なんだし?と少女は続ける。
……どうしよう。知らない。困ったことに心当たりがない。記憶にある限りでは、自分より強いモノはいくらだっていた気がするし、俺は『王国』の暗殺部隊のネズミの一匹だったはずだ。
いや、終戦の確信を得て眠りについた記憶もある。なにか、とても大切な戦いを終えて。
どうやら、長い眠りの影響か、記憶が混濁しているようだった。
「すまん。戦いが終わったてからは眠ってたし、その前の記憶ははっきりしないんだ」
「記憶喪失ってこと?」
「……そう、なんだと思う。まぁ、気にしないでくれ。寝ぼけただけならその内もどるだろうから」
そういって、少女の手をとって起こす。立ち上がった少女と目を合わせると自然に見上げる形になる。小柄なほうだったと思った少女の身長は思ったより大きかったよう……だ……。
いや、違う。
「なぁ、俺は、俺の身長は一体いくつぐらいの背丈に見える?」
「あなたのぉ?私が16だから、それよりは小さいし、きっと……」
いや、そんな訳ない。と少女も気づいたようだ。彼女は戦場を知らずに育ち、その戦場に居た俺は、戦場をぬけて長い時間を眠ったのだ……そのはずだ。
「いや……おかしいわね。確かにおかしいわ。あなたの強さはホンモノだった。間違いなく『火鼠』だった。」
では、なぜ……
「じゃあ、なんで、あなたは少年の姿をしているの?」
「なんで……なんだろうな。ほんと」
15年前、ある地獄の渦中に剣神『火鼠』という男はいた。
永い眠りから覚めたその男は、銀槌の少女と出会った。
……そしてなぜか、その背丈は縮んでいた。
MEMO
『火鼠』
元『王国』兵
ガリー・オ二ソグラン
薬の品質管理が得意
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