第2話 邂逅
限界は、思ったよりもすぐだった。
最後の煙幕玉を使い切ってからしばらく。黒い短髪の男は一つの巨木のもとへ行きついた。改めて背負われなおした少女は、すでに術式が使えなくなるほど衰弱し、魔力枯渇もあって意識が混濁していた。
少し前から、身体の感覚がなくなってきた。背負った小娘の感覚もすでに薄く、痛みも忘れそうなほど希薄だ。ただ、この身を焼く幻覚の業火だけが、まだ俺が生きれていることを教えてくれている。
そんなとき、巨木の周りにできた視界の開けた場所に出た。
二歩、三歩とその中に踏み込み、急に俺の足は減速して……止まった。
(……ここまでか)
なんとなくわかる。ダリという男はこれ以上、一歩も動けない。この身体は限りある命を、今使い尽くしたのだ。
(小娘にはわるいな。だがまぁ、もうおしまいってやつだ)
怒りは感じない。恐ろしさもない。あるのは少しの悔恨と、出し切ったがゆえの、ある種の諦観。
ふと前見た。つまりはそう巨木のもとを。そこには一人の少年が、見慣れぬ意匠の剣を抱いてしずかに眠っていた。
少女かと見紛うような、あどけない顔立ち。剣を振るうには向いているとは思えない体躯。その髪は、燃え尽きたあとの灰のような色をしている。
(もしかして、この少年は……)
「……だれだ?」
起きていた。いや目覚めたのだろうか……俺たちの存在を察知して。
しかしその眼。……あぁ、間違いない。彼は伝説の……。
彼が起きたってことは、今背負われている少女は、少なくともここで最悪な最期を迎えることはなさそうだ。
少しでも話をして、彼に情報を伝えれたらとも思ったが、のども肺も焼けただれたように動かない。なので、背負った少女を見せる。遠くからこちらに向かってくる騒音もあり、彼はなんとなく状況を察したようだ。
(……任せていいか?)と、視線だけで問う。「そうか」と一言、彼はうなずいた。短い一言だったが、任せていい、そう感じる返答だった。
急に視界が揺れ、「ドサッ」という音が聞こえた。
視界の片方はつぶれ、もう片方は地面だけを映している。安心したのか、それともただ限界だったのか。どうやら俺は地面へとそのまま倒れこんだようだった。
倒れたのをきっかけに、残っていた意識まで薄れてきた。
(しかし、あれほど恐れられ『国』の内外に恐怖を刻み込んだという血風の……。その正体があんな姿の、少年だったとはな……)
ガリーにダリと名乗った男は血を吐き出し、それを最後に息絶えた。
樹のもとの彼は、その最後を看ていた。
『王国』の兵が「燃身」を使って死にゆくさまは何度も見かけたが、それに比べてもこの男の死にざまはずいぶんマシなものに見えた。
男の顔は、やり遂げたような、ずいぶん安らかな表情だったのだ。
衝撃で意識を取り戻した。
激しいめまいと頭痛に耐えることしばらく。目をあけるとそこはすこしひらけた草原だった。見上げると大樹がある。持ち上げた首の内側で、鈍い痛みと熱さが走っている。魔力を過剰に引き出した時の経絡疲労の反応だ。痛みの中、身体を起こそうとして、人の上に倒れていたことに気づいた。
あわてて身を起こした私は、自分が誰の上に倒れこんでいたか理解した。
「うそ……ダリ!?」
急いで、その肩をゆする。普通じゃありえないほど熱い。よくみればその体は、炎の色のような赤色に変色している。
あまりの血液の拍出に耐えかねて、皮膚の細いな血管が軒並み壊れているようだ。いそいで治療しようと、
反応しない。
生命が持つ
術式を再起動。もう一度ダリの身体へ検索をかける。早く
反応はない。
「なんでっ……」
「やめたほうがいい。……もう、意味はない」
声がしたほうを振り向く。樹のもとに、灰色の髪をした少年が立っていた。女の中だってそんなに大きくない私より、すこし低いぐらいの背丈。
灰髪の顔つきは美しいといえるもので、それは性別を見間違えかけるほどのものだ。しかし、ちらりとのぞく胸もと、そこから見える喉仏は、彼が男であることを示していた。
灰髪の少年の、その表情、雰囲気。私には覚えがあった。あれは動乱の戦禍を生き抜いたものがもつ、多くを喪った者の#貌__かお__#だ。
「だれか知らないけどっ、わたしは早く治さなきゃいけないの!だまっ」
「死んでいる」
え?
話しかけられながらも再起動した術式が、また反応せず停止する。混乱する頭を置いて、手はまた術式を起動させる。
「きみがどれほどの人間かはわからないが、治癒の魔法ほどの頭なら#理解__わか__#ってしまえるはずだ」
「……そん……な」
からだに染み込んだ技術は何度も術式を起動させて、術式は対象が見つからず何度も停止する。
なぜ停止するのか。……当たり前だ。この術式は生体の状態を確認するもの。当然、生きていないものには反応をしないのだ。
「そう……なんだ。ダリ、死んでたんだね」
「……ああ」
MEMO
灰髪の少年
生まれつき眼がよかったが、ある日気づいたらかなり良く見えるようになっていた。
ガリー・オ二ソグラン
薬師見習いとして、薬の処方なども行っている。
ダリ
昔、『王国』には妻と娘がいた。
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