第1話

 わたしのマンションのリビングに、半透明の少年が現れたので、目を擦ってからもう一度少年の方向を見てみる。

 数瞬前と変わらず、わたしの目と鼻の先に半透明の少年はいる。彼の奥にあるはずの夫の昇とのウエディングフォトも、同級生の理々海と一緒に撮った成人式の写真も彼を透して見ることができる。

 彼は背はわたしと同じくらいなので、150センチを少し超えるくらい。顔は幼さを残している。体のラインはすらっとしていて、細く、儚げ。小学生高学年か、中学生になったばっかりだろう。

 少年と目が合った。

 すると、少年はふわりと浮き上がって、水中を泳ぐイルカのように空間を滑らかに浮遊すると、

「初めまして、アライニイコ」

 と言ってきた。その声は、普通の人間のそれとは明らかに違っていた。彼の声は、鼓膜から入ってくるのではなく、脳に直接話しかけてくるみたいだ。テレパシーというものなのかもしれない。

「貴女には未来を変えて欲しい」

「なに……それ?」

「僕はナビゲーターのショウリ」

「ちっょと待って……。いろいろ追い付いてないから」

 ショウリと名乗る半透明の少年は、首を傾ける。

「なにがついていけないのでしょうか?」

「えっと……。まず、君は……なに?」

「僕はナビゲーターの……」

「そうじゃなくて、なんで半透明なの?未来を変えるってなに?」

「質問は1回につきひとつで」

「じゃあ、なんで半透明なの?」

 会話の優先順位を間違えた。

「僕は未来から来ました。未来には過去に戻る技術が確立されたんです。時間遡行、タイムリープです。そして、その技術を使って僕は、ここに出てきました」

 わたしは多分、ぽかんとした顔をしていただろう。少年ならではの、アルトで彼は話を続ける。

「が、肉体は未来にあります。ヘッドマウントディスプレイを想像してください。未来の僕はそれを装着してこの場所に来ています。その装置では肉体は過去に戻ることができず、精神だけが過去に戻ることができます。精神しかここにいないので、半透明なんです」

 なんとなくでしか理解できない。未来から来た……?精神だけ……?

「えっと……つまり、ここにいるのは、幽霊みたいなもの?」

「まぁ、厳密な理解を求めなければ、未来からきた幽霊という認識で構いません。それよりは少し、現実に干渉できますけど」

「はぁ~……、え~……」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。信じられないことが起こっている。けれども、半透明の少年とコミュニケーションが取れているという時点で、もう疑うことができなくなってしまったけれど。

「えっと……はい」

「他に質問は?」

「未来を変えて欲しいっていうのは?」

「そうですね。その言葉通りです」

「……。いや、意味が分からない」

 少年は少し気まずそうな表情を浮かべた。

「未来では大変なことが起こるので……。それを防ぎに来ました」

 今までと違って、ショウリと名乗る少年は歯切れが悪くそう言った。

「随分と適当っていうか、曖昧に言うね」

「あまりしゃべり過ぎると、変数が狂ってしまうので」

「変数……」

「今は気にしなくていいです。そのうち説明します」

 会話の1番聞きたい部分が、ずれていってしまっている気がした。一呼吸置いてから、彼に聞いた。

「で、未来になにか起こるの?」

「……」

 少年は黙った。両腕を組んだり、組むのをやめたり。手を口元に当てたりしながら、質問にようやく答えた。

「なぜなら……」

「なぜなら――」

「僕の父が……」

「父が――」

「みなまでいわせるんですか?」

 えっ……。

 けれど、彼のトラウマを無理に思い出させる必要はない。だって、雰囲気からして未来でひどいことが起こったのは理解できたのだから。

「お父さんがいなくなったの?」

 言葉をマイルドにして聞いた。

「そうです。けれど、それだけではないので、過去を改変しに来ました」

「ふ~ん」

「手伝って、くれますか?」

「でもな~。それだけで、手伝えっていわれても……」

 未来になにかひどいことが起きたとしても、面倒くさいのは事実だ。

「なら、今から少し、出かけましょう。未来を実際に変えて、ニイコがどのような人たちを助けることになるのか分かりますよ」

「いいけどさ……」

「なにか不満でも?」

「その、新子って呼び方やめてもらえる?君、年下でしょ?」

「では、行きましょう。ニイコ」

 とりあえず、彼について行くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る