悪魔の星

森野理世

全一話


 その惑星の名前は地球。美しい碧色の中に浮かぶ陸地は、人間と言う種族が支配している。その星の生命は人間の他に動物、植物、昆虫、そして魔物がいた。


 ───愛媛県立魔法大学にある研究室にて、ひとりの学生が革新的な実験を成功させた。

「マユ! ついに古代からの召喚に成功したよ!」

 そう叫ぶのは召喚学科四年生のユウ。

「ユウ、本当に成功したの? おめでとう!」

 ユウを祝福するのは恋人のマユ。同じく県立魔法大学の翻訳学科三年生だ。

「やっぱり古代に文明はあったんだよ! ほら、人工物だ」

そう言ってユウが手にしたのは魔石が埋め込まれた短剣だった。

「よく見ると小さな魔法陣がぎっしり詰まって描かれている。すごい文明だよ!」

「へえ、どれくらい前の時代なの?」

「およそ一万年前だね───」


 *


 この魔力に溢れて豊かな現代社会。古代の人間たちが少しずつ文明を進歩させていったとされている。しかし実は古代には現代に匹敵する文明があったのではないか、そんな都市伝説は常に一定層に人気があった。

 この星のエネルギー源は主に電力、そして魔力だ。電力は化石燃料や石炭、太陽光などから捻出され、魔力は魔物の持つ魔石から捻出される。

 現在の文明が発達する前、魔法が発達した文明が存在したと言う証拠はいくつかある。オーパーツと呼ばれる遺物や、石碑を解読した言い伝えなどだ。

 その言い伝えによると、過去に魔族と人間の戦いがあり、魔王を倒した人間側が勝利したとのことだ。子供でも知っている、勇者と聖女のおとぎ話である。


「これは本当の歴史がわかる足掛かりになるかも知れない」

 興奮気味に話すユウは知識欲のかたまりのような青年だった。いわゆる魔法バカである。

「これ論文書くの?」

「いや、まだ研究を煮詰めないと発表できないね。ペテン師扱いされて終わりだよ」

 そう言ってユウは短剣を大事そうに眺めていた。


 *


 その後、ユウはひと足先に大学を卒業したが、そのまま大学院へと進んだ。それからは研究室に入り浸りの生活を送ることになる。そんなユウの面倒をみるのは教育実習で忙しいマユだった。


「はい、お弁当ここに置いておくね」

「ありがとう、マユ。いつもごめんね」

 とても恋人として合格点のつけられないユウだったが、マユは無邪気な男の子が夢を追うような姿のユウを見ているのが好きだった。

 そしてマユも卒業して、松山市内で中学校の教師となった。科目は翻訳魔法だ。学生の時ほどユウの元には通えないが、それでもふたりの関係は続いていた。

 そんなある日、マユが研究室に行くとユウが包装された小さな箱をくれた。

「何これ、プレゼント?」

「うん、開けてみてよ」

 それは魔石の指輪だった。

「お金ないからさ、自作だけど性能はいいよ……」

「え、魔道具なんだ。ありがとうユウ、嬉しいよ!」

「そ、それでさ。実はモリノ先輩の研究室に就職が決まったんだ。召喚魔法の研究も続けていいって」

「すごいじゃない、おめでとう!」

 ユウは先輩のコネで就職が決まった報告をした。

「ありがとう。あの、これなんだけど……」

 ユウがそう言って自分の手を見せた。指輪をしている。

「え、ペアリング?」

「うん、その、婚約指輪にしてもらえないかなーって……」

 なんとも情けないユウのプロポーズにマユは涙を溢した。


 ユウの大学院修了を控えたある日、マユが研究室に向かうと多くのパトカーが大学にとまっていた。

「あ、マユちゃん!」

 研究室の顔見知りの学生がマユを見かけて声をあげた。

「ユウ君が!───」


 ユウが突然姿を消した。召喚事故である。マユは左手の指輪を見る。

「反応していない……」

 ユウが作ったペアリングはお互いに共鳴する。それがなんの反応も示さない。

「ユウ、どこかに転移したんだ……」

 マユはこの世界にたったひとり置き去りにされたような気持ちになった。


 マユはそれ以降、ユウが召喚した短剣を持ち歩くことにした。常に大きめのバッグの中に入れてある。警察に職務質問されたら一発で銃刀法違反となるだろう。

 しかし、マユは一縷の望みにかける。どこかの世界でユウが召喚してくるのではないか。だとしたらこの短剣を目印にするはず。実際、これは召喚によって手にしたものだ。触媒としての能力は保証付きである。

 そんなマユの希望が叶ったのか、ある日突然マユの足元に魔法陣が広がった。

「これは……召喚魔法!」


 *


 ───マユが転移した先は石造りの広い部屋。

「〇〇! ★◆★」

 そこにはローブを着た老人と数人の男女がいた。マユは言葉がわからなかったので、翻訳魔法を行使する。

「救世主さまが降臨されたぞ!」

「これで悪魔どもに勝てる!」

「へ、救世主?」

 マユは口をポカンと半開きにした───


 マユを召喚したのはヒューマの一族という人たちだった。秘伝の召喚魔法で救世主を喚んだそうだ。

「あの、私なにもできませんよ……?」

「いえいえ救世主さま、あなたは聖剣をお持ちですよね?」

「聖剣って、これですか?」

 マユがバッグから短剣を取り出す。一族は片膝をつき始めた。

「え、私もしかして勇者的な感じ……?」


 *


 ヒューマの一族によると、この世界は四つの種族がいたそうだ。しかし、悪魔族によって妖精族と獣人族は滅ぼされたと言う。

「奴らは妖精族から魔力を搾り取り、獣人族は魔石を抜かれて毛皮にされました。そして我らヒューマの一族を含む人間族は奴隷を要求されております」

 どうやら悪魔族は非道の限りを尽くしているらしい。

「あの悪魔め、まさに鬼畜……!」

 悪魔族には魔王がいて、その側近の魔女が翻訳の魔法を使えることから人間族への命令をしているらしい。一族たちは顔を歪めながら目を潤ませた。

「それは酷いですけど、私にどうしろと?」

「はい、言い伝えによりますと───」


 どうやら救世主には大量の魔力が宿るらしい。本来、マユが知る人間に魔力は備わっていないのだが、そう言われてみるとマユには体内の魔力を感じることができた。普段から翻訳で魔力を扱っていたからだろう。マユは言われた通りに聖剣に魔力を込めると光を放ちながら刀心が伸びた。

「へえ、重さは短剣のままなんだ。見た目より軽いな」

 マユは軽く一振りしてみると剣先から炎の魔法が飛び出して壁を破壊した。

「……!」

「ご、ごめんなさい……」

 その威力に一同は絶句するしかできなかった。


 *


 その後、マユは訓練を重ねた。魔力が多いので身体強化魔法を使うとまるでオリンピック選手のように動ける。他の人間族からも戦士たちが集まり、互いに切磋琢磨していった。


 ある日、マユは頭部から小さなツノが生えていることに気づいた。

「うわ、なにこれ?」

「おめでとうございます、救世主さま。人間は魔力の操作が優れた者にツノが生えてくるのです」

「そ、そうなの?」

 そして戦士たちの中からもツノが生えてくるものが現れた。いつも魔法で戦闘の訓練をしているからだろうと思われた。

 マユはツノが生えてから一気に戦闘力が上がった。魔法の威力も桁違いだ。どうやらこの世界の人間は、地球の人間よりも魔力操作に長けているようだった。


「これなら悪魔族に勝てるかもしれない」

 望んでいた形と違った召喚だった。しかしここの人はみんないい人だし、悪魔族のやることは酷すぎる。この世界の他種族を皆殺しにして資源を貪る害虫だ。そう思ってマユは覚悟を決めた。

 そして一年後、漆黒の鎧に身を包んだマユは、二千人の戦士を率いて悪魔族の国へと進軍した。

「ついにこの時がきたね。みんな、いくよ。全軍前進!」

「おお!」

 マユたちの軍は国境を越えた───


 その刹那、マユたちの軍に氷の矢が降り注ぐ。

「やっぱり来たわね。はやく駆逐しておけば良かったわ」

 そう言ったのはローブを着て宙に浮いた少女。そして兵士の大群が次々に転移されてくる。

「あなたが魔女ね……!」

 マユが少女を睨みつける。

「魔女? て言うか、あんた家畜のくせに喋れるの?」

 マユはハッとする。魔女との会話は、翻訳魔法がなくても理解できた。

「か、家畜?」

「そうよ。魔石が採れるし、あんたなんかツノ生えてるじゃない。人間さまに牙を向けるなんてまるで狂犬ね」

「人間? あなたたちは悪魔族でしょう!」

「悪魔? 何いってんのこの魔族は」

 魔族? 私たちが? マユは混乱する。


「いたぞ! 一番ツノが大きい魔族が魔王だ!」

 そこに男の声がする。見ると白金の金属鎧を身につけた男が空から飛んできた。

「勇者様! この女が魔王です」そう言ったのは魔女。

「くらえ、魔王!」

 男は光の魔法をマユに向ける。レーザービームのような光はマユを貫いた。

「くっ!」

 マユは膝をつき、急いで治癒魔法をかける。勇者と呼ばれた男はそれを許さず地上に降りて剣を振りおろす。咄嗟に聖剣で防ぐと鍔迫り合いとなった。


 ───そのとき。マユの指輪が大きく反応した。目の前の勇者の指輪に対してだ。

「ユウ……?」

「マユ? マユなのか……?」

 お互いに顔を覆った甲冑の兜から、二人は視線を合わせた。そして、確信する───

「今よ!」

 マユの体を氷の矢が貫く。口から血が溢れ出した。

「マユ? マユ!」

 勇者と呼ばれた男、ユウはまだ困惑から抜け出せていなかった。

「魔王はやったわ! さあ皆殺しよ!」

「おお!」

 次々に転移してくる大量の軍隊になすすべもなく、ヒューマ族をはじめとする『人間族』と自称していた戦士たちが殲滅されていく。

「さあ、もっと! もっと殺すのよ! あははは!」

 笑いながら指示を飛ばす魔女。その場に膝をつき、マユの亡き骸を抱きしめるユウ。二人を取り巻く悲鳴と怒声が、まるで不協和音のようにゆっくりと奏でられていた。

 その蹂躙劇は全ての戦士が絶命するまで続いた。

そして魔女の率いる軍勢は一族の住む集落へと向かう。

「生き残りは獣に姿を変えてやるわ。魔石を生み出すだけの家畜になりなさい!」

 魔女は『魔族』を捕らえて次々と変身の魔法を行使していった。獣の姿となった彼らは、魔物と呼ばれるようになる。


 *


 『魔族』とそれを率いた魔王は、勇者と聖女によって駆逐された。以来、この星は悪魔と呼ばれた種族が支配している。その惑星の名前は地球。



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悪魔の星 森野理世 @morinomori

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