第二十話 天空都市の日常

「さあ、安いよ安いよ!」

 

 ここは天空都市の市場。

 そこに並んでいるのは驚くべき光景だった。

 新鮮な野菜だ。


「それじゃあネギを一本貰おうかしら」

「はいよ。100アレテーね」

「まあお安い」


 彼らはレイオール傘下のように独自通貨ではなく、アレテーで取引をしていた。

 健全な地獄での経済圏が育まれている証拠だ。

 そして着目すべきはこの新鮮な野菜たち。

 もちろん味は現世のソレに比べれば劣っている。しかし食べ物としてちゃんと通用するレベルの代物なのだ。

 これまでのように食べたら死ぬだとか、死なないまでも食べ物の味はしないだとか、そんなレベルの代物ではない。

 

 つまりこの天空都市は、地獄において唯一まともな環境を有している場所なのだ。

 

「奥さん聞きました? 何でもこの天空都市に侵入しようとした不届き物が出たんですって」

「まあ、本当? 随分物ほど知らずね」

「ここ十二魔女の方々が作り上げた鉄壁の守りによって守られているというによ」

「ここに住めて本当に幸運だったわ。夫とも巡り合えたし、かわいいペットとも出会えたしね」

「そう言えば奥さん、ペットをもう一匹預かったんですって?」

「ええ。とってもかわいい子よ」

「良いわねぇ。うちの子もとってもかわいいのよ?」

「なら明日、公園で遊ばない? うちの子たちもきっと喜ぶわ」


 彼らの言うペットとは、現世のように自分の腹を痛めて生んだ子供たちのことではない。

 もっとおぞましいものだ。



 □



「いやはや全く、驚かされましたね。敵の襲撃には」

「いやー本当ですよ。結界にまで肉薄してくるなんて」

「これは防護設備の砲も見直さなければいかんですな」

「今日は残業ですな」

「でもまあ、地獄に落ちてでも魔術の研究ができるなんて、非常に幸運ですよ」

「いやー、現世で好き勝手やった甲斐がありましたね」


 彼らは極悪人だった。

 魔術の探究のために幾度となく人体実験を行い何人もの、何十人もの、下手したら何万人もの人々を犠牲にしてきた。

 それもすべては自身の欲求のためにだ。


「それで、黒炎炉の出力はいかがですかね」

「規定値を突破しております!」

「それは結構。ではさらに燃料を追加してください」

「了解いたしました」


 彼らは天空都市のサブエンジンたる黒炎炉に彼らはの追加を決定する。

 その燃料とは。


「出してくれ!」「助けて!」「いやだ!」「死にたくない!」「俺たちが一体何をしたっていうんだ!」「死にたくない!」「ふざけるな!」「助けてくれ!」「おかしいじゃないか!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「助けて!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」「死にたくない!」


 咎人たちそのものだった。

 ここは地獄の中の楽園。天空都市。

 地獄の中で最も天国に近い場所。

 しかし最も罪深き場所でもあるのだ。



 □



「敵の名前は」

「廻道アラタというそうです」

「なるほどね。そいつが私たちの最後の敵というわけか」

「そのようですね」

「全軍戦闘配置につきなさい。いつでも迎え撃てるように準備をしておくのよ」

「了解いたしました」

「それと、あれを呼び出す準備もね」

「あれをですか?」

「ええ。私はレイオールを甘く見るほど馬鹿じゃないし、それを潰した男を侮るほど愚鈍でもないの」

「かしこまりました。すぐに手配をしておきます」

「それじゃあ公園に行ってくるわ。ご近所づきあいって大事なのよね」


 ソレは美しい女だった。

 蒼穹を写し取ったかのような青い髪、金色に輝く目。

 肢体は起伏に富んでいて、見る者を惑わす得も言われぬ色香を放っている。

 女こそ、この天空都市の首領。

 十二魔女の頂点。

 地獄の最強魔術師。

 シリン・レイゼリアである。


「それじゃあペットのお散歩に行きましょうか」



 □



 公園には様々な人々がいた。

 しかし例外なく、綱を持っていた。

 そしてその綱に繋がれているのは――。


「ポチ、挨拶ができるかしら」

「んー、んー!」

「良い子ね~!」


 ――人間だった。

 そう。彼らの言うペットとは人間のことである。

 彼ら魔術師たちは、自分よりも弱い人間の肘と膝の先を切断して、四肢を四足に見立てて、飼い慣らしているのだ。


 自害をしないように猿轡をさせて、排せつをしないように食事を抜いて。餓死すれば再び手足を切り落とす。


 人間を飼う。

 そんなおぞましいことが当然のように流行っているのだ。

 ここは紛れもなく、地獄だった。


「そちらの子は初めて見ますね?」

「ええ。この子の名前はレイオールっていうのよ」

「まあ、ということは」

「ええ。恐れ多くも私たちに刃向かった愚か者をこうしてペットにしてみたの」


 つまりはそういうことだった。

 最低限の布だけを身に付けた元、レイオールインダストリアル会長は、この上なく惨めな状態に陥っていた。


(くそ、クッソ、クッソっ!!!!!! これもあれも全部廻道のせいだ!!)

 

 レイオールは切断された手足を塞ぐ金属板をガチャガチャと鳴らしながら、その場でうずくまる。


「まあ、よく躾けをされているわね」

「ええ。大変だったのよ。ここまで躾けるのには。レイオール、お座り」

「んー!」


 即座にレイオールはお座りの姿勢をとる。

 ここまで散々痛めつけられたから、習性として刷り込まれてしまったのだ。


(何たる屈辱! この借りはいつか何十倍にして返してやるぞ! このくそアマ共にもだ!)

「まあ、くそアマだなんて、とっても生意気ね」


 心を読まれた。

 直後には股間を蹴り潰されていた。


「んーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!???????」


 激痛で絶叫を上げようとしても猿轡によって防がれる、レイオール。

 

「いやねぇ。まだご主人様がだれか分かっていないみたい」

「仕方ないわよ。数日前まではあのレイオールインダストリアルの頂点に立っていたのよ? といっても今は立派なワンちゃんですけれど」


 シリンはくすくすと笑う。

 無様で、哀れで、滑稽で、面白くて仕方ないのだ。

 かつての仇敵がこうして自分の手のひらの上にいることが。


「随分大きなおもちゃを使って遊んでいたみたいだけれどそれもたかだか小僧一人に、叩き壊されちゃって。みじめで哀れねぇ」

「んー! んー! んー!」

「そんなに鳴かないの。いじめたくなっちゃうでしょ?」


 そう言いながら顔面を蹴り潰す。

 シリンの顔には凄惨な笑みが浮かんでいた。


「まったく、しつけがなっていないと大変ですわね」

「全くよ。こんなのじゃ皆さんにおみせるのが恥ずかしいくらいだわ」


 しかしシリンはレイオールをこの場へと連れてきた。

 より屈辱的な思いを味遭わせるためにだ。


(ふざけやがってぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)


 心の中で悪態を止めることができないレイオール。

 それを口実に殴り、蹴り、痛めつけるシリン。

 ここに地獄での格付けが住んだかのように思えた。

 今この時だけは。

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