第二十一話 魔力増強訓練

 アラタは地獄の一角に来ていた。

 そこは見渡す限りの荒野だった。

 アラタが最初地獄へ落ちてきた場所だった。


「ここでいいか。無駄に広いし」


 アラタは両手を目の前に構えて、呪文を唱え始めた。

 

「アポトーシス」


 自爆である。

 莫大なエネルギーが地獄の荒野を焼き尽くし、巨大なキノコ雲を作り出す。

 そしてその数秒後に塵となったアラタの体が再構成を開始する。


「この調子で行くか」


 自らの魔力に限界を感じたアラタが行きついたのは、自爆だった。

 魔力を極限まで練り上げ、それを解放し、魔力が尽きれば生命力を燃料に魔術を使い、それも尽きればこのように自爆する。

 倒れる暇も、眠る暇も、食う暇も自身に与えない。

 魔力とは使えば使うほどその容量と出力を増していく。

 だからこそアラタはこんな無茶な修行をしているのであった。


「アポトーシス」


 一連の自爆までの動作が終わるまでに初日は十八時間かかった。

 魔力が尽きれば地面に倒れ伏し、生命力が尽きれば自爆する。

 ひたすらそれを繰り返す。

 詠唱をし、魔力を練り、解き放つ。

 終われば倒れ、自爆。 

 ソレを昼夜を問わず繰り返す。


 魔力を放ち、自爆。

 魔力を放ち、自爆。

 魔力を放ち、自爆。

 もはや正気の沙汰ではなかった。

 彼を支えるモノ、それは閻魔への怒りだった。

 ひたすらに怒りを練り上げて、それを魔力に込める。

 いつしか一連の動作にかかる時間は少なくなり。


「アポトーシス」


 一時間を切る。

 これは魔力総量の増加を魔力出力の増加が上回りつつあるが故の現象だ。

 サイクルが短くなれば、それはさらに魔力の増強を行ってくれる。


「アポトーシス」


 ひたすらに魔力を練り、解き放つ。

 次第に秒間当たりの自然回復量が、一秒間に使用する魔力を上回り始めた。

 つまり、魔力が減らなくなっていったのだ。

 

「アポトーシス」


 それでもなお、アラタは魔力を練って放ち続ける。

 そして十年が経つ頃には。


「アポトーシス」


 その魔力放射は空間をも穿つ領域に到達していた。

 即ち、今の彼の魔力総量、魔力出力、共に。

 地獄の頂点に立ったということだ。


「そろそろ普通に魔力を練ってみるか」


 アラタが魔力を練り上げる。

 既にその魔力は全身を覆い、普通の状態にしているだけでも魔力がある程度の攻撃を防いでくれる領域になっていた。

 ソレを臨戦状態にする。

 魔力を解放する。


 それだけで。


 キィィィィィィィィィィィィィィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!!!!

 

 と空間が音を立てて軋んだ。

 

「斬駆」


 そしてその莫大な魔力量を解き放つ。

 斬撃の形に押し込めて。

 そしてそれは、世界を切り裂く斬撃となる。


 漆黒の溝ができた。

 その溝は空間を切り裂いたことによってできたモノだった。その溝は時間を断つと埋まり、その空間上に在る物を強度を無視して引き裂いた。


「うん。これなら乗り込んでも大丈夫そうだな」


 アラタは頷く。

 しかし。


「今度は黒林檎の剣の方がダメになっちまったか……」


 そう。あまりの一撃に剣の方が砕け散ってしまったのだ。


「ガルドさんに相談するか」



 □



「何と、お前さん、黒林檎の剣を壊しちまったのか?」

「はい。申し訳ございません」

「いや、いいさ。武器は使っている内に壊れちまうもんだ。しかし黒林檎の剣をな……。一体どんな真似をしたんだ?」

「ちょっと世界を切り裂いちゃいまして」

「まさか、もうその領域に……」


 ガルドは何事かを呟きだす。


「悪いが今のお前さんにやれる武器はねえ。世界を切り裂くような斬撃を耐え切るような代物は黒鋼と霊玉を、黒炎で鍛え上げたモンでしか耐えられない」

「なるほど。一足先に最強の剣士になってしまったっていうわけですね」

「そう言うことだ。つまりは」

「早く霊玉を取ってきた方がいいってことですね」

「そうだ。ここまでで十年か。だいぶ短かったな」

「そうですか? 個人的には長すぎるぐらいですけれど」


 密かに現世で過ごした時間よりも、地獄に居た時間の方が長くなってしまうことに恐怖感を抱いているアラタ。

 そんな彼は今すぐにでも地獄から出て行きたかった。


「短いさ。今までどれだけ多くの人間が地獄から出ることを望んで、諦めてきたと思っているんだ? それと比べれば短すぎるくらいだ」

「確かに。そう言われればそうですね」

 

 アラタは得心言ったような顔になる。

 

「しかしそれも時間の問題だ。黒炎の方も目途が尽きそうだしな」

「マジですか? そうなると後は霊玉だけですね」

「その通りだ。とっととぶちかましに行ってこい」

「わっかりました!」


 アラタの進軍が、今、始まる。

 


 □



「この十年間で、獲得した霊玉の数は百二十。一月に一個のペースです」

「そこそこのペースね。もう少し『彼方掴みし手』の魔力消費が少なかったらよかったんだけどね」

「日々改良はしているのですが、いかんともしがたく……」

「でもあとすこしね。我々が地獄を抜け出して現世に襲撃をかけるのも」

「はい。忌々しい閻魔を討つための対神格兵装も着々と準備が進められています」


 シリンはほくそ笑む。


「どうかされましたか?」 

「ようやくこんな陰気臭い空から脱出できるというのよ、笑わずにはいられますか」


 シリンは思い浮かべる。


「はあ、現世に行ったら何をしようかしら。手始めに国を一つ滅ぼしておきたいわね。そうして亡国の人間を家畜のように飼い慣らすの。時にその家畜の子供同士を食わせたり、殺し合わせたりしたいわ。ここじゃあできることが限られているモノ。それに――」


 シリンは凄惨な笑みを浮かべる。


「罪深い人間をいじめたところで楽しくないモノ」

「それは確かにそうですね」

 

 シリンに同意する側近。

 彼らは地獄の住人だ。

 故にこそ、他者を害することを喜びとする。

 

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 現世へ悪魔よりもなお凄惨な者たちが解き放たれるときは近い。

 ソレを防ぐ者など、この世にいるのだろうか?

 答えは、いる。

 地獄に遣わされた一筋の光は、遍く邪悪を焼き尽くす者である。

 その者は心が強く、肉体も強く、魂も強い。


 そんな彼の名前を、廻道アラタという。

 

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