第十話 労働
「こいつは本日付でこの鉱山に入ったアラタっていう奴だ! みんな、仲良くするように!」
大柄な男の声に、労働者たちが一斉に振り向く。
そしてその直後には興味を失ったかのように、自分の作業へと目を向ける。
「不愛想な奴らだが、お前の邪魔はせんはずだ。レイオール会長から直々にここに来るように命じられたんだろう? 期待しているぞ」
「分かりました」
「それじゃあこのつるはしを――」
「あ、自分のがあるんで大丈夫です」
アラタは足元の影から、剣を取り出した。黒鳴だ。
「そいつで鉱石を掘るつもりか? 生半可な代物じゃ、意味がないと思うがな」
「こいつは黒林檎の幹で作った代物です。生半可じゃありませんよ」
そう言って、斬撃を目の前の岩に向かって放つ。
即座に岩は滑らかな断面を晒しながら、崩れ落ちた。
「ほう! こいつは期待できそうな新人だ! 鉱山で算出した鉱石に応じて、ピールが支給される! しっかりと励むように!」
「分かりました」
アラタは自分の持ち場へと向かっていく。
他の作業員を巻き込むわけにはいかないので、彼は専用のトンネルへと送り込まれた。
「ふう。それじゃあ『鉱石探知』」
アラタは感知力を最大限にまで引き上げて、鉱石に反射する特殊な魔力波を放つ。すぐに反応は返ってきた。
「ふーむ、硬度は全部黒鳴以下だな。てなると黒鋼は無いか。ま、地道にやっていくかね」
アラタは剣を構えた。
そして魔力で肉体を強化し、斬撃を放つ。
ちょうど鉱石以下の硬度しかない岩石を消し飛ばせる程度の威力だ。
「シッ」
斬ッ!
トンネルが開通した。
鉱石がパラパラとトンネルを転がる。
「コレ回収する方が面倒だな」
鉱石を自走式トロッコに乗せる。そしてそのまま集積場にまで送り込む。
一連の動作が終わってから再び剣を構える。
斬ッ!
再び鉱石が散らばる。
回収、トロッコに乗せる。
斬ッ!
鉱石を回収、トロッコへ。
斬ッ!
斬ッ!
斬ッ!
斬ッ!
無数のトンネルが縦横無尽に山の中を奔る。
斬ッ!
斬ッ!
斬ッ!
斬ッ!
山が崩れた。
それでもかまわず斬撃を放つ。
斬斬斬斬斬斬ッ!
斬斬斬斬斬斬斬斬!
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッッッ!!!
既にそこに山はなくなっていた。
「黒鋼は無しか」
ソレがアラタの初日の仕事だった。
□
「見ろよアイツだ、山ごと叩き斬ったっていう」
「ヤバすぎんだろ、何でそんな強さの奴がウチの鉱山になんて?」
「どんだけアレテーを稼げばそうなるんだ?」
「カルマ値も低いんだろうなぁ。羨ましいよ」
場所は鉱山に備え付けられた寮の一角。
食堂である。
アラタはそこで地獄に来て初めてのまともな飯を食べていた。
まあマトモといっても味はプラスチックを食べているようなレベルの味しかしなかったが。
「ああ、現世の食事が恋しい……」
特に林檎が食べたい。
もう黒林檎を食べるのはごめんだ。何が悲しくて食べるたびに強酸をがぶ飲みしたかのような痛みを味わわ無ければならないのか。
紅くて、瑞々しくて、甘い。そんな林檎が食べたかった。
だが地獄にそんなものがあるわけもなし。
あったとしてもそんな者のためにアレテーを無駄遣いするわけにはいかない。
「でもたまにはいいよな。鉱石分で稼いだピールで普通の食事を頼んでも」
ちなみに普通の食事とは、食っても吐血したり、下血したり、失血死したりしないというレベルで普通の食事で会って、けっしておいしい食事というわけではない。
そんな感じで味気の無さすぎる食事をそれなりに楽しんでいると、周囲に満ちた喧噪とは違う種類の大声が聞こえてきた。
「か、返してくれよ! 俺の貴重な食糧なんだぞ!」
「馬鹿言ってんじゃねえ、テメエに飯を食う権利があると思っていやがるのか!?」
どうやらご飯をカツアゲされているらしい。
「欲しいんだったら、力ずくで取り返してみやがれ!」
「クソッ! 返せよ!」
子供、アラタと同年代ぐらいの子供が男へと殴り掛かる。
しかしその拳はひらりと躱され、拳が返礼へと叩き込まれる。
「ぶべらっ!」
奇怪な叫び声をあげて吹っ飛んでいく。
少年ではない。
男の方だった。
吹っ飛ばしたのはアラタだ。
「人の飯を奪うなよ」
「何だァテメエ!?」
「俺らの邪魔をしようっていうのか!?」
「俺たちがゼオントファミリーの一員だと知ってのことか!?」
「何ファミリーとか知らねえよ。けど鉱山労働に従事している時点で、レイオールに負けたんだろ?」
「て、テメエ!!」
いきり立つ男たち。
アラタは次々と振るわれる拳のことごとくを鍛え上げられた反射神経で躱しながら、返礼に拳を叩き込んでいく。
アラタの主観でいえば、その拳は拳撃ではなく、ほんのひと触れだった。
しかし客観的に見れば、その拳は超音速の領域に達した瞬速の拳だった。
「に、逃げろ!」
「敵わねえ!」
「こいつ、山斬りだ!」
男たちがわらわらと逃げ出していく。
アラタは倒れ伏した男たちを担いで相手へと放り投げていった。
「持ってけよ。忘れもんだぞ」
「ひ、ひいぃ!」
「逃げろ!」
男たちは三々五々に散り散りになっていた。
残ったのはアラタともう一人の少年一人。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。ありがとう」
「そんじゃあな」
「ま、待ってくれ! アンタ、名前は?」
「アラタだ」
「俺、リュドウ! なあアンタ、俺と一緒に組んで、こんなところから抜け出さないか!?」
「いや、俺自分からここに入った身だし」
「え」
基本的にこの鉱山は落伍者の働く場所となっている。
地獄生物にも勝てない。咎人同士の戦闘もろくにこなせない。かといって獄卒の罰を受けてアレテーを稼ぐこともできない。
そんな半端者たちがまとめて放り込まれて、ピールという餌で働かされているのがここだった。
そんなところから出たいと思うのは自然なことだろうし、それにはアラタも協力してやりたいこともなくはないが、今の彼は雇われの身。あまり派手な行動を起こすのもマズいと考えていた。
山を消し飛ばしたのも、先ほどの何とかファミリーを叩きのめしたことも本人的には派手ではないとカウントされていた。
「というわけで一人で頑張ってくれ。まあ腐らなければこの地獄でもそれなりの生活ができるんじゃないか?」
「ちげぇよ! 俺の言うこんな場所っていうのは、この地獄そのものからだ!」
「は?」
何と、今まで見たことのなかった、自分以外では初めての地獄から真剣に抜け出そうとしている子供を見つけた。
「無実なのか?」
「無実ではねえ」
「なら地獄で反省するんだな」
その一言に少年、リュドウは言った。
「俺だって少なくない数を殺したけれど、それは全部大人たちに命令されてやったことだったんだ! 悪いことだって気づいたのも地獄に落ちてからだ!」
「……少年兵か?」
「そうだ」
成るほど。洗脳まがいのことをされて人殺しを強要された者も一緒くたに地獄に放り込んでいるらしい。
情状酌量の余地はないそうだ。アラタはあのクソ閻魔らしい、雑な仕事だと思った。
「いいぜ。反省しているのなら協力してやる。リュドウ、よろしくな」
「おう! よろしく頼むぜ!」
アラタとリュドウはがっちりと手を組んだ。
地獄に来てから始めてのことだった。
攻撃以外で他人の手に触れるのは。
だからだろうか。その手を小さく、そして柔らかく感じたのは。
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