第十一話 全部ぶっ壊す

「え! 人から恨まれていると、この地獄から出られないのか!?」

「厳密には、恨まれている分だけカルマが上昇し続けるんだ。それ以上にアレテーを稼ぎ続ければ、理論上はカルマを浄化しきれるはずだ」

「そんなぁ……」


 リュドウは、膝を抱えてめそめそと泣き出した。


「……俺、孤児だったんだ。気付いたときには銃を握って大人たちを撃ち殺してた。他の大人たちに命令されて。それだけが生きる術だったんだ」


 リュドウは語る。


「いっぱい殺したさ。殺せば殺すほど、褒めてくれるからな。けれど、それが間違いだって気づいたのは、死んでからだった」

「地獄で閻魔に会わなかったのか?」

「会ったよ」

「そいつはなんて言っていた?」

「お前は反省していない。だから地獄の底で自らの罪を悔いるがいいって」

「そうか。今は反省しているのか?」

「もちろんさ。殺してきた人たちに対しても、直接謝りたい。俺が馬鹿なせいで人を殺してしまったんだって」

「ちなみに何人ぐらい殺したんだ?」

「分かんない。多分千人ぐらい? 俺、狙撃手だったんだ」

「なるほど……」


 相当な腕前の持ち主だったようだ。

 地獄での見た目は死んだときの年齢に固定されるので、この若さで千人超えの殺害数となると超一流の狙撃手というほかない。


「俺さ、夢があるんだ。料理人になるっていう夢が。人をたくさん殺してきた俺だから、今度は人を生かすような職業につきたいと思ってるんだ。おかしいかな?」


 こんなに人を殺してきた自分が、そんなことを望むのは。

 言外にそう告げていた。

 だからアラタは胸を張って答える。


「おかしくない。人を殺して、でも殺されて。それで話は終わりのはずだ。そりゃあ、快楽目的で人を殺すような奴は永遠にここから出てくるなと思うけれど、リュドウは生きるために殺してきたんだろう? ソレは仕方ないことだと俺は思うんだよ」

「そうかな?」

「正当防衛って奴さ。多分な」

「アラタはどうしてこんなところに? こんなにいいやつなのに」

「俺は無実の罪でここに放り込まれたんだ」


 殺人鬼を追っていたこと。

 死の直前で殺人鬼と相討ちになった事。

 そのせいか、殺人鬼にこびりついていた怨念が自分に移ってしまったこと。

 そうしたら問答無用で地獄に叩き込まれたこと。


「それで地獄に……」

「ほんと、最悪だよな。ここって。飯はまずいし」

「そうだよなぁ。現世で食べたレーションだって、もっとおいしかった」

「ここじゃあ、栄養補給ができる食事なら上出来っていうレベルだもんな」


 アラタとリュドウはすっかり意気投合していた。

 それからだ。アラタと共に行動するようになったのは。


「それじゃあ鉱石の持ち運びを頼む。俺は採掘してくるからさ」

「採掘っていうかな。お前のやり方」

「鉱石が出てくるんだ。立派な採掘だろう」

「適当だなぁ」


 斬撃を連発し、鉱石を掘り起こしていく。

 そんな日々を繰り返した。


 そんなある日のことだった。


「あれ、リュドウ、遅いな……」

「リュドウを探してんのか。山斬り」

「……何か知っているのか?」

「へ! お前には教えてやらねえよ」


 目の前の男の両手を握りつぶした。


「何か知っているのか?」

「いてえ、いてえよ!」

「何か知っているのか?」

「わ、分かった言う。言うから!」

「とっとと答えろ」

「あいつ、本当は女なんだよ。普段から風呂の時もトイレの時も一人で行動しているから怪しまれていたんだ。んで今日、遂にアイツを……」


 そこから先は聞かなかった。

 アラタは走った。

 そして自分の不明を恥じた。

 リュドウがまさか女だったということに気付かない己の不明を。

 そしてこんな地獄で女性を待ち受けているのは、地上のどんな治安最悪の街よりも自明のことだろう。


「リュドウ!」


 リュドウは倒れ伏していた。

 アラタの最悪の想像通りの有様だった。


「誰にやられた?」

「アラタ……、殺して……」

「………………分かった」


 刃を突き立てる。

 それだけであっさりとリュドウは正気を手放した。

 耐えがたかったのだろう。


「…………」


 アラタはゆっくりとその呼吸をしているだけの亡骸を抱き上げる。

 そしてその亡骸を鉱山のはるか遠く、なるべく見晴らしの良いところに置いておいた。


 彼は、告げる。


「殺す」



 □



「ははは! いい具合だったな、リュドウの奴!」

「ああ! 最高だったぜ!」


 下品な声で、最低の話題を話す彼ら。

 彼らはこの鉱山のまとめ役だった。

 無論性処理係の女はあてがわれている。それでもリュドウに手を出したのは、そちらの方がスリリングだからだ。

 ただそれだけの理由だ。

 それだけの理由でカルマを貯める。現世への道を遠ざける。

 ここは地獄。裁く者などありはしない。強さだけが全ての地の底だ。

 反省をするような殊勝な者がここに来ることはないし、したモノがいたとしても、ここでは食い物にされる。

 そんな、まさに地獄だ。

 

 だから。

 彼らは知らなかった。

 この地獄にもたらされた、一筋の光は。

 真に罪深き者を焼き尽くす熱量を伴っていることを。


「お前たちか。リュドウにあんなことをしたのは」

「ああ、誰だ、テメエ?」

「どうした、ぼくちゃん。自分の女を手を出されて切れちまったか?」

「ひゃはははは! ムカつくなら殺してみろよ! できるもんなら――」


 消し飛んだ。

 男たちも、男たちがいた場所も、残さず。

 直後に塵が集まり男たちを形成していく。


「な、なんだテメエ!」

「なにを、何をしやがった!?」

「殺されたのか、俺たち!?」


 もう一度剣を振るった。

 再度消し飛んだ。


「ぎゃぱ」「ぎょおえ」「ぐぽっ」


 剣を振るう。

 消し飛ばす。

 剣を振るう。

 消し飛ばす。

 剣を振るう。

 消し飛ばす。

 剣を振るう。

 消し飛ばす。

 剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。剣を振るう。消し飛ばす。


「ぎゃぺ……」


 剣で消し飛ばす。剣で消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消し飛ばす消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す。


「消してやる。屑ども」


 そいつらの体は、塵となった。

 この地獄において、初めて出た死者となった。

 今の彼にはソレができるほどに極まっていた。


「投降しろ!」


 どこかから声が聞こえる。

 耳障りな声だ。

 アラタは剣を振るうことにした。

 徹底的に。

 絶対的に。


 これより始めるは地獄殺し。

 咎人たちよ。何人たりとも逃れるとは思うなかれ。

 その者の刃は絶対であるがゆえに。

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