第九話 交渉 要加筆

「でっけえ……」


 アラタの目の前には見上げるほどの高さの摩天楼があった。

 一体この地獄でこんなものを作るのに、一体どれだけの資金と資材と人手がいるのだろうか。

 少なくとも生半可なことではできないだろう。

 即ちこれはそのまま相手の権力を指し示しているということだ。


「気合い入れていかないとな」

 

 アラタは衣服の乱れを治し、自動ドアをくぐる。

 そして受付嬢に問いかけた。


「すいませんアポイントを取ったガルド工房のモノなのですが」

「ガルド工房様の方ですね。会長がお待ちです。ご案内させていただきます」

「ありがとうございます」


 凄い美人の受付嬢――一体現世でどんな罪を犯したのだろうか?――に連れられてアラタは歩いていく。

 エレベーターに乗り、アラタは遥か上層へと上がっていく。

 先ほどの自動ドアと言い、このエレベーターと言い、一体どうやって動かしているのだろうか?


 魔力だろうか。それとも電力? どちらにしろこんなの気軽に使えるということは、相当な文明力を誇っているとしか言いようがない。

 下手を打てばこんなレベルの相手を敵に回す可能性があることにアラタは武者震いをした。


 そんな感じでいつでも戦闘状態に入れるような気構えで待機していると、チン、という子気味いい音と共にエレベーターは停止した。


「ご案内いたします」


 黙って受付嬢についていくと、巨大な扉が目に入った。

 そこを開かれると、会議室だった。

 待っていたのはレイオール一人だけだ。


「お待ちしておりました。ガルド工房の方ですね。おかけください」

「ありがとうございます」


 アラタははっきり言って緊張していた。

 彼の現世での享年は十六歳。こんながちがちのビジネス領域に侵入するなど、現世を含めても人生初めてのことだ。

 

「本日はよろしくお願いします」

「ええ。よろしくお願いします」


 アラタは単刀直入に用件を切り出した。そうしないとボロが出そうだったからだ。


「今回はレイオールさんにお願いがあって参りました」

「何でしょうか?」

「こちらの書状をご覧ください」


 そこにはガルドの直筆で黒林檎の製品を譲ると記されている。

 代わりに黒鋼を剣一本分、欲しいとも。


「我々の要件はこれだけです。これ以上でもこれ以下でもありません。黒鋼は産出量も限られていると聞きますし、このように黒林檎の木材を使用した物品はそれなりに価値があると思います。黒鋼を譲ってはいただけないでしょうか」

「なるほど、なるほど……」


 レイオールは書状を受け取った。

 そして。

 ビリビリに破り捨てた。


「舐めるなよ、小僧。あの鋼も黒林檎も、地獄の物は全て俺の物だ」


 レイオールは断言する。


「貴様ら木っ端が交渉など片腹痛い。欲しいのならば力ずくで奪って見せろ」


 それに対するアラタの返答はシンプルだった。


「そうですか。じゃあ自分で黒鋼を掘ります」

「は?」


 呆気に取られるレイオール。

 アラタは続けた。


「俺は無実の人間だ。地獄でも罪を重ねるつもりはない。だからアンタのところから黒鋼を盗ったりはしない」

「数千万人が数千年をかけて、ようやく商品になる量の黒鋼が手に入るのですよ。そんなのは無謀だ」

「なら一人で数億年でもかけるだけですよ。それでは」


 アラタは立ち去ろうとする。

 それに待ったをかけたのはレイオールの笑い声だった。


「はははははははははははははっははははっはははははっはっはははははは! 愉快な子供です! いいでしょう! アナタには私の鉱山へ立ち入る権利を差し上げましょう。そこで手に入れた黒鋼なら自由に持っていって構いませんよ」

「良いんですか?」

「構いません。それにあなたもまるで目星がつかないところを掘り起こすよりも、そちらの方が都合がいいでしょう」

「それは確かにそうですが」


 というわけで黒鋼を自力で手に入れることとなった。



 □



「レイオールの鉱山で働くことになったのか」

「はい。そっちの方が都合がいいですから」

「気をつけろよ。相手は地獄の二大巨頭。その片割れだ。警戒してしすぎることはない」

「重々承知していますよ」

「なら行ってこい」

 

 アラタはガルドに送り出された。

 


 □



「よろしかったのですか?」

「良いのですよ。彼の行くところは黒鋼の産出されない涸れた鉱山だ。そこで精々徒労をして頂きましょうか」


 

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