2.マルシェ

 初日の夜は大勢人がいたが、仏語が未熟な私には誰が誰かわからない。そもそも紹介もなかった。どうやら休暇で親族が集まっていたらしい。


 その日の夕食はマダムの従姉妹の夫が作った兎肉のカスレだった。カスレは、インゲン豆と玉ねぎ、肉を鍋で煮込む南仏の名物だ。


 兎肉は、フランスではよく食べられる。市場では毛を剥かれ、丸ごと吊るされている。


 愛玩するのなら私は猫派でも犬派でもない、あえて言うなら兎派。鼻をふんふんしているのがカワイイ。週末でもう一度カスレを出され、美味しいと答えたら「初日も出したでしょ」と言われた。


 そう、私はその時まで知らなかったのだ。何と、既に兎を食べさせられていたのか! 兎が可愛くて無理という人だったらどうしたのだろう。


 だが、私に兎を食べることに抵抗はなかった。私は日本では一番鶏肉が好きだ、けれど兎肉はより柔らかくて、弾力があって美味しかった。


 こちらでは、料理のとりわけは男性の仕事だ、たぶん。いつもムシュウが聞いてくれる「さくら。胸と腿、どちらがいい?」私はこたえる「腿!」。

 彼がいない時は大学生の息子が女性に取り分ける。


 ちなみに“ムシュウ”と書いているのは、私の仏語の先生が、ムッシュウと日本人は言うがム“と”シュウとの間に“ッ”なんて入ってないと言うから。(monsieur)


 彼らは食べられるのならば、何の肉でも食べるのかもしれない。食事には出なかったが「さくら、エスカルゴは食べたことはある?」「カエルは?」と楽しそうに聞いてくる。

 エスカルゴは食べたことがあるが、こりこりした貝のようだった。殻の中に、バターとガーリック、パセリが入れてあり香ばしい。ツアーで食べたためかすごく美味しいというわけでもないが、まずくもない。カエルはあえては食べたくない。


 ただ、エビやカニも日本人は美味しいと喜ぶ。ようは食べ慣れているかどうかだろう。私はジビエが好きだし、フランスのレストランでピジョンは食べたことがある。でも小骨が多く臭かったのでもういいかな。


 ――初日の晩餐で私はなんとか仏語でマダムの姪に訊いてみた、「あなたのお父さんはいつも料理を作るの?」彼女は大笑いしていた「当り前よ、だってママは全く料理ができないもの」


 親族が帰ったその後からは、滞在先のマダムが料理を作ったが、彼女も料理が下手だった。大きな寸胴鍋に野菜の欠片とショートパスタ、コンソメを入れる。そして「料理の隠し味はカレー粉よ」とすべてにカレー粉を入れた謎料理を作る。


 週末はムシュウが作る、それが嬉しかった。この国では男性も当たり前のように料理をする。


 そんなマダムでもこだわりがある。勉強でどの野菜がどの季節のものか訊かれた。ニンジンは? じゃがいもは? え。どの時期にもスーパーに売っているから知らない。――呆れられた。 


 少なくとも出会ったフランス人達は旬のものしか食べない。マダムはスーパーの野菜を示して言う。マルシェでしか買わない、美味しくないからと。


 マルシェの買い物は面白い。大抵は日曜日の朝、中央広場で開催している。この街ではマルシェ・|ビオ(オーガニック)が開かれていた。(ビオはBIOと表示)

 テントが張られて、蜂蜜、ジャム、パン、チーズ、豆腐、米、卵、納豆まですべてがBIOだ。フランスで豆腐? と思うだろうが、後に今回の滞在で仲介したエージェントに言わせればとても美味しいのだそう。


 私は朝食後にもかかわらず、このマルシェでリンゴパイショソンポムを買った。日本のブーランジェリーでも見かける林檎を煮詰めたフィリングが入っている二つ折りのパイだが、そのマルシェでは、外観はわらじだった。

 何人か並んでいるテントのパン屋でそれを買い、ベンチで紙袋から出してかぶりついた、美味しい! まずパイ生地が美味しい、そして出てきた煮詰めた林檎がさらに美味しい。


 日本では綺麗に模様を入れてふっくらと作られているが、ここでは見た目はわらじ。なのに、どうしてこんなに美味しいのだろう。


 私は美味しいは、お腹がいっぱいでも“やめられないこと”と思っている。


 ――赤ワインで有名なボルドーに行ったことがある。駅近くのホテルに泊まり、ボルドー駅の中のレストランでクロワッサンとカフェの朝食をとった。ここのクロワッサンは残念ながら底にバターが溶け出ていて指につきべたべただった。


 ――クロワッサンは層がサクッとしていて、噛んだ瞬間バターの甘みが広がるのがいい。フランスでも美味しいクロワッサンに出会うのは難しい。日本ではこのバターの甘みが感じられるお店がない。


 一時期私は、日本で美味しいクロワッサン探しに明け暮れていた。けれど出会えず、最近になってようやく見つけた。進歩したなあ。でもこの話では割愛しておく。


 そのボルドーでのイマイチなクロワッサンの朝食の後、たまたまブーランジェリーに通りかかった。私はパン屋とみると入らずにはいられない。まだ朝食を食べたばかりだ、でも美味しそうなのは逃したら二度目の出会いはない。


 昼食用にと言い訳して、ニース風サンドイッチ(バケットにツナやゆで卵を挟んだもの)を私は買った。


 美味しいものの見分けかた、それは美味しそうなこと! パンの表面はパリパリして、中身のレタスが艶々としている。本当は、昼食時にその辺の公園で水と共に食べるつもりが、我慢できなくてかじってしまった。 


 フランスではバゲットのサンドイッチは一本で売る。私は味見のつもりでかぶりついた、そうしたらやめられなくなり丸々食べた。


 パン生地はほんのり甘みがある、外はカリッと、中はしっとりだ。ツナと、オリーブの塩味がマッチしてゆで卵とドレッシング、新鮮なレタス、それが全てパンに染み込み、フランスパンでも歯でかみ切れた。(たまに歯でかみ切れなくて困る)


 ちなみに、この旅行は十年以上も前だが、EUでは有機製品が当たり前に出ていた。スーパーではシャンプーや石鹸、菓子売り場では子ども向けのクッキーやチョコレートでさえ半分以上がBIOだった。有機と言えば健康食品的で美味しさはイマイチ、と思うかもしれないが、とても美味しい。


 日本でBIOと言えば有機ワインが一番目にするかもしれない。BIOワインとあれば、それはビオロジックが多いが、たまにビオディナミに出会える。


 ビオディナミは、BIOワインの一つで種まきや収穫も月の満ち欠けなど自然の営みを取り入れたワインで、これもとても美味しい。

 ビオディナミのワインがあればぜひ飲んでほしい、美味しいから!


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