マダムと私の美味しいフランスホームステイの日々!

高瀬さくら

1.マダムの邸宅?

 私は、夜もふけた三階の屋根裏部屋で途方にくれていた。床に敷かれたベッドマットは小さな虫が歩いている。横には埃をかぶった本やコピー機が積み上げられている。

 

 恐らく家族の誰かが使わなくなった部屋をあてがわれたのだろう。スーツケースを持って、今すぐ出ていくと告げたい。でも、ここはどこ? マダムに空港から迎えに来てもらったので、場所も知らない。出て行っても泊まるとこは? 


 結局、私はマットレスに自分のバスタオルを敷いて横になった。あとは明日考えることにして。


 私は、トゥールーズという南フランスの都市に着いたばかりだった。フランスに来たのは十回以上。別にフランス人が好きなわけではない。むしろ親切ではないし、仏語も苦手だ。

 ただ初めての旅行から、この一筋縄ではいかない国と人々に引かれてしまった。


 そして仏語を学んでみたが、いくら学んでも聞き取りができず上達しない。短期留学をしてみたが、“フランスにある語学学校に、フランス人の生徒はいない”という現実を知った!! 

 三月の仏語学校の九割は春休みの日本人大学生だった。残りは韓国人。

 学校では日本語が飛び交い、質問をしないシャイな日本人達は授業では静かに黙り込む。これではだめだと、次にホームステイを申しこんだ。


 ネットでは、マッチングサイトのようにフランス人がホームステイ+仏語レッスンが受けられると募集していたが、ピンとこない。流し読みしていると日本人がエージェントをしており「マダムの邸宅で優雅に仏語を学びませんか?」というキャッチコピーが目に入った。


 イメージ写真は、プールのある邸宅。素敵と思って、飛行機代別で二週間二十万で申し込んだ。


 ――マットレスの上で、思う。プール付きの邸宅は、どうなった。アレは誰かに作らせたものだったのだろう。エージェントは仕事が遅くかなり大雑把だった、そのヤバい予感は当たった。しかしどうしようもない。



 ――朝起きて台所キュイジーヌに行ったら、男性がいた。彼はのちにマダムの夫とわかるが、「ボンジュール」と言って、「オレンジジュースジュドオランジュはいるか?」と聞いてくれた。


 頷くとボトルワインを入れる空の木箱に積み重なっていたオレンジを一つ取り、手絞り機にセットしてハンドルを回し絞っていれてくれた。冷えてはないけど、甘ずっぱくて美味しい!


 「出ていく」と言いたい気持ちはもうなくなっていた。ほだされたわけではなく、今後どうしていいかわからなかった。というかもうどうしようもない。


 飼い猫が出入りするソファは擦り切れ、机もシール跡がありボロボロ。邸宅ではない、整理整頓のされていない一般家庭。

 けれど机の上には、パンの入った白い紙袋が置いてあり、そこから好きなものを取って食べていいと言われた。


 私は、クロワッサン生地でショコラを巻いた、潰れたパンオショコラを食べた。パイ生地はバターが香り、チョコもカリっとほろにがで美味しかった!


 ――昨晩を思い出す。真夜中にマダムが空港まで迎えに来てくれたのは奇跡的に予定通りだった。時間にルーズな彼らにしては珍しい(のちにやっぱり一時間は遅れるマダムにしては奇跡だとわかった)。


 到着したのは一軒家の草ぼうぼうの庭にある普通の家だった。あまりあちらは夜に煌々と明かりをつけない。光源乏しくよく見えないリビングで、呆然としている私にマダムはソファを勧める。


 エージェントがたてた予定表では「到着後、ティータイム」と。


 マダムは既に何かが入っているポットをふり「ティー?」と聞く。でがらしかよ!? 日本人なら入れ直すよ!? 

 私は首を振る。「ショコラ?」と生活感あふれた机の上にある木皿に載った銀紙の剥がれたエッグチョコを勧める。


 ……ティータイム?

 つまりはそういうこと。誇大表記されていたのだ。


 こうやって私のホームステイが始まった。


 

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