おれ、好機に恵まれる
ここは上野動物園の地下20階。ここに、パンダの楽園『もふもふパンダランド』があった。
日本にいるパンダは、友好国である中国から貸与されている。世の中のパンダという生き物の所有権の、そのほとんどを中国が掌握しているからだ。動物園の花形を担っているパンダたちも例外はない。どんなに人気者でも、どんなに日本人に親しまれても。その契約期間が満了を迎えると、パンダたちは故郷である中国に返還されるという仕組みだ。
だがしかし——。ここには、その中国も知らない、日本で独自に管理されているパンダたちが飼育されているのだった。
「総理。パンダの
ガラスの向こうに立つ男たちは、無心に笹を食べているパンダを見つめていた。
「そうかそうか。パンダは宝だ。我々の大好きなパンダを外交に使うなど、決して許されぬ。見ろ。あのモフモフ加減。特にあの大和は背アブラがのっているおかげで、余計にころんとしていて、愛らしい」
大和は、鼻の下を伸ばしている親父になど興味はない。だがしかし、自分を眺めにくる「総理」と呼ばれる人間は、定期的に変わることは知っていた。しかし、それも大して興味があることでもない。「今度の総理はあの男か」そんな程度の話だ。そんなことよりも、大和にはやならければならないことがあったのだ。
(おれは故郷に行ってみてぇ。中国っていうところは、広々としていて、笹を好き放題食べられるっていうし、自由にしていられるっていうじゃねえか。こんなお天道様が差し込まないような暗い部屋で一生を終えたくはねぇ)
大和は笹を食べることに専念する。人間など相手にしていられないからだ。しかし、ガラスの向こうに立っている男の一人が一歩前に出てきたかと思うと、ガラスに顔をくっつけて言った。
「歴代の総理たちが、このもふもふパンダランドの管理を任されているということは……。今度は私がここの管理を引き継ぐということだな? ——よし。あのパンダを総理官邸に連れて行く」
「え! 大和を、ですか? 総理。それだけは——」
「総理としての初の指令だぞ。いいな? あのパンダを総理官邸で飼うのだ。いつもそばで見ていたい。そして、あの腹の毛だまりに、顔を埋めて寝たいのだ!」
「総理、いけません。パンダを密に繁殖していることが、少しでも外に出てしまったら。中国との外交のみならず、全世界を敵に回すことになります。どの国も、パンダを中国から貸与しなければならない状況で不満を募らせているのですから!」
「そうです。総理! 第三次世界大戦が起きかねませんぞ!!」
ガラス越しの男たちは揉めていた。しかし、総理は譲らなかった。
「いいや! 絶対に総理官邸にこのパンダを移送する。これは超極秘プロジェクト、名付けて『
総理は大きな声で言い切る。止めに入っていた男たちは、成す術もなく肩を落とした。大和はそんな様子を見ながら、笹を食べ続け、そして心の中で思った。
(これは
パンダはクマ科に属しているが、性格はおとなしくて恥ずかしがりや。他の動物を襲うことは滅多になく、逃げて隠れてしまうのだ。つまり——。
(そうだ。おれはこんな図体をしているが、機敏だ。逃げることにかけては誰にも負けねぇ!)
大和はにやりと口元を持ち上げた。ガラスの向こうでは、総理が立ち去った後、他の男たちが飼育員を呼びつけて、明日のPT号作戦の指示をしていた。
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