令和のキツネはWi-Fiに化ける
ゴオルド
キツネのWi-Fi戦略
スマホの調子がおかしいので、パラモユーザーである俺は、パラモショップにスマホを見てもらいにいくことにした。予約とかめんどくせえから予約なしで行ける店をネットで2時間かけて調べた。そこまでするなら予約せえよという話であるが、俺は「何時にどこどこに集まれ」的な約束事に縛られるのを嫌う男である。
さて、パラモ孤島店というのが予約なしで良いというのがわかったので、俺は手こぎボートを借りて3時間かけて海を横断し、パラモショップのある島を訪れた。
真っ赤な鳥居に囲まれたその島は、小学校の校庭ぐらいの広さしかなく、建物も1軒のみだった。その粗末な小屋のトタン壁には、「パラモ」と赤ペンキで書かれていた。ところどころ液だれして、血が流れたようになっている。
島には草木が1本も生えていなかった。おそらくパラモの店員が除草をしっかりやっているのだろう。なかなか感心だ。
ベニヤ板のドアをノックすると、やたら前髪の長い、面長でつり目のにーちゃんが出てきた。着ているものはスーツだが、しめ縄みたいなネックレスをしている。最近の若者のセンスはよくわからないが、これはオシャレなのか?
「あっ、いらっしゃいませー。お客様、スマホはどちらを使われていますか」
「パラモです」
「ありがとうございます!」
「あの、実はスマホの調子が悪いんで、見てほしいんですけど」
にーちゃんは鼻息がかかりそうなほど至近距離まで近寄り、「スマホを貸していただいてもいいですかあ?」と言うので、俺はちょっとビビりながら、スマホを差し出した。
にーちゃんはすいすいと操作して、「どこもおかしいところはないですね。あっ、容量がもうパンッパンですね、わあ、ご購入から既に5年が経っていますよ。これは買い換えどきです。こちらが新機種のカタログなんですけど……」と、至近距離で機種変更の説明を始めた。
とにかく距離が近い。俺が一歩下がると、二歩詰めてくる。久しぶりにやってきた獲物を断じて逃すまいという気迫を感じた。
「いや、買い換えの予定はなくて、もし故障なら修理してもらいたかっただけなんですが」
にーちゃんはふんふんと頷き、
「最新機種って良いですよ。写真もきれいに撮れますし」と、言った。
「いやだから。……さては話が通じねえタイプだな」
「いやだってお客様、これ容量がパンッパンですし……あれっ」
スマホをいじっていたにーちゃんは、ネットワークの接続の設定画面を見て、首をかしげた。
「お客様、もしや故障というのは、Wi-Fiにつながらないという症状でしょうか」
「ええ、そうですけど」
おお、すごいじゃないか。ちょっとスマホをいじっただけで問題に気づけるとは。変な格好の若いにーちゃんだから正直下に見ていたが見直した。
「このスマホ、キツネに憑かれてますから、機種変しないとダメですよ」
「……はあ?」
馬鹿にしてんのか、このにーちゃんは。
にーちゃんはさらに距離を詰めてきて、スマホ画面を俺の目の前にかざした。
「ここ、よく見てください」
近い、近すぎて見えない。画面が鼻に当たりそうだ。
「悪いがもう老眼なんだ、少し離してくれ」
「これは失礼しました。あの、文字が大きくて見やすい最新機種もあるんですけど、ええとカタログ……」
「それはいいから。それで、画面のどこだって?」
指さされた部分を凝視すると、Wi-Fiの接続先として表示されている文字が全て葉っぱのマークになっていた。
「なんだこれは。こんなもの今までは表示されたことなんてなかったぞ」
「これがキツネに憑かれてる証拠なんですけど、普通は見えないようにカムフラージュされてるんですよね。ここはパラモ結界の中なんで、外部からの干渉を受けないからはっきり表示されるんすよ」
「パラモ結界って何だよ」
「それはパラモだけの特許技術を使用した特別なアレのことでして、企業秘密なんで詳しくはご説明できないんですけどね。それよりもお客様、キツネがWi-Fiに化けるって聞いたことありませんか。最近ニュースにもなっていると思うんですけど」
「いや、初耳だけど」
「そうですかー。Wi-Fiに化けたキツネにスマホを接続してしまうと、ほかのWi-Fiには接続できなくなるんですよね。それだけでなく、スマホ決済を利用して、毎月こっそり油揚げや季節のフルーツなんかが通販で買われてしまう被害まで出ているんで社会問題になっているんすよね……。あっ、あー。これは汚染がひどいな。もうダメかもしれません。機種変しましょう」
「いや、だから修理でなんとかしてくれよ」
「修理はちょっと難しいですね。キツネWi-Fiって一度つながっちゃうと、もう切れないんで」
最悪だ。余分に金がかかってしまう。ああくそ、腹が立つ。
「大体なんなんだよ、キツネWi-Fiって。なんでキツネがWi-Fiに化けるんだよ」
「ええと、我が社の見解を申し上げますと、キツネは江戸時代には大名行列に化けていたらしいんです。それが昭和になって汽車に化けるようになり、平成になるとカップ麺に化けるようになり、令和はWi-Fiになったということらしいです」
「意味がわかんねえよ。どういうことなんだよ」
「キツネってなんかこう細長いものに化けたい性癖があるんですよね。なんでしょう、びよーっと伸びたいみたいな気持ちが心の奥底から沸き上がってくるとでもいいますか」
「Wi-Fiって細長いのか?」
「え、細長い感じしませんか?」
「しないけど」
そうですかねと、にーちゃんは首をかしげた。
「まあ、それはともかく機種変しましょう。パスワードとかも全部変えて、あとついでにプラン変更もしませんか? 当店だけの割引キャンペーン対象機種はこちらです」
にーちゃんはカタログをぐいぐい押し付けてきた。さらに肩までがっちり掴まれて、もう逃げ場がなかった。
結局、スマホを買い換えることになってしまった。しかも安いスマホは在庫がないとかいって、まあまあ高めのスマホを買わされた。
とんだ出費だった。しかもデータ移行やら最適プランの提案やらで1時間もかかってしまった。これだから機種変更は嫌なんだ。面倒くせえことこの上ない。
それにしてもキツネWi-Fiだなんて、本当なんだろうか。どうもうまく騙されて新機種を買わされてしまったような気がしないでもない。
あのにーちゃん、しめ縄のネックレスも変だし、前髪が妙に長かったのも怪しいよな。本当に社員なのか? っていうかあのにーちゃんこそがキツネなんじゃないのか? そういやちょっと獣臭かった気がする。よく考えたらあんな孤島で店をやっているのもおかしい。なんだよパラモ結界って。嘘くさいことこの上ない。
陸を目指してボートを漕いでいたら、新スマホにメールが届いた。
「いつもご利用ありがとうございます。小野寺オイシーノ果樹園です。先ほどお買い上げいただいた「梨150キロ」のご注文ですが、パラモ決済でエラーとなってしまいました。ほかの決済方法にて改めてご注文いただきますよう、お願いいたします。」
知らない果樹園からのメールだった。どうやらキツネが俺の金で梨150キロを買おうとしていたようだ。危機一髪、回避できたということか。
「あのにーちゃんを恨むなんてとんでもなかったわ」
機種変して本当に良かった。感謝の気持ちでいっぱいだ。
後日、このことをXに書き込むと、知らない人からDMが来た。Tニキとかいうやつだ。
Tニキは、俺に衝撃の事実を告げた。「そんな果樹園は存在しません」というのである。
調べてみたら確かに小野寺オイシーノ果樹園というのは存在しなかった。つまり梨150キロなんて誰も注文していなかったことになる。
また、自分のクレジットカード等の支払い履歴を見てみたが、過去に何かを勝手に買われているといった事実もなかった。
「あなたはキツネに騙されて、機種変させられたんですよ」
一体どういうことなんだ。
俺はキツネWi-Fiについてネットで調べることにした。その情報をまとめたものが、以下のものである。
「スマホを5年以上使っていると、パラモに雇われたキツネがWi-Fiに化け、古いスマホを操作し、スマホが壊れたかのように偽装、新機種に買い換えるよう誘導する。具体的には偽の注文メールを送ったり、ネット接続を邪魔したりなどの工作活動を行っている」
やられた、と思った。
後日。
俺はパラモショップ孤島店を再度訪問した。前回は手こぎボートで3時間かかったが、今度は4時間かかった。何か目に見えない力が俺の上陸を阻んでいるのかのようだった。
へとへとになって島に上がり、疲労で震える手で新スマホを高く掲げて、「おい、おまえはキツネなんだろう。騙しやがって、このスマホは返品だ、金返せ!」と、ベニヤ板のドアをたたきながら叫んだ。
すぐに前髪の長いつり目のにーちゃんが出てきた。しかし、前回とはうってかわって暗い目をして、顔は紙のように白く、唇はぞっとするほど赤くなっていた。
「ニンゲンよ……我と契約せよ……」
「なに?」
「……今年から始まった新プラン、パラモ割デラックス得々ふれんどプランを契約せよ……月々2万9800円支払うのだ……。いろんなサービスがついてくるぞ……自転車保険もついているぞ……」
にーちゃんは懐から書類を引っ張り出して、俺の目の前に差し出し、新スマホを取り上げると、かわりにボールペンを握らせた。
「な、なんだ……? 体が動かない……。いや、勝手に動いている!」
ボールペンを持つ手が、文字を書くときの形に変わった。
「契約せよ……ニンゲン……。一応断っておくが、この契約はクーリングオフは効かぬぞ……ふふ……」
空中に浮いた申込書に、俺の手がサインをしようとする。
「やめろ、俺は得々ふれんどプランなんか嫌だ……。わけわからんサービスがいっぱいついてるからって月々2万9800円なんか払ってたまるか!」
しかし体の自由を取り戻すことはできない。勝手に手が動いてしまう。ボールペンが紙面を走る感触が手に伝わってきた。
「やめろ……やめろぉぉ!」
終わった。これから月々2万9800円を払う日々が始まるのだ。絶望だ。
そう思ったのだが。
「な、なぜだ、なぜちゃんと字が書けないんだ……! ニンゲンめ、何をした!」
契約書の署名欄にはミミズがのたくったような跡が残っただけだった。ははっ、俺は思わず笑い声を上げた。
「なるほど、そういうことか。手こぎボートを4時間も漕いだせいで、筋肉が痙攣して字が書けねえってわけだ!」
「な……なんだと……」
「さあもう諦めて、返金しろ」
「いやだ!」
俺とキツネはもみ合いになり、そのひょうしに鳥居にぶつかった。あっと思ったときにはすでに鳥居が倒れていた。
「……な、なんてことだ……! パラモ結界が壊されてしまった」
にーちゃんはキツネに変身していた。いや、もとの姿に戻ったというべきか。
「おっ、なんだ、思ったよりカワイイじゃねえか」
ふわふわのキツネの背中を撫でると、「おのれ、ニンゲンめ」といいながら仰向けになったので、腹を掻いてやった。
後日、俺はパラモ本社に被害を訴えて、スマホを解約、返金してもらうことができた。古いスマホのキツネWi-Fiを解除させたので問題なく使える。
あとキツネについてだが、こいつもパラモ本社に返却しておいた。キツネは「上司に怒られる上司に怒られる、ノルマがノルマが」と怯えていた。仕事を辞めて山に帰ったらいいんじゃないのかと提案したが、「ローンを抱えているんで、辞められないんすよ」とのことである。ならしょうがない。
新機種を無理やり買わされたあげく、高額プランを契約させられてしまうのをぎりぎり回避できた。危機一髪であった。
<おしまい>
令和のキツネはWi-Fiに化ける ゴオルド @hasupalen
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