第13話 新体力テスト

「はぁー、かったりいな。なんでこんなことをする必要があるんだろうか」

「ほとんど意味ないですよねこれ。全くやる気が起きないですよ」

「僕は真面目に取り組むけどね。君たちの意見も分かるから、自由にやればいいと思うよ」


 今から行われようとしているのは何の変哲もない新体力テストである。基本的な新体力テストは魔力強化無しの素における身体能力を測るものであるが、この学園は違う。魔力あり、スキルありのとんでも新体力テストである。

 ただし、この新体力テストでいくら点数を稼ごうが、ランキングに関するポイントをもらえない。よって、このテストは本気でやるものはほとんどいない。自分の能力を相手にばらすだけの行為になってしまうから。

 しかし、何も意味がないことはない。この新体力テストを生徒会長は本気で挑んでおり、その記録をいつも通りに公開している。自分と会長の差がどれくらいあるのかを知るには充分で、荒武や獅子王さんといった決闘研究会に属している人は本気で挑む傾向が強い。

 自分の本気がどれくらいなのか、それとも自分の本気を見せるべきではないのか。それぞれの思惑が交錯するイベントとなっているのであった。


「ここら辺も改善すればいいのに、生徒会は手を付けないんだな」

「単純に優先順位が低いんじゃないですか? これを改革したところで得られるものは少ないと思いますよ。入学したばかりの新入生にポイントを競わすべきなのかとか、本気でやらせるメリットはあるのかとか考えることはいっぱいありますから」

「例えポイントが得られるようにしたとして、その塩梅も難しいと思うからね。いきなり高ポイントを与えるイベントを催してもいいのか。低ポイントでは今までと同じようになるだけだからね」

「それなら、このままの状態にしておいて、好成績を残した人にだけ目をつけておけばいいからな。他のことにリソースを割いた方がマシってもんか」

「おや? どうやら僕の番が近づいてきたみたいだね。それじゃあ頑張ってくるよ」

「おー、頑張ってな」

「そういえば私、荒武先輩のスキルを始めてみますね。ちょっとわくわくしますよ」

「さてと……【白亜紀の栄冠ティラノクラウン】」


 自分の番が近づいた荒武はスキルを発動。体がどんどん大きくなり、ティラノサウルスの姿に変貌する。周りのみんなは二年生ばかりではあるが、見慣れてはいてもティラノサウルスという生き物とその魔力の量に圧倒されている。夜月の反応はどうだろうか。


「こ、これが荒武先輩のスキルなんですか……か、か、か、かっこいいですーーーーー!!」

「あー、そういえばお前、恐竜好きだったな」

「わあーーー!! めちゃくちゃかっこいいじゃないですか! 現代によみがえる古代のロマン! 素晴らしいですよ!!」

「どうどう、落ち着け。気持ちは分かるがはしゃぎすぎだ。スキルはばれちまったんだ。後でいくらでも見せてもらえばいい」

「八雲先輩は見慣れているから反応が薄いんですよ! 見てください周りの生徒たちを!」


 夜月に言われてもう一度周りを見てみると、目を爛々とさせた生徒たちの視線がティラノサウルスに注がれていた。いくつになってもみんな子供なのである。自分に害を与えることのない恐竜が目の前にいればそうもなるか。


「ねえねえ八雲先輩?」

「うん? どうした?」

「ティラノサウルスのトルソーってどこなんですかね?」

「知らねぇよ。ティラノサウルスが陸上競技することなんて滅多にないだろ。ルールで定められてたらビックリするわ」

「ねえねえねえ?」

「なんだよ?」

「ティラノサウルスってクラウチングスタートできるんですか?」

「できるわけねぇだろ! あの体格でどうやってすんだよ! しゃがめるわけねぇだろうが!」 

「それでは、位置について、よーい」


 周りが勝手に盛り上がっている間に笛の合図で荒武はスタートしていた。おそらくスタンディングスタートである。ドシドシと音を鳴らしながら進んでいく様子はさながら3D映画のようだ。トルソーがどこか分からないが、しっかりとゴールを駆け抜けていった。


「うーん、なんか……思ったよりも遅いですね」

「そりゃあ、魔力で強化されてもティラノサウルス自体があんまり早くないからな。時速二十キロくらいじゃなかったか?」

「五十メートル走だったら人間の方が速いじゃないですか。だって魔力なしの先輩の五十メートル走が六秒ジャストですもんね」

「スキルなしの魔力込みで四秒ジャストだ。俺だって原付よりは早いんだぜ」

「でもパタスモンキーよりは遅いんですね」

「誰が知ってんだよその情報。一定の動画視聴者しか分からないだろ」

「それでも、一応霊長類最速ですよ。パタスモンキーは時速五十五キロなんですからね」

「だが、魔力を持たないゆえに、魔力込みだと最速ではなくなってしまう悲しい生き物だ。結局どこかへ連れていかれてしまう運命なんだよ」


 この世界では魔力やスキルを持った生き物は人間しか確認されていない。よって、魔獣や魔物といった生物はこの世界には存在しないとされている。宇宙人がいるかもしれないのだから、魔力を持った別生物くらいいてもおかしくはないと個人的には思っている。


「そんなことは……ありますね。私は魔力やスキルで強化すればパタスモンキーよりも余裕で速いですから」

「いやー、全然遅かったね。やっぱり、ティラノサウルスは速さ勝負する生き物ではないかもね」

「お疲れ荒武。次はハンドボール投げか?」

「そうだね。五十メートル走もそうだけど、やっぱり人型の方が扱いは良さそうだね。ロマンが無くて申し訳ない」

「ティラノサウルスの強さはその力なんですから、あんまり気を落とさないでください。握力測定なら無双できますよ」

「そうさせてもらうよ。はぁー、改めて会長や柊一さんの凄さが分かるね。あの人たち、力も速さも一級品だから」

「会長に至ってはほぼ世界一だしな。五十メートル走測定不能なんて滅多に聞いたことないぞ」

「確か、本気の本気で直線状態の速さが亜音速手前でしたよね。いつか人類の壁である音速を超えそうで怖いですよ」

「そんなこと言っても、夜月くんも同じくらいは出せるんじゃないかな? 柊一さんだってとんでもないくらい速いからね」

「……条件次第ですかね。私も会長みたく無条件で本気を出せるわけではないので」

「おや、いいのかいそんな情報をくれても」

「ティラノサウルスのお礼ですよ。こっちの方が得られた情報は多いですから」


 夜月のスキルを知ってる俺からすると、扱いやすい方ではあると思っているが、最大出力となるとまた変わってくる。俺が【不調で絶好調ダウナーズハイ】を最大限引き出すためには四十度を超える熱を出さないといけないように。

 条件付きのスキルは上振れたときの止められなさが特徴だ。俺のように使用後は一週間寝込んでしまうという反動がくるスキルもあるのは難点だけどな。


「俺たちの番も近づいてきたな。ま、ぼちぼち流しながらやるか」

「そうですね。疲れる分だけ損ですから」


 荒武とは対照的にスキルも魔力も使わずに緩く走る俺と夜月。ほとんどの人間がやっている行為で毎年恒例になっているからか怒られることはない。俺と夜月と荒武は各々のスタイルで新体力テストをこなしていった。


---


「やっと終わりましたね。本気を出さない私がいけませんが、退屈で仕方ありませんでしたよ」

「もっと、この学園にあった新体力テストをすれば面白いと思うのにな。それこそ、直線距離で一キロメートル走とかよさそうじゃないか?」

「僕もこの学園なりの新体力テストにすればいいというのは同感だね。本気を出しすぎて握力計を壊しちゃったから。スコアによって多くのポイントを獲得できるようにして、開催時期をずらせば問題ないと思っているよ。会長に進言してみるかい?」

「面倒くさそうそうになるのが目に見えてるから止めておくわ。これは生徒会の役目だからな。俺たちの出る幕はないだろうぜ」

「そんなことはない。お前が生徒会に入ればいいだろう、八雲」

「綾辻先輩、いらしたんですか?」

「ああ、こちらもちょうど終わったところでな。お前たちを見かけたから話しかけに来ただけだ。その様子だと、荒武以外は例にも漏れず本気を出さなかったみたいだな。だが、本気を出すメリットは少ないと思われるのは仕方がないと思っている。いくら私たちと言えど、一度に全てを変えることはできん。物事には優先順位がある。優先順位の高いものから改革していき、その変化を確認することもまた重要な仕事だからな。それよりも八雲、生徒会へは興味がないのか?」


 生徒会とは三年生から二年生に代々受け継がれていくものであり、生徒会長、副会長、書記、会計、総務で構成されている組織である。この学園の生徒会の凄いところはその影響力。夜月や俺への特例、試験方法の改善案など、生徒だけとは思えないほどの影響力を持っている。

 流石に試験方法の改善は理事長の許可が必要だろうが、黒島の件みたいに独自で教師の介入なしに解決することができるものもある。しかし、ここまでの影響力と権力を持っているのはひとえに生徒会長のその強さと手腕のおかげであり、俺みたいな一般ピーポーに務まるようなものじゃない。


「俺なんかが生徒会に入れるわけないじゃないですか。ついこの前まで最弱と呼ばれ、今でも最下位の男ですよ」

「生徒会の人間全員が戦闘希望者なわけではない。強さだけを求められているわけではないのだ。お前は頭はいいだろうが。生徒会に入りえる素質は持っていると考えている。それに、お前は最強を目指すんじゃないのか? そのために【不調で絶好調ダウナースハイ】を解禁したんだろう。上手くいけば生徒会長にさえなれるかもしれんぞ」

「無茶なことを言わないでください。俺は確かにこの学園で最強を目指していますが、生徒会長にはなろとは思っていません。それに、あの人ほどの手腕を俺は持ち合わせていませんよ」

「帝人がたまたまそういう男だっただけだ。歴代の生徒会長には戦闘希望者ではないものもいたんだぞ。トップに立つ人間にはいろんな種類がいる。大事なのは圧倒的な力やみんなを惹きつけるカリスマ性だ。学園最強となれば生徒会長として申し分ないだろう」


 今までの生徒会長が全て学園最強だったわけじゃない。かといって、一般人かと言えばそれも違う。何かしらの突出した才能、カリスマ性を持っていた。あらゆる問題を的確に処理する判断力を持ったもの。催し事を盛り上げることに長けたもの。圧倒的人気で学園からの支持を集めるもの。

 この学園の生徒会長はシングルと同じで卒業後は何かしらの分野で大活躍をしている。現生徒会長を超える人間ということであれば、次期生徒会長として申し分ないのは確かだ。


「考えておきますよ。今は最強になるということが第一なので」

「そうか。私も負けるつもりはないが、学園最強への夢を応援しておこう」

「生徒会ですか。僕も少し興味がありますね」

「荒武も生徒会長になりたいのか? お前は決闘研究会の部長になるのが最優先事項だと思っていたがな。ふむ、例えば荒武ならこの新体力テストにどんな種目を追加する?」

「そうですね……動体視力を測ったりする種目があってもいいかもしれませんね。目の良さはバトルにも関わってきますから」

「いい意見だな。中々に柔軟性はあるじゃないか。荒武は動体視力を鍛えているのか?」

「はい。それに加えて、自らゾーンに入る練習もしています」

「へぇー、凄いですね。極限の集中状態とリラックスした状態の共存は難しいんですよ。どういった練習方法をしているんですか?」

「それはだね、まず教科書を開くんだ」

「「「はい?」」」

「そして、しばらく勉強を続ける。そうすると一時間も勉強したつもりなのに、まだ十分しか経っていないことがあるんだ。つまりそれは十分が一時間に感じる。時間がゆっくりと流れているということなんだ。その状態で決闘に挑めば、相手の動きがゆっくりに見える。つまりはゾーンに入っているといっても過言ではないだろう。この方法が確立できれば、ゾーン界に革新を与えると思うんだ。どうだい、僕の練習方法は?」

「荒武……お前は八雲と同じで、まずは生徒会とは別に部長になることを頑張った方がいいかもしれない。生徒会へはそこから考えればいい。いつか……世界の役に立つことを願っている」


 馬鹿と天才は紙一重であり、その境界線を跨いでいる男が荒武なのかもしれない。荒武が生徒会長になった学園も見てみたいと思う俺であった。 

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