第11話 強さの理由

「本当に、本当に申し訳ありませんわ!」

「気にするな。バトルに対する熱い思いは伝わったぜ。結局、同学年で学園二位になった夜月と戦ってみたかったということか?」

「そういうこととですわ。わたくし、いつもはこのような感じなのですが、勝負事になると少々気が荒くなってしまうんですの」

「負けるとか、勝てないとか舐められるようなワードがスイッチなんですかね。負けず嫌いなのは私も嫌いじゃないですよ」

「そして、暫定順位が出ているとはいえ、今の時期は戦ってもいいか分からないから私が呼ばれたわけか」

「綾香先生、すみません突然呼び出してしまいまして」

「いや、こういうのも仕事の内なんだ。気にしなくていいぞ。それに二人とも新入生だ。実際、まだ教師や生徒会抜きに戦ってはいけなかったはずだ。本格的な決闘は決闘の仕組みを教える授業が終わってからのはずだからな。小波はそこまで授業が進んでいないだろ」

「そうですわね。今は決闘の仕組みやルール、戦いの基礎について学んでいる途中ですの。教師の方からも決闘は来週からだと伺っていますわ」


 実戦で学ぶことを大事にする学園ではあるが、最低限の知識やルールを最初に学ばされるし、悩んでいることや質問があればいつでも答えてくれる。生徒会長や夜月を筆頭に現シングルが異常なだけで、戦闘を教える先生はほとんどがシングルを経験済みで大人になられた今では普通の学園のシングルよりも強い。

 井の中の蛙とまでは行かないが、シングルは全世界の上位に位置しているだけで同じような強さの人は結構いる。その点、大人になれば一位を取れると言われている生徒会長があまりにも規格外の生徒という話なのだ。


「じゃあ、ポイント関係なし、順位変動なしのバトルってことになるな。二人ともそれで構わないか?」

「大丈夫ですよ」

「ぜひとも、お願いしますわ」

「両者の合意を得たことだし、早速バトルを始めるとするか。戦闘の合図は私が出す。私たちは審判がいつもいる場所で待機しているから何かあればそこに来るといい」


 俺と八重先生は審判席まで移動する。八重先生は一抹の不安があるのか俺に質問をしてきた。


「なあ八雲、この勝負本当に大丈夫なのか?」

「小波が大怪我をしないかということですか? それでしたら問題ないと思いますよ。そこまでの大掛かりなことにはならないはずです。小波を心配するのもいいですが、あんまり心配しすぎると小波のスイッチを入れちゃいますよ」

「私が言いたいのはそうではなくて、夜月は大丈夫なのかという質問だ。小波が学年で八位ということは、学園全体を通してもかなりの強者だということだ。ただ単純に戦ってみたくて挑戦状を叩きつけたわけじゃない。何かしらの勝ち筋を持っているからこそ挑んできたのだ。そう簡単に勝てる相手ではないぞ」

「八重先生は小波のスキルが単純なパワーではなく、絡めて寄りでスキルのネタが割れていない今が一番危ないと言いたいんですよね? それは俺も夜月も分かっていることだと思いますよ。八重先生、随分と夜月に肩入れするんですね。贔屓ひいきされてると思われても仕方がないですよ。この勝負はどちらが勝ったって別にいいんですから」

「……楽しかったんだ。前に三人で観光したのが。久しぶりに遊びというのを思い出したよ。私の毎日は学園での事務仕事に追われる日々で楽しいと言えるものではなかった。自分でこの学園に志願したのに、同僚と呼べる存在もおらず、遊びといる遊びもせずに、ずっと同じ毎日を繰り返していたよ。給料がいいからそれでいいやとずっと自分を納得させていた。まさか、十歳も年が離れている二人に思い出させられるとはな。あの日見た海は本当にきらきらしていた。それは私一人で見てもきらきらしていなかっただろう。大切な思い出だからこそ、全ては輝いて見えるということに改めて気づかされた。贔屓してると思われても別にいいさ。今の私は楽しいからな」

「……八重先生」


 この学園の先生は比較的に年齢が高い。それは天岩学園という選りすぐりのメンバーに教える立場の人間は優れた能力と経験を持っていないといけないからだ。本人はアラサーと自虐しているが、この学園に二十代で先生を務めているものは八重先生しかいない。それほどまでに八重先生は凄い人なのだ。

 けど、天岩学園の先生という職に就いても、周りに友人と呼べる存在もおらず、ずっと同じ仕事をしていたら疲れるだろうな。八重先生は夜月が懐くほどにいい関係だ。二人の仲に口を出すのは無粋だったか。


「ほら、行くぞ八雲。二人はすでに待機しているんだからな」

「はい、すみません八重先生。それと、小波には申し訳ないが、この勝負は夜月が勝ちますよ。だから安心してください」

「分かった。私も八雲を、夜月を信じよう」


 すまんな小波。俺も夜月を贔屓しているんでな。どっちが勝っても文句はねぇが、俺は夜月が絶対に勝つと思っている。これは小波にとっていい経験になる。夜月という壁を存分に堪能してくれ。

 俺たちは審判席までたどり着く。二人は所定の位置で待機していた。夜月はいつも通りリラックスして、小波は今か今かと待ち焦がれている様子であった。


「それでは両者、位置につけ。これより、八重綾香の立会いの下、一年生、夜月咲耶と小波紬のバトルを行う」

「私は手加減をするつもりはありません。全力で挑んできてください」

「もとより、そのつもりですの。後で手加減してと懇願されても遅いですわよ!」

「カウントダウンの後、始めの合図と共に開始する。五、四、三、二、一、始め!」


 八重先生が手を挙げると、両者の魔力が上昇する。先に仕掛けたのは夜月の方であった。


「くっ! 速い!」


 夜月は一気に距離を詰めると近接戦闘に移行する。魔力を両手両足に凝縮させて、蹴りとパンチで相手を防御に回らせる。そこにはブラフは存在しない。単純なパワーと速さを追い求めた体術一辺倒の攻撃。

 しかし、小波は防御に徹することしかできない。一つでも攻撃を取り逃したらダメージを負ってしまうからだ。これが夜月の基本的な戦闘スタイル。圧倒的な攻撃力で相手を防御に徹底させ、攻撃の隙を与えさせない。

 夜月はスタミナも異常にある。一度防御の姿勢を取ってしまえば、永遠に少しずつ削られていくだけだ。


「これが、夜月咲耶か。本当に凄いんだな」

「そうですね。これで決着がつくことがあるくらいですから。それにしても小波も凄いですね。この攻撃の嵐を集中力切らさずに全て受けきっているんですから。素の魔力や基礎的な体術、魔力の凝縮や移動スピードも大したものですよ」


 小波は夜月の攻撃を的確に防いでいる。相手のパンチは魔力を纏った手で振り払うようにいなし、蹴りに対しては蹴られる地点を予測して集中防御で防ぎきっている。それをしながらも他の攻撃方法やスキルに対する警戒を怠っていない。それでも、


「ぐうっ! き、きちぃですわ!」


 徐々に押され始める小波。夜月の猛攻撃を受け続けるのは流石に限度がある。さて、どうするか。まだ、小波にはスキルが残っているはずだ。


「はあっ! すぅー、はああああああああああああああ!!」


 一瞬の隙とも言えない隙をを見て、無理やり退いた小波がスキルを発動する。魔力が一気に上昇する。若干体制の崩れた小波。このまま行けば一発ぶちこめただろうが、夜月はスキルを警戒して追撃を仕掛けなかった。

 一見、形勢が元通りになったと思えるこの状況。だが、小波が苦しい状況は変わらない。先にスキルを発動させられたのだから。これも夜月の強み。素の能力の高さを生かして、相手へ先にスキルを発動させる。

 基本的にスキルは後出しが強い。ネタが割れてしまえば、相手のスキルが何かに警戒を割く必要がなくなり、対応しやすいからだ。先に仕掛けたら勝ちなスキルは大体が催眠や強制命令系のスキルだけ。そういう系統のスキルは必ず難しい条件があったり近距離でないと発動できない。小波が先にスキルを発動しなかった時点で先出しが強いスキルの線は薄そうではあるが。

 ゆえに、スキルを発動させて退くこの動きは強い。お互いにスキルを発動した場合、魔力量が同じなら結局同じことになるだけ。小波が先にスキルの内容を明かすしかない。


「この魔力の量、小波は学園でも五十以内には入れるだろうな。ここから夜月はどうする? 先に発動させても、この魔力量の差ではさっきの戦法は通用しない。結局夜月もスキルを発動して魔力量を上昇させるしかないだろうな」

「ふははっ、それはどうですかね?」

「それはどうって、どうもなにも魔力を上昇させるためにはスキルを発動するしかないだろう。防御に回って攻撃をいなし、前のめりになった相手にスキルを使った攻撃を誘発させるのか? 見ろ、夜月の魔力も小波と同じくらいに上昇している。スキルを発動したぞ」

「嘘……ですわよね? そんな、そんなはずがありませんわ! 学年でも八位を取れるほどの魔力ですわよ! う、嘘と、嘘と言ってくださいまし!」


 この発言、やはりそうだったか。会長に肉薄するほどのスキルとなれば当然、夜月のスキルはパワー系の内容だと予想するだろう。


「これでほぼ確定しましたね。小波のスキルは相手のスキルの発動を条件にカウンターをするというものです。夜月に勝てる算段となれば、ここら辺だとは思っていた」

「……何を言ってるんだ? 小波のスキルが夜月のスキルの発動を条件としたカウンター系のスキルだと? じゃあなんだ、夜月はスキルを発動していないとでもいうのか!?」

「はい、発動していません。素の能力では世界一もとれるほどの魔力量。それによる相手のスキルを先に発動させることのできる戦術。これが夜月咲耶です」 


 余りの衝撃に八重先生は言葉を失ってしまった。そりゃそうだ。こんなことができるのは世界にも二人としていないだろうから。俺も夜月も小波のスキルの内容は大体予想できていた。

 だからこそ、夜月は全力とは言いつつスキルを使わなかったし、ここまでの魔力を隠していた。小波のスキルを確定させるために。お互いにスキルの能力はなし。魔力の量が同じであるならば、決着は既についたようなもの。もう一度先ほどの戦術を夜月がやるだけだ。


「それじゃあ、行きますよ!」

「ぐうっ! でたらめですわね夜月咲耶! だからって諦めるわけにはいかねぇですわよ!」


 押し寄せる夜月に真っ向から向かい打つ小波。いいな。俺もその負けず嫌いは嫌いじゃねぇ。


「夜月は……どうしてここまで強くなったんだ? あり得ないほどの才能を持っているのは前提としても、こんなのは才能だけで手に入れられるものじゃない。途方もないほどの努力が必要になってくるはずだ。どうしてここまで……」

「俺のせいですよ」

「八雲の……せい?」

「夜月家は日本でも屈指の名家です。幼いころから悪い奴に狙われることが多かったんですよ。俺は小学生のころから背が大きくて見た目もいかつかったですから、この見た目のおかげで俺が一緒にいるようになってからは少なくなったそうですがね。ある日、俺がとてつもない高熱を出して夜月が一人になってしまったことがあったんです。その日、夜月は誘拐にあいました。付き人がいましたが相手が大勢で強かったのもあり、さらわれてしまったんです。そんな夜月を助けるために、俺は一人向かいました。夜月家で療養していた俺は、大人たちの会話からたまたま夜月が攫われた場所を知ってしまったんですよ。相手は子供で高熱を出して今にも死にそうな俺を見て油断してたんでしょうね。気づいた時には遅かった。俺の【不調で絶好調ダウナーズハイ】によって誘拐した集団を殲滅しました。代わりに俺はぶっ倒れて、一週間ほど目を覚まさなかったんです。目が覚めたときに抱き着いてきた夜月の泣きじゃくる様子は今でも忘れません。あの時からですよ。誰にも負けないくらいに人一倍努力して強くなるようになったのは」

「だから夜月はお前に【不調で絶好調ダウナーズハイ】を使ってほしくなかったんだな。はぁー、あんな可愛い後輩を二度と泣かせるんじゃないぞ」

「分かってますよ。前にも言ったとおり、【不調で絶好調ダウナーズハイ】だけで戦うつもりはありません。俺は俺の全てを使って、最強に、夜月を超えて見せますよ」


 中央では先ほどと同じ光景がもう一度繰り返されていた。小波は防戦一方。夜月は攻撃の手をやめない。


「はあっ!!」

「なっ!! きゃああっ!!」


 そしてここで初めて魔力によるブラフを使う。左手に魔力を凝縮させて視線を誘導した後、思い切り右足で体を捉える。小波はなんとか魔力でガードし、直撃だけは避けた。数メートル転がり体勢を立て直そうとするが、その前に夜月が馬乗りになる。夜月の攻撃は小波の顔面の少し手前でピタッと止まった。


「まだ、やりますか?」

「……いいえ、悔しいですけど、今のわたくしじゃ勝てそうにありませんもの。参りましたわ」

「小波紬の降参により、勝者、夜月咲耶!」


 夜月が最初に立ち上がり、倒れている小波に手を貸す。


「今回はわたくしの負けですが、次は絶対に勝って見せますわよ。夜月咲耶!」

「ええ、楽しみにしていますね。小波紬!」


 二人は固い握手をしてお互いを褒め称える。夜月がこちらに向かってブイサインを出す。俺もやや遅れて面倒くさそうにブイサインを出す。それに対して夜月は満面の笑顔を返してくれた。


「八雲、もっと夜月のことを褒めてやれ。私よりもお前が褒めてあげる方が夜月も嬉しいんだからな」

「知ってますよそんなこと。まあ、俺も恥ずかしいんですよ。大目に見てください」


 最強になりたいのは父さんとの約束があるからだけじゃない。夜月になんかあったときに夜月を守れるだけの力が欲しいから。だから、俺は越えなければならない、夜月を。世界最強の男ともてはやされる生徒会長を。いずれ、必ず。 

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