第10話 ストーカー
「夜月、お前学校楽しいか?」
「何ですか、えらく急な質問ですね。ちゃんと学園ライフを満喫していますよ。一体どうしたんですか?」
「いや、だって夜月は高校の勉強を全部履修してんだろう? すでに知っていることをもう一回勉強して楽しいのかって思ってな。俺なら耐えられん」
「まあ、普通ですよ。中学生の時も似たようなものでしたし、復習と思えば辛いこともありません。どちらにせよ、二年生以降の単位は取得していなので受けないといけないのは仕方のないことではありませんか?」
「それも生徒会長に言えば何とかなるんじゃねぇのか? 生徒会なら二年生と三年生の学力テスト問題を作って、お前に特別単位を与えることぐらい今までの所業を考えれば簡単だと思うがな」
「それができたとして、空いた時間に私は何をすればいいですか? 戦闘の勉強ですか? 戦闘の訓練ですか? 結局、何したって似たようなものですよ」
「生徒会が何か用意してくれるかもしれねぇだろう? それに趣味とかに時間を使ってもいいんじゃないか?」
「私はそれよりも八雲先輩といる方が楽しいです。何か文句がありますか?」
「ねぇよ。変なこと聞いて悪かったな」
夜月のやりたいことは夜月自身が決めること。荒武に言われたばっかりだったな。俺も大事な人に一緒にいて楽しいと言われるのは全身が宙に浮くような嬉しさを覚える。けど、夜月の持っている能力は相当なものだ。
もっと、やるべきことがあるんじゃないかと思ってしまうが、俺が言えた義理じゃねぇよな。俺だって好き勝手やらしてもらってるんだから。夜月が好きなことを好きなようにやらしてあげれるように支えてあげるのが俺の役目ってもんだ。
「もー、私のこと嫌いなんですか八雲先輩? ぴえんですよ。ぴえん」
「ぴえんはもう古いだろう。今どき誰が使ってるんだ、そんな言葉」
「じゃあ、ぴえんを超えてぱおんです。ぱおんぱおん」
「それも古いだろうが。というか、ぱおんだけだと象さんにしか見えないぞ」
「ちなみにぱおんを超えたら何になると思います?」
「確か、一時期ぴがぱになって、えがおになるから順序的にぼかんだという説が流行したな。だから正解はぼかんだ」
「ぶぶー、違います。正解はなんと」
「正解はなんと?」
「ぼろん、です」
「象さんから変わってねぇじゃねぇか!! ぱおんもぼろんもどっちも同じだよ!!」
「え? 何言ってるんですか? ボロンってホウ素のことですよ。わー、せんぱい、やーらーしー」
「どう聞いてもアクセントが効果音の方だったろうが! お前はこれから一生、ボロンことはぼろんと発音しとけ!!」
「ふふふっ、あはははは! こんなやりとりできるのは先輩だけなんですからね。だから、このままでいいんですよ私は」
「はいはい、そうかよ。やらしい先輩でわるうござんした」
……夜月はやっぱり、笑っている方が素敵だよ。その笑顔をもっとみんなに知ってほしいだけなんだよ俺は。
「ところで八雲先輩、気づいていますか?」
「ああ気づいてるよ。ずっとつけられてる。それも一人」
「編入生との戦いの恨みを買っているんじゃないですか? あの人執念深そうな性格してそうですし」
「その可能性はあるが、こんな昼間から襲ってくるとは思えない。前襲われたときは夜だったからな」
「は? 何ですかその話、聞いてないんですけど? あの編入生っぶっ殺していいですか? 怒りが溢れて止まりませんよ」
「馬鹿! 殺気を出すんじゃねぇ! 追跡者に気付かれるだろうが!」
「これは相手に対する宣戦布告です。人様のものに乱暴しようとしたらどうなるのか教えてあげないといけませんから。八雲先輩に何かすれば私が許さないという意思表示ですよ」
「いつから俺はお前のものになったんだよ。流石に違うと思う……あっ、気配が遠ざかるな。つけられているのは間違いないが、目的は違うと思うぞ」
「何の目的にせよ人をつけるなんて行為は良くないでしょう。用事があるのであれば、直接言いにくればいいんですよ」
「まあそうだな。あんまり気にしないでおくか。なるようになるだろう」
「それよりも、襲われたというのは本当ですか? 体は大丈夫なんですか? なんで言ってくれなかったんですか?」
「いやあ、それはだな……」
夜月が怒ると、夜月家の総力を挙げて黒島の勢力を壊滅しに行きそうで怖い。というか絶対にそうなる。ここは生徒会へのいらない負担をかけないためにもはっきりと事情を話すしかないな。俺が囮になっていることを知ったら、それはそれで怒るだろうけど。
俺は夜月への説明を考えているうちにつけられていたことなど忘れていた。しかし、次の日。
「夜月、気づいているか?」
「はい、気づいてますとも。また、つけられていますね。どうします?」
「害を与えられない限り俺は気にしないが、害を与えられてからじゃ遅い。それに、どんな用事があるのかは気になるな」
「私もですね。ですが、もう一日待ちませんか? 本当に大切な用事があるなら直接目の前に現れると思うんですよ。今日一日待って、明日も同じ状況が続けば誘いましょうか」
「夜月がそれでいいのなら従おう。あ、今日はトレーニングを早めに切り上げるぞ。八重先生が行きたいお店があるから夜ご飯一緒に食べにいこうってよ。時間大丈夫か?」
「いいですね。一緒に行きましょう。綾香先生は格式高そうなお店だと一人で入るの躊躇する人ですもんね」
「俺は夜月家との付き合いでそういうお店に行くことは多いからな。俺の方が慣れてるとは世の中分からんもんよ」
トレーニングを終えた俺たちは八重先生と一緒にご飯を食べた。どうやら、ここまではついてこないらしい。気配を感じるが、俺に強い視線を感じないということは夜月が目当てだろう。ついてくるといっても、俺たちが放課後トレーニングルームに行くまでだ。プライベートは尊重してくれるらしい。随分と良識のある追跡者だな。そして、
「やっぱり、今日もついてきていますね」
「うーん、仕方ない。プランAからプランBに変更だ」
「元々どのプランも計画していませんよね? ですが、嫌いじゃないです。分かりました、プランBで行きましょう」
俺たちはトレーニングルームに向かわずに、
「あ、あれ?」
「わあ!!」
「きゃああああああああああああ!!」
「私たちを見失わないようについてきた人が釣れるというわけですね」
俺たちは曲がり角に身を潜め、待ち伏せをしていた。いつも違う場所に行った俺たちのことが気になって警戒を緩めてしまったのがいけなかったな。
「君だよな? 一昨日から俺たちのことをつけ回してんの? 何の理由があんのか教えてもらってもいいか?」
俺は努めて優しく語り掛け、努めて優しい笑顔をしていたつもりであった。だが、目の前にいたのは子犬のようにブルブルと震えた女子生徒の姿であった。身長は夜月よりも小さく、薄紫色のウェーブのかかった髪と幼さを残した顔立ちで、どこか気品があるように思える感じだ。
「あっ! 駄目ですよ先輩! 脅すような真似をしないでください。八雲先輩の笑顔は悪魔の
「そんな酷いこと言うと、俺から喜怒哀楽の感情が消えるぞ。はあー、いつまで経ってもこんなことばかり。俺には一生ロボットのように生きる道しかないのか」
「分かりましたからロボット先輩は黙っててください。あなた、多分同学年ですよね? 入学式で新入生の中にいたのを見かけたことがあります。大丈夫です。怒っていませんから、どうして私たちのことをつけ回していたのか教えてくれませんか?」
「せ、せ、せ……」
「「せ?」」
「せ、宣戦布告ですわ!!」
---
詳しい事情を聴くためにカフェに来た俺たち。大胆な発言をした女子生徒であったが、ここへ来るまで終始縮こまっていた。今もどちらが喋り始めたらいいのか分からない空気が漂っている。何がそんなに怖いのだろうか……俺に決まってるよな。
「ふぅー、おい……じゃねぇな。その、君は俺のことが怖いのか? 事情があるのは夜月の方だろう。俺は席を外しておく。それでいいか?」
「い、いえ! せっかくお二人で過ごされていたのに、私のせいで離れ離れにさせてしまうのは申し訳ないですわ。そ、その、あなたのことを一方的に怖がってしまい申し訳ございません。ですが、わたくしもストーカー行為という悪いことをしている自覚がありましたので、お、怒られると思ったんですの」
「それならどうしてつけ回すような方法を取ったんですか? 用事があるのであれば、普通に話しかけてくだされば良かったのに」
「そ、それはですね。そ、その、誠に言いづらいのですが……八雲様には怖い噂が出回っているんですの。気に入らない方を片っ端から決闘でぼこぼこにするという噂が」
なんじゃそりゃと声を大にして言いたいのだが、完璧に編入生との戦いが原因だろう。あんときは調子が悪かったのに加えて、黒島にいらついていたから手加減していたとはいえ、かなり怯えさせるような行動をとったからな。
自業自得と言えば、そうである。それにしたって、尾ひれはひれが付きすぎじゃないか。いくら俺がシングル並みの能力を持っていたとして、俺を馬鹿にしていた人がそれを見たら……怖いだろうなー。そりゃ噂にもなるかー。てか、結局俺が怖いんじゃねぇかよ。
「事実無根だ。俺が決闘で相手に勝ったのは編入生との勝負一回だけだかんな。それ以外じゃ戦闘して勝ったことないぞ」
「そ、そうなんですの? そ、それでは、桜並木の先にある人気の少ない場所で八雲様による悲惨な事件が起こったというのも嘘なのですね。もう、驚かせるんじゃないですわ」
「……そうだな。それも多分でたらめな噂が出回っているだけだ。情報の取り扱いには気を付けたほうがいい」
隣の夜月にじろりと見つめられる。夜月には事情を話したので、その事件に俺が関わっていることを知っているのだ。嘘はつくことになるが、今それを言ったら怖がらせるだけじゃねぇか。実際、あそこまで地形を破壊したのは俺じゃねぇしな。
「それでも、私が女子寮にいるときは確実に一人になりますよね? どうしてその時に話しかけてくれないんですか?」
「わたくし、女子寮には暮らしていませんの。女子寮へ入るには専用のカードが必要でしょう? 女子寮の生徒でもないのにうろつくようなことをして怪しまれたくなかったんですわ」
「ストーカー行為も十分怪しいと思うが、それは置いといて。確かに、この学園の人は全員寮に住まないといけないという規則はなかったな。家が近いのか?」
「いえ、この学園へ入学するにあたって、この学園の近くの空き地に一軒家を作らせましたの。お父様が寮では心配だというので」
「そりゃ、すげぇな。まあ、建築のスキルがあれば短期間で一軒家も建てれるしな。それでもお金がかなりかかるぞ。その話し方と言い、もしかしなくても君の家はお金持ちなのか?」
「申し訳ございません。わたくしとしたことが自己紹介がまだでしたわ。わたくしの名前は
「小波のお嬢様か。また随分と名家の名前が出てきたな。とある界隈では西の夜月、東の小波というぐらいだからな」
「あれ? 私たちってどこかで会ったことがありますか? 小波家のパーティーでしたら私も出席してると思うのですが」
「いえ、お恥ずかしながらパーティーは苦手ですので、大きな催しには参加しておりませんの。ですから、会ったことはないと思いますわ。ただ、話には聞いていましたの。夜月家の才女、夜月咲耶様のお話を」
「なんか照れますね。自分は自分のやりたいことをやってきたつもりですけど。それで、宣戦布告というのはどういうことですか?」
俺の知る範囲では、夜月家と小波家の仲が悪いという話は聞いたことがないが、あっちからしたら夜月家のことをライバルだと思っているのかもしれない。いわばこれは、親に小波家の威厳を示して来いと言われている可能性は高い。いきなり宣戦布告なんてあまりにも剣呑だ。
「その、まずはわたくしの身の上話からさせてもらってもよろしいですの?」
「はい、どうぞ」
「わたくし、この学園には親の心配を押し切って入学しましたの。私のお父様はかなりの親バカでして、わざわざ危険に突っ込む必要はない、勝負事だけは止めてくれとおっしゃいましたわ。それでも、わたくしは自分を変えたかったんですの。いつも弱気でなよなよしている自分を。それで、この学園へ入学することにいたしましたわ。そして、この学園での暫定順位を確認するときに見てしまいましたの。夜月咲耶という名前と全学年で暫定順位が二位であることを。わたくしの憧れでもある夜月咲耶様と一戦交えてみたくなったんですわ。今の私とあなたとではどこまで差が開いているのかを確認したかったんですの」
夜月咲耶という人間の生きざま。近くで見ている俺が一番よく知っている。自分を変えたいと思う小波が同じ名家である夜月を目標にしたいと思う気持ちは凄く分かる。憧れの人がどれほどのものか確認したいのだろう。……この感じだと裏はなさそうだな。純粋に夜月と戦ってみたいという気持ちが伝わってくる。
「なるほど、気持ちは良く分かりました。けど、私強いですよ。一年生で生徒会長に肉薄するぐらいには。紬は暫定順位はいくつなんですか?」
「暫定順位は一年生の中では八位ぐらいですわ。ですが、夜月様に勝てる算段はありますの。どうか、勝負してくださりませんか?」
「勝てる算段とは大きく出たな。それは嘘じゃないんだよな? 下手な嘘ついてっと、軽い怪我どころじゃすまないぞ」
「ええ、戯言ではありませんわ。わたくし、かなりの負けず嫌いでして、勝負事では……負けたくねぇんですの」
「ん? あれ?」
「わたくし、やるからには本気で行きますわよ。憧れの人物とて容赦はしねぇですわ。なんですの? 八雲隼人、まずはあなたから勝負しますこと? こっちはいつでも上等ですわ! 血反吐ぶちまけてからではおせぇですわよ!」
「ストップストップ!! 一旦落ち着こう。周りのみんなが見てるから。な?」
「はあ? 何見てるんですの? 見世物じゃねぇですわよ!」
「ステイ! うーーーーーん、そうだ! 小波、好きな食べ物はなんだ?」
「わたくしの好きな食べ物ですの? そうですね。わたくし、オムライスが大好きですわ。ちょっと子供っぽいでしょうか? あれ、どうしてこんなに視線が集まってますの? ……はっ!? お、お見苦しい所をお見せしましたわ。申し訳ないですの」
「「……」」
あー、これはお父さん止めるわ。愛しい娘がこんな姿になったら必死になって止めるわ。こんな可愛い子の汚い言葉遣い……ギャップがあっていいな。待て、そうじゃない。この子、勝負事で一度スイッチが入ると人格が変わるタイプだな。
裏がないのは確定したのはいいんだが、また戦闘狂が一人増えてしまった。バーサーカー女子、マジで流行ってんのかな。というかどこが弱気でなよなよしている自分なのか教えて欲しいわ。
「……小波、勝負事に熱くなるのはいいが、今度からは場所を考えてな。とりあえず、決闘場の予約して場所を変えようか」
「……そですね。行きましょか」
「お、お待ちを! 本当に申し訳ないですわ! どうかドン引きするのだけは勘弁してくださいませー!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます