第9話 暫定順位

 今日からいよいよ新学期の始まり。新入生は胸を躍らせ、在校生は憂鬱な気分で新たな始まりを迎えるだろう。そんな生徒たちを心配させないためか、昨日の事件は事故によるものとして処理された。

 というよりは襲撃という形で知らせても良いが、それでは黒島が動かない可能性がある。今回の襲撃事件を見るに、黒島は悪い連中と関わっていることは明白。その連中を捕まえれるだけ捕まえたいというのが生徒会の方針だろう。

 ここは天岩学園、戦闘希望ではない生徒もそれなりの強さを持っている。ゆえに、わざわざ襲撃事件があったと警告しなくても、あれぐらいなら自分の身を守れるということだ。昨日見たく生徒会の誰かが学園内での怪しいものにはマークしている。

 流石に俺の力が見たいとかの理由で様子見をされることもないから、危ないことにはならないはずだ。そういうことで、今日も今日とて俺にとってはいつも通りの生活が始まる。


「うーん、妙にすっきりしないな。せっかく温泉まで入ったというのに、あんな戦闘をさせられるなんて最悪だよ。おまけに対価は俺の退学の免除ときた。ブラック労働にもほどがあんだろ」

「でも、何十回も戦闘してポイントを稼ぐよりも楽なんじゃないか? 八雲くん、今から毎日戦闘して中位までランキングを上げたいかい? それも新入生が加わったこの時期に」

「それもごめんだな。基本的な勝ち筋が初見殺しか【不調で絶好調ダウナーズハイ】しかないから厳しすぎる。八重先生にも言われたが、連戦には向いてねぇんだよ」

「そうかい? 僕はたくさん戦っている八雲くんを見てみたかったが、それなら仕方がない。勉強でお世話になるとするよ」


 俺たちは今日の授業のために寮から歩いて講義棟まで向かう。この学園では初日だからと言って、様子見の授業を行うことはない。最初から普通に授業を行ってくる。一日でも逃すとついていくのが難しいと言われるほどだ。勉強の得意でない荒武は今まで直感で何とかしてきたというから驚きだ。

 この学園ではクラスメイトなんてものはほぼ存在しない。俺と荒武が仲良くなったのも、寮での俺の部屋が角部屋で隣が荒武だったからだ。そこからたまたま同じクラスということが発覚しただけで、クラスメイトから友達になるケースは割と少ない。

 この学園で友達を作るなら、部活に入ったり、同じ希望者同士で関わりを持って仲良くなるか、入学初日に勇気を出して誰かに声をかけるかぐらいだ。声をかけてもこのた目のせいで怖がられてしまうというのは悲しかったな……。ま、小中学生のころから変わらない話なんだけど。


「あ、八雲先輩、荒武先輩、おはようございまーす」

「はえ? 夜月じゃないか。どうしたんだ急に、授業は?」

「何言ってるんですか八雲先輩。一緒に授業を受けるために決まってるじゃないですか。わざわざこっちから出向いてあげたんですよ。感謝してください」

「一緒に受けるっても一年と二年じゃ受ける授業は違うだろ。お前が頭がいいのは知ってるけどよ、選択科目ならまだしも、必須科目があるんだから無理だろ」

「もしかして夜月くんは一年生の授業単位が免除されているんじゃないかい? 頭が良いんだろう?」

「はい? なんだその制度、俺は知らないぞ」

「今年の生徒会長が新たに導入したルールです。入試における筆記試験の日数を増やして、新たに高校一年生の範囲の問題を追加したんですよ。それで、高校一年生の問題を九割以上解けていたら、一年生の授業単位を免除するというものです。私は全科目満点でしたので、全科目免除となりました。そういうわけで、スタートは二年生と同じようになったんですよ」

「飛び級の制度みたいな感じだね。その分の時間を有効活用して二年生の単位を先に取得するのも良し、戦闘ポイントを稼ぐのも良しといった政策だ。生徒会長は八雲くんの特別進級みたいに、能力があると思われる人は特別な扱いを受けさせるという政策を取っているからね。政策の思い切りの良さというよりは、優れた人を見分ける慧眼が凄いんだろうね」

「その割には黒島のことは見抜けなかったみたいだな。ま、俺がお世話になっているから良かったが」

「八雲先輩、多分わざとだと思いますよ。黒島先輩みたいな人はいずれ大きな問題を起こすでしょうから、そうなる前にこの学園で解決しようと思ったんじゃないですか。あの生徒会長ならやりかねないと思いますよ」


 ……その線を否定しきれないのが怖いところだな。この世界で起こる犯罪のほとんどにスキルが関係している。人類全員がスキルを持っているんだ、当たり前のことである。そうした犯罪を食い止めるための職業に就くのが戦闘希望者の一つの目標でもある。

 よって、先に起こるであろう犯罪を事前に防ぐことはこの学園の仕事ではないが、大事なことなのだ。生徒会長は仕事を一つ請け負ったということなのだろう。そして、問題の解決を学生にやらせることで能力を向上させるという目的でもあるのかもしれない。食えない男だな生徒会長は。


「ところで、なんで俺たちと同じ授業を受けるんだ? 別に他の授業を受けてもいいんだろう?」

「いいじゃないか八雲くん、彼女が何をいつ受けるかは彼女の自由だろう。野暮なことを聞くもんじゃない」

「そうは言ってもな、俺たちは二年生だ。いくら一年生の単位が取れていても、卒業時期は変わらんだろう? 俺たちがいなくなった一年、どうするつもりだ?」

「八雲先輩が三年生に進級できなくて、もう一年過ごすので大丈夫です」

「おい、聞き捨てならねぇことを言うな。ちゃんと二年生にも三年生にも進級して見せるっての」

「夜月くんの小中学校は君と同じなのかい?」

「ああ、そうだ」

「なら、今までも君がいない一年間を過ごしてきたんだ。心配しすぎじゃないのかい?」

「命令って言わないと許してくれないですか? それとも私のことが嫌ですか?」

「はいはい、分かったよ。別にお前のことが嫌いでもないから、気にせずについてこいよ」

「はい! ありがとうございます! あっ、先生の家から直接来たので寮に忘れ物しちゃいました。先に行っててください。後で追いつきます」


 言うが否や、女子寮へ駆け出す夜月。あいつの姿が見えなくなったところで俺は一つため息を吐く。


「何がそんなに心配なんだい? いつも一緒にいたとしても、一人の時間だってあるだろう? 君を慕ってくれるいい後輩じゃないか」

「荒武は知らないだろうが、あいつはいつもあんなに表情豊かじゃないんだよ。親しい人間といるとき以外は一切笑わない。俺は俺がいない一年間でもずっと笑顔でいて欲しいんだよ」

「なるほど、相変わらず素直じゃないな君は。でも、夜月くんが誰と関わって生きていくかを決めるのも夜月くん自身だ。彼女だって子供ではないだろう?」

「分かってんよ。ただ、同学年の、それも同性の友達が一人いたほうが弾む話もあるんじゃないかと思ってな。親しい人間と言っても、夜月家の人間と俺の家族しかいねぇからさ」

「親しい人間の多さが幸福度に直結するわけじゃない。君の前では笑顔でいられるんだ、彼女にとってはそれで十分なんだろうさ。それに、一年生の単位をすでに取得している学生なんてそうはいない。クラスメイトと呼べる人間がいないこの学園で知り合いと一緒に授業を受けたいと思うのは悪いことじゃないだろう」

「ふぅー、荒武の言うとおりだな。俺はちょっと関係が近すぎて過保護なところがある。見逃してくれ」


 荒武は頭が悪いと自負しているが、人生を達観している。本人の過去に何かあったわけでなく、ただ生きていく中で形成されていったものらしい。俺がなんかあったときには荒武に諭されることも多い。この学園で勉強が出来るやつなどいくらでもいる。荒武は気さくで交友関係も広い。その中で俺と一緒にいるのは居心地が良くて面白いかららしい。

 俺の見た目も最弱であることも、最下位であることも気にしない。なんなら、自分が勉強を教えてもらっている立場だと、俺を尊重している。これが荒武颯という男なんだよな。俺も夜月並みに居心地が良くて困ったものだ。


「さて、僕は今日も今日とて授業で頭がパンクして寝てしまうかもしれないから板書の書き写しは任せたよ」

「かもじゃない。確実に寝る気だろうお前は」

「いやー、数学だけはどうにもならんところがある。見逃してくれ」


 前言撤回。こいつは勉強については打算的なところがある駄目人間だ。……ちょくちょく、近くのコンビニでお菓子やジュースを奢ってもらってるから別にいいんだけどな。


---


「眠い。もう無理だ二人とも。後は任せた」

「待て待て、始まってから十分も経ってないぞ。ここを理解しないと、応用がどうにもならん」

「資料の大事なところに赤線を引いといてくれ。僕はもう無理だ」

「これは中々に重症ですね。いつもこんな感じなんですか?」

「ああ、荒武は入試の筆記試験、ほぼ直感でどうにかしたと言っているからな。中学生の範囲も怪しいぞ」

「朝一の授業は眠く、昼前の授業は辛く、午後一の授業は昼ご飯の後で眠く、その後の授業ではもう体力なんて残っていない。無理に決まっているだろう」

「単純に苦手なことで頭が現実逃避をしているだけだ。戦闘に関する授業は夕方前でもおめめぱっちりだろうが。お前の方こそ、俺がいなくなったらどうするつもりだ」

「僕はプロの決闘者になるつもりだから問題ない。そのときにはもう数学や物理、化学とはおさらばさ」

「ああー、全体的に理系科目が駄目なんですね。この学園、理系と文系の垣根はありませんから」


 この学園における戦闘希望者の就職先の一つ。それがこの学園で行われている決闘を競技化したもの、ハイパーデュエル。ハイパーデュエルはスポーツの一つとして、世界大会にもなっているほどに活発なイベントなのだ。五十以内の学生はプロの決闘者を目指すものも多い。シングルならあちらから勧誘されるほどだ。

 荒武は入学式のときのように決闘を見学したり研究したりする決闘研究会に所属している。俺も荒武の夢を応援しているから、プロの決闘者になるのはいいんだが、勉強が出来ないとこの学園は卒業できない。勉強は荒武の夢には必要ないかもしれないが、この学園では必要なことなのだ。


「ああ駄目だ、分からん。お休み、二人とも」

「本格的に寝る態勢に入りましたねこの人。これ、怒られないんですか?」

「この学園では結果を出せればそれでいい。極論、出席しなくてもテストの点数が取れるならそれでいいんだ。でも、資料の配布やテストに出やすいところは先生が教えてくれるから出席した方がいいと思うがな」

「荒武先輩はどうやって一年生を乗り切ったんですか?」

「こいつはな、勉強が苦手なだけで馬鹿ではない。むしろ天才なほどだ。まず、テスト週間中にこいつの部屋から娯楽物をなくして軟禁するところから始まる」

「べ、勉強をしてるんですよね? 何かの実験にしか聞こえない導入でしたよ」

「そこに全教科のキーワードだけを置いて、学食のテイクアウトを朝昼晩と用意する。するとどうだろう。テストの直前になっていきなり声が聞こえるんだ。『これで僕もノーベル賞をとれるぞ! 僕は天才なんだ!』ってね」

「何かやばいものを摂取しているわけではないんですよね? 幻覚を見てるとしか思えませんが」

「それがな。大事なところは全部理解できてるんだよ。赤点を回避できるくらいにな。怖いのはそこじゃなくてな。こいつ、一切途中式を書かないんだ。問題だけ見て答えが出てくるようになるらしい。しかし、なんでそうなるのかと聞くと、『ここがドカーンとなったら、グワンとなるだろ? そこにドシンと一手間加えるとこうなるんだよ』と言いだす。一度見てみると言い、怖すぎて言葉が出ないから」

「な、なんか公式だけたくさん見つけて証明の仕方は分からなかった偉人みたいですね。まあ、何とかなってるならそれでいいんです。八雲先輩は大丈夫なんですか?」

「なんとかなってるからこそ、特別進級が許されたんだ。これでも勉強なら学年で一位、二位を争っているんだからな」


 俺は勉強は嫌いだが、得意ではある。授業を集中して受けさえすれば、復習は少しするぐらいでいい。暗記することと応用することに関しては天岩学園の中でも自慢できるくらいだ。基礎的な戦闘にもそれは現れていると思う。


「そういう夜月は大丈夫なのか? 一年の勉強が出来てもそれ以上の勉強はどんどん難しくなるぞ」

「はい、大丈夫です。私、高校生の勉強は既に完了していますので」


 ……一瞬にして俺のアイデンティティが崩壊。勉強できるところが唯一夜月に勝てる長所だと思っていたのに、何だこの生き物は。余りにも完璧すぎやしねぇか。


「俺が夜月に勝ってる部分って何?」

「私より先に生まれたことぐらいじゃないですか? 最下位先輩?」

「上等だ。今から蒼島行くぞ。水平線の彼方までぶっ飛ばしてやる」

「今の先輩とじゃ水遊びにしかなりませんよ。もっと強くなってから試してください」

「お前、いつの間にそんなに勉強したんだよ。中学の頃は俺の方がまだ勉強できてただろ」

「八雲先輩が卒業した後に。あの頃には中学生の勉強範囲は終えていたので、残りの一年間で三年分の勉強を終わらしました。もちろん、戦闘訓練も欠かさず行いましたよ」


 一年間のうちにそんなことしていたら遊びの時間なんて全くないだろうに。まいったもんだよ。荒武の言う通りかもしれないが、こうなっちゃうから夜月にも同年代の友達が必要だと俺は思うんだよな。


「ふぁーー、今日は気持ちの良い朝だね。八雲くん、ちょっとこの授業に関わる問題を出してくれないかい?」

「はあ、別に構わんが。じゃあ、これの答えは」

「うーん、こうだね。合ってるかい?」

「……合ってるな。何があったんだ?」

「夢の中で僕の【白亜紀の栄冠ティラノクラウン】と数学の公式が戦っていてね。僕が勝ったら解けるようになっていた。解き方はズシンズシンのズドドドドドンだ!」

「八雲先輩、鳥肌が! 震えが止まりません! どうしたらいいですか!?」


 夜月のような人間もいれば荒武のような人間もいる。完璧な人間とは何なのかを考えさせられる授業となった。


---


 どうにか午前の授業と午後の授業を終わらせた俺たちは選択科目の時間となったが、今日の俺たちは選択科目の時間はない。荒武は今後行われる部活勧誘の準備に、俺と夜月はそこら辺をぶらつくこととなった。


「しまった、忘れていた。夜月は履修登録をしているのか? ちゃんとパソコンで登録していないと単位が出ないぞ。登録期間は過ぎているから、担当の先生に確認した方がいい」

「大丈夫ですよ。前に八雲先輩に何の授業を受けているのか試しに見せて欲しいっていったときがあるじゃないですか。あの時に写メって全部同じようにしときましたから。あ、選択科目もちゃんと今の自分でも単位を取れるか確認済みです」

「なんだ、あのときにはすでに決まっていたのかよ。無駄な抵抗みたいだったな。これからどうする? どっか遊びにでも行くか?」

「いえ、今日はこの前の案内の続きというか、この学園のバトルの仕組みをもう少し詳しく教えていただけないですか? 一応、私も一位を狙っているので」

「分かった。いずれどこかで詳しい説明をされるだろうが、俺の方からも簡単に説明しておこう。まず新入生はポイントはまっさらな状態だが、暫定順位は決まっている。それは入試の時に測定されているからだ」


 この学園の入学試験は主に二つ。筆記試験と実技試験だ。実技試験では戦闘希望者はシミュレーションルームで仮想敵とのバトルをやらされる。そのバトルにおける敵の討伐タイムが戦闘ランキングの暫定順位に響いてくるのだ。

 俺は寝不足による【不調は絶好調ダウナーズハイ】でなんとか突破し、無事に乗りこえることができた。だが、入学できた中では討伐タイムが一番遅く、暫定順位から最下位であったために今までずっと最下位の名を欲しいままにしている。


「暫定順位はいつ発表されるのですか?」

「もう、学園の掲示板に張り出されているんじゃないか? でも、新入生代表を務めたお前がほぼほぼ一位だと思うが」

「一応見に行きますか。他にどんな人がいるのかも気になりますし」


 俺たちは学園にある掲示板を見に行く。他にどんな人がいるのか確認しておくのも重要なことだろう。俺は歩きながら夜月に順位の上げ方を説明する。


「この学園の決闘方法は二通りある。順位の近い相手とランダムに戦うことと、両者合意した形での近い順位関係無しの決闘。前者の方は順当に順位が上がっていくが、後者の方は下克上も狙える形になっていて、一気に順位を上げることができる。ただ、前者の方は戦いたいときにマッチングシステムに登録しておけば何回でも戦うことができるから、数をこなして順位を上げることができるのは前者のいいところだな」

「基本的に自分から積極的に動かなければポイントは稼げないということですね。私もマッチングシステムに登録しておきましょうかね」

「新入生のマッチングシステムはまだだが、始まったら登録しておくのは確かに大事だ。よし、そろそろ見えてきたな。おっ、グッドタイミングだ。今貼りだしをしているみたいだな。ううん? あそこに見えるのは副会長か。綾辻先輩、こんにちは」

「なんだ? ああ、八雲か。夜月もいるということは暫定順位を見に来たのか。それなら確認するまでもないんじゃないか?」

「紗奈先輩がそういう風に言うってことは、もしかしなくても私の順位って一位ですか?」

「当たり前だろう。新入生代表で生徒会長とも戦ったお前が一位以外のわけがない。それよりも周りにどんな人がいるのか確認しておいた方がいい」

「そのために来ましたから。うーん、なるほど。名前だけ見てもピンときませんね」

「夜月、お前が見るのはそっちじゃない。こっちの暫定順位だ」

「こっち? もう一つあるんですか……は? ええ? なんだってええええええええええ!!」


 俺は目をひん剥いて、まじまじと掲示板に貼られたもう一つの貼り紙を見る。そこには、現学園の百位以内の暫定ランキングと書いており、そこの二位に夜月の名前が載っていたのだ。


「どうなってるんですか綾辻先輩! 普通、初期段階の新入生は在校生よりも順位が下から始まるはずですよね? ……もしや、これも生徒会長ですか?」

「そのとおりだ。正直、これには私も納得している。夜月ほどの強い奴をそこらへんの新入生と戦わせるわけにはいかないからな。初めからポイントを持たせて順位を上げておくのは合理的だろう。夜月だって、今更戦闘の初心者講習を受けるつもりもないだろう? だから、これでいいんだよ」

「それよりも八雲先輩。新入生の暫定順位の最下位、八雲先輩になっていますよ」

「はあ!? なんでだよ! 在校生は新入生より順位が低くなることはないだろうが! ……綾辻先輩。これも生徒会長ですか?」

「いや、関係ない。だって、お前は0ポイントだからな。学年が上がったところで、ポイントが持ち越されないだろう? だから、暫定順位は新入生も含めて最下位だ。それにお前は進級していないから、厳密には二年生ではない。ここに一緒に乗っけておいても問題ないだろう?」


 ……何も、何も言い返せない。あまりにも事実すぎる。在校生は前年度の順位とポイントによって、代が変わってもあらかじめポイントが付与される仕組みになっている。0ポイント最下位の俺に付与されるポイントがあるはずもなく、二年生でなければ、扱いは新入生と同じ。せっかく……せっかく、最下位も脱出できると思ったのになあ。あんまりだぜ……。


「まあ、それはどうでもいいとして」

「どうでもいい? ナニヲイッテルノ、サクヤヨルツキ?」

「ああ、先輩が面倒くさい人になっちゃいました。紗奈先輩、ポイントが持ち越されても減少するなら、三年生以外頑張る必要がないのでは?」

「そんなことはない。それぞれの学年で獲得したポイントはしっかりと記録に残る。それはあらゆる企業のスカウトや就職活動で面接官が参考にするデータでもある。どの学年でも手を抜かないように。夜月にはあんまり関係ないかもしれんが、それでもシングルに入ったという功績は大きいはずだ。このまま維持できるように頑張るんだな」

「そうですね。私はどうせ夜月家の何かに就職するでしょうから。ですが、天岩学園でずっとシングルを取り続けたとなれば、役に立つことも増えるでしょう。一生懸命頑張らせていただきますよ」

「夜月が食い込んだこともあるが、シングルはあんまり順位変動してないな。シングルの卒業生って何人いたんでしたっけ?」

「三位と五位の二人だけだ。百位以内にはたくさんいらっしゃったから、百位以内で見るとかなり順位が繰り上げされているんだがな」

「紗奈先輩が現八位ということは、前年度もシングルだったんですね」

「ギリギリな。私もまだまだ修行が足りないということだ。私も一位を目指しているから、お互い頑張ろう」

「はい! よろしくお願いします」

「俺も一位を目指してるんで、お互い頑張りましょう」

「お前はまず進級しろ。最下位後輩」

「……はい」


 最下位から始まる俺と二位から始まる夜月の学園生活は一体どこに向かっていくのだろうか。今は知る必要はないのかもしれない。

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