第8話 夜襲

「おい、大丈夫か二人とも。ちょっと、まったりしすぎなんじゃないのか?」

「まったり咲耶と」

「まったり綾香だぜ」

「……」


 温泉に入った二人は休憩場でだらだらとしていた。酒は飲んでいないはずなんだが、テンションがおかしいことになっている。夜月がこんなに表情を崩すのは夜月家か八雲家の前だけだ。八重先生との相性がよっぽど良かったんだろうな。


「悪かったな。思いの他、上がるのに時間がかかってしまった。飲み物も八重先生がよければ車に乗りながらでいいし、これからどうする?」

「もう、今日はここに宿泊すればいいんじゃないですか? 動きたくないです。眠いです。八雲先輩の分は私が出しますよ」

「これからビールを飲むんだぜ。最高の温泉にしてやろうじゃないか。私もお金だけは結構もってるんだからな」

「そういう訳にもいかないでしょう。明日から学校が本格的に始まるんだから。二人とも、正気に戻ってくれ。八重先生に至っては語尾がキャラクターのままじゃないか」

「でも、私本当に眠いですよ。このまま学園の駐車場から女子寮まで戻れる気がしません」

「仕方ない。夜月は私の家で預かろう。家の駐車場から部屋までは歩けるだろう? 明日は私と共に登校すればいい」

「なら、俺は八重先生の家から学園まで歩いて帰りますよ。全然歩いて帰れる距離なので」

「すまない、それならばそうさせてもらおう。ほら夜月、帰るぞ」

「はーーい、分かりましたよー。車までは頑張りますよー」


 八重先生に連れられてなんとか車まで夜月を運ぶことに成功した。車はそのまま八重先生の家に直行。八重先生と夜月は八重先生の家に入っていった。

 ここから学園までは徒歩で二十分もかかからない。魔力での身体強化を使えばもっと早く帰られるだろう。それでも、温泉上がりのこの体で汗をかきたくなかった。それともう一つ、目的がある。

 俺は寮とは反対側の学園の出入り口へ向かう。そこには儚げに最期を迎えようとしている桜並木があった。ここは南国の崎宮ざきみや。崎宮の春は早い。三月の終わりの時点ですでに桜は最盛期を迎えている。

 後は散りゆくだけの桜というのはどうしてこうも哀愁を感じてしまうのだろうか。俺は桜並木の道の上で鼻歌を口ずさむ。


「こんないい気分だってのによお、全く面倒くさいもんに関わっちまったな」


 俺は桜並木の道を外れ、スマホをいじりながら人通りの少ない大きな広場までやってくる。……この気配、十人、いや、上手く巧妙に隠れているが、もう一人いるな。十一人か。余りにも分が悪すぎる。

 しかし、これをずっと放っておいたままで生活するというのも無理がある。分かりやすいときに引っ張ってくるのが大事だ。後はどこまで耐えられるかにもよるんだがな。俺は広場の中央まで来ると一気に振り返る。


「おい、お前ら。何のたくらみがあって俺を尾行しているのか知らないが、バレバレだぞ。せっかく出てきやすいように場を整えてやったんだ。話があるなら出てきたらどうだ」

「……なるほど、どうやら最弱と言われている割に感覚は鋭いみたいだな。聞いていた話と大分違うが、別に構わないだろう」


 辺りの茂みや暗闇の中からぞろぞろと人が現れる。素で隠れてたってことは気配を隠すスキル持ちはいなさそうだな。一応、いきなり攻撃されないように警戒だけしておこう。


「おたくら、一体何の目的があって俺のことを尾行している? 見た感じ、天岩学園の生徒ってわけでもなさそうだよな。それにしてはあんたは随分と大人のように感じる」

「その質問に答える義務はない。俺はただ、お前へ一方的に用事があるだけだ。お前が知る必要なはない」

「えーー? 知りたいなあ。俺、こんな大人数に絡まれるようなことなかったからさ。それも、気配をすぐに気づかれるような集団。俺は知らないぜ」

「減らず口を。お前が一人でこの学園に入ってきた瞬間から、俺たちの目的は達成できている。気配を気づかれようが気づかれまいが、そんなものはどうでもいい。用事を早く済ませるだけだ」

「用事っていうのは、大人を交えた集団で最弱と呼ばれる男をぼこぼこにすることなのかい? 嫌だなー、俺痛いの嫌いなんだぜ。知ってるだろう、俺のスキル。体調が悪いときにしか使えないんだよ。なんだ? 聞いていないのか? あの編入生、黒島秀吉からよお!」

「っ! お前らすぐに取り掛かるぞ! こいつを絶対に逃がすなよ!」


 相手の一人の魔力が上昇すると共に発動者を中心にドーム状の白い空間が広がる。何かのスキルを発動したな。ひとまずは声を張り上げるか。


「誰か、ーーーーーーーーーーー!! っ! ーーーーーーーーーーー!!」


 しまった、これは音を遮断するスキルか!

 戦闘用のスキルばかりだと侮ってしまった!

 音は戦闘においても重要な情報の一つ。そちらを封じられた方が厳しいか。だけど、今の俺は病み上がり。全くスキルを発動できないなんてことはないんだぜ!


(【不調で絶好調ダウナーズハイ】!!)


 俺はスキルを発動する。けれども魔力はほとんど上昇しない。病み上がり程度ではこんなもんだろう。ないよりはましだ。まずは【不調で絶好調ダウナーズハイ】で相手の出方を伺うしかなさそうだ。先ほど喋っていた奴の魔力も上昇する。

 その魔力は右手に集まりナイフを形成する。武器のスキルか。こいつがリーダー格だな。刃物だろうと、魔力で固めれば受けきれるが、とりあえずは逃げに徹しよう。音を遮断するスキルの範囲外にも出たいしな。俺は凪の使い手から距離を取るように逃げる。


(くっ、そういう感じかよ!)


 俺の行く先を一人が足止めをする。そのうちに再び取り囲まれるような陣形を構成される。凪の範囲からは出られていない。ナイフの使い手が近づいてくる。

 俺は左手に魔力を集中させ、俺を食い止める男を殴ろうとする。男は当然のように集中防御で俺の拳を受け止めようとする。それを見た俺は即座に右足の下段蹴りに切り替える。


「っ! ーーーーー!!」


 男は予想していなかったのかそのままふくらはぎを蹴られ、バランスを崩す。魔力のこもっていない攻撃でも、魔力で防いでいない場所になら普通にダメージが通る。魔力によるブラフというのはこういうことだ。

 さらに、もうワンアクセント。俺はもう一つ、スキルを発動する。そのスキルで攻撃を行うわけではない。少しだけ上昇した魔力を相手に感じさせ、何かしてくるぞと思わせる。俺を取り囲んでいる一人が全身防御の構えを取る。あそこだな。俺はそいつ目掛けて突っ込む。

 他の一人が魔力弾を散らばらせて打ち込んでくる。俺は全身防御で魔力弾を防ぎながら突っ込んでいく。防御をしていた奴は俺の魔力防御が広がったの見て、すかさず右手に魔力を集中させる。薄くなった防御を突破するためには魔力を集中させた攻撃が手っ取り早いからだ。

 俺は魔力の一部を両足に流し込む。相手はそのまま俺目掛けてストレートのパンチを放つ。俺はスピードを出している。無理によけようとすれば体勢を崩し、突っ込めば重たい一発をもらうだろう。しかし、俺は魔力で強化した足で跳躍する。流石にこれは予想していなかったのか、相手はパンチを止めることができない。俺は相手の頭上を通り越し、数メートル先に着地する。

 これで包囲網は突破できた。後は逃げて時間を稼げばいい。凪の範囲からも脱出した俺は、叫びながら奥の方へ逃げる。


「誰かーーー! 助けて下さーーーい! 変な奴らに追われていますーーーー!!」

「くそったれ!! 本当に聞いていた話と違うじゃねぇか! どこが最弱だ! 立ち回りの仕方が素人じゃねぇぞ! お前ら、そのまま奴を追うぞ。大声を出しながら逃げればその分疲弊するはずだ。ここら辺は人も少ない。そこをじっくりと追い詰めればいい」


 結構厄介だな。戦闘に関しては素人でも、チームワークは悪くない。さっきも味方を巻き込まないように、魔力弾による攻撃は極力抑えていた。今は味方がいないからぶっ放し放題というわけだがな!

 俺は魔力を全身に纏わせる。案の定、数重視の魔力弾が飛んでくる。俺の魔力を分散させたということは、


「おらよっと!」

「な、今のを避けるだと! 本当に面倒くさい! 攻撃は中止! 追うことに徹しろ!」


 ガードが薄くなったところを威力重視の魔力弾でぶち破る。戦闘の鉄則だよな。なるほど、リーダー格の男が一番強くて、後は寄せ集めって感じか。攻撃の仕方よりも連携の方を徹底して教え込んだのかもしれない。

 さて、時間は大分稼いだが、念のためにやっておこう。俺は走りながら魔力を少し腕に集中させて、斜め上に放つ。相手は牽制だと思ったのか、よりスピードを上げてついてくる。俺も負けじとスピードを上げて距離を離そうとするが、


「おい……マジかよ」

「ふっ、どうやら悪運の方が強かったみたいだな」


 俺の目の前にはフェンスがあり、行き止まりとなっていた。越そうと思えば越すことはできるが、そこを集中放火されるだけだろうな。


「いやー、まいった。このまま降参というわけにはいかないだろうか?」

「悪いが、これはどこぞの決闘とはわけが違うんでな。降参なんて選択肢はないんだよ。大人しく、自分の運命を受け入れやがれ」


 相手が全員戦闘態勢に入る。こーれは不味いな。どうせやられるぐらいなら、あのスキルを使っておくしかないか……。俺がズタボロになる覚悟を決めたとき、気配が十人から十一人に増えた。かと思えば、飛び切りの悲鳴と同時に一人消えて、十人に戻った。……ったく、焦らせやがってよお。


「やあやあ、八雲くん。元気にしているかい? その感じだとどうやら僕は間に合ったみたいだね」

「全く、元気だからこそスキル発動できなくて困ってるんだっての。もう少しで明日の授業をサボるところだったぜ。荒武!」

「そいつは困るな。君がいないと、僕は授業が理解できないからね。仕方ないから、ただで助けてあげるよ」

「ああん!? 新手かよ! お前ら、こいつの相手は俺がする。陣形は無視していい。お前らはなんとしてでも新手の男を止めろ!」


 リーダー格の男のナイフが鈍色に光る。残りの人数で荒武を押さえつけ、俺を早めに倒すつもりか!


「それは困るな。彼が傷を負って朝一の授業を休んでしまったら、君たちは責任を取れるのかい? 僕はどんな相手にも容赦はしない。すまないが、自己責任で頼むよ……【白亜紀の栄冠ティラノクラウン】」

「みんな、こいつを何としてでも止めるぞ……は? なんだこいつ、みるみるでかくなって体の様子が、ぎゃ、ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」

「どうしたお前ら!? って、なんじゃこりゃあああああああああああああ!!!」


 相手が驚くのも無理はない。そこに突如として現れたのは全長十二メートルにもなる大型の恐竜、ティラノサウルスなのだから。これが荒武のスキル、【白亜紀の栄冠ティラノクラウン】。その能力はティラノサウルスの力を手にすることができるというもの。

 普段は半恐竜半人間みたいな人型を維持しているが、今日は数が多いためにティラノサウルスそのものになっている。詰まるところ、王による蹂躙が始まるということだ。


「奴の体はでかい! 威力重視の魔力弾を放ちまくれ!!」

「わ、分かりました! う、うおおおおおおおおおおおお!!」


 総勢九名による集中砲火。次々に魔力弾が荒武を襲う。だが、


「ぐおおおおおおおおああああああああああああ!!」

「リ、リーダー! 全く効いていません。ま、待って、うわああああああああああああ!」


 荒武が突進しながら、頭と尻尾を振り払う。九人もいた敵は一瞬にして半壊させられた。ただでさえ、人間が敵うことのない恐竜がシングル並みの魔力を纏って突進してくる。恐怖以外の何物でもないだろう。荒武は捕食者の目をぎらつかせ、次のターゲットを捉える。


「も、もう無理だ……こんなの勝てるはずがないんだーーーーーー!!」

「全員、逃げろ! 俺たちの作戦は失敗だ! こいつらには勝てない!」

「そ、そんな……こんなの相手にどうやって逃げ、ぐほおああああああああっ!!」

「おっと、もう一人いるのを忘れてもらっちゃ困るぜ。恐竜に比べたら優しい方だ。感謝しろよな」


 俺は凝縮した魔力弾を放ち、敵のみぞおちにヒットさせた。しばらくは呼吸ができまい。悪いが俺もボコボコにされる寸前だったんだ。容赦なんて考えていない。


「……こうなったら仕方がない。お前だけは持っていくぞ!!」


 リーダー格の男が勢いよくこちらへ振り向くが、残念ながらすでに勝負は決まっている。俺は身体をしゃがんだ体制にして表面積を小さくし、体全体に魔力を固めていた。男が恐る恐るといった風にもう一度荒武の方を振り返る。

 恐竜は大きく口を開いており、その口の中にはとてつもないほどの魔力が凝縮していた。男は全身防御に切り替えるがもう遅い。恐竜の口から魔力の塊が放出された。


「ぐがあああああああああああああああああああああ!!!」


 辺りを揺らすほどの轟音と男の悲鳴が重なる。魔力弾は男を中心に半径五メートルほどの円を描いたドーム状に爆発していた。その魔力弾は残りの敵全てをぶっ飛ばし、戦闘不能に追い込んでいた。

 爆発の中心にいた男はピクリとも動かない。これでも荒武は手加減をしているから死んではいないだろう。……また、ポーションを使う羽目になっちまったな。


「荒武! 助かったが、やりすぎだ! これ、逆にこっちが疑われたらどうするつもりだ。そもそもお前の攻撃で休む羽目になっちまうところだったぜ」

「いやー、すまなかったね。これでも手加減はしたつもりなんだ。それに、こっちが疑われることはないと思うよ。この戦いには生徒会の証人がいるからね」

「なに? 生徒会だって?」

「……ふっ、流石に恐竜化と魔力で強化された感覚には捉えられてしまったか。大丈夫だ。この一件、全て副会長である私が見届けた。ゆえに、お前たちはお咎めなしだ。荒武! それでも、お前はやりすぎだ。次からはもっとスマートにやれ!」


 闇の中からまた一人、姿を現す。それは、俺と編入生との戦いを見届けた生徒会の副会長、綾辻紗奈あやつじさなであった。


「綾辻先輩、見ていたんなら助けてくださいよ。もう少しでボコボコにされてましたよ俺」

「でも、ボコボコにされたとしてもあいつらに勝つ手段は持ち合わせていたんじゃないか? マルチホルダーの八雲隼人?」

「何? 八雲くん、君もマルチホルダーなのかい? いやー嬉しいなあ! これで戦う楽しみがまた一つ増えたじゃないか!」

「君もってことは荒武もマルチホルダーなのか? そんなの聞いてないぞ」

「ははははは、失敬、自らばらしてしまったね。残念だけど、僕のもう一つのスキルは君の【不調で絶好調ダウナーズハイ】よりも使いづらいからね。見せる機会は多分ないと思うよ」

「そうか、それは残念だ。それよりも綾辻先輩、どうして俺がマルチホルダーだと?」

「八雲の戦いをずっと見ていたが、体調が悪くないのに魔力が上昇する瞬間があった。あれは、他のスキルを使っていたからだろ?」

「はあー、そこまで見ていたんなら、どうにかしてくださいよ。副会長だってシングルじゃないですか」

「会長からの命令があったんだ。八雲がマルチホルダーの可能性があるから、何かあったときは少し様子を見て欲しいってね。文句なら、あの変態に言ってくれ」


 またあの生徒会長か。編入生との件と言い、俺にどんな期待をしているのやら。実際に俺が編入生に勝てるスキルを持っていることも、マルチホルダーであることも全て当たっているから怖すぎる。直感とでもいうつもりりじゃあるまいな。それよりも、


「綾辻先輩、編入生に難があるってこと分かっていましたよね? 分かっていて俺で試したんじゃないですか? 最弱、最下位と言われている俺に負けた編入生が問題行動を起こすって思ったから、こういう感じで俺を見張っていたんですよね?」

「まあな。黒島の【作用点Pムービングペイン】はいいスキルだと思ってな。戦闘の基礎さえ覚えれば、シングル手前までは行けると思ったんだ。黒島の素性を調べているうちに怪しい点が出なければ、お前との戦いもなかったんだがな。前回も今回も本当にやばかったら途中で介入するつもりだった。けれども、お前は普通に強かった上に、今回はスマホで誰かに連絡を取ってるのを確認したからな。お前といつも一緒にいるのは荒武か夜月だ。なら見ておくだけで問題ない。私は報告するだけでいいからな」

「だったら、何かご褒美があっても良くないですか? 生徒会の問題を解決してるんですから」

「ああ、荒武には用意しておこう。八雲も用意してやってもいいが、その代わりは退学になるぞ?」

「……俺は何にもいらないです。どうぞご自由にお使いください」

「いい心構えだ。その調子で頑張れ」

「その調子ね……。綾辻先輩、黒島くんが尻尾を出さない限り、八雲くんが危ないのは変わりないということかな?」

「その通りだ。お前には黒島がしびれを切らして自分で現れるまで、えさを続けてもらう。この事件が解決したら、晴れてお前は本当の意味で進級だ。戦闘何十回分をこの問題の解決で手を打とうというんだ。あんまり文句を言うんじゃないぞ。今日はもう帰れ。事後処理はこちらでやっておく」

「「ありがとうございます」」


 この問題を解決したら進級ね。生徒会長、本当に考えが分からない。俺の特別進級を決めたのは、黒島の問題が発覚する前のはずだ。

 生徒会長が歴代最強なのはその力だけではない。生徒会長としての手腕も随一であるのだ。俺に一体何をさせようって言うんだ。同じ扱いづらいスキルを持ちながらも最強に至った男。俺の尊敬する生徒会長さんよお。

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