第6話 マルチホルダー

「……うっ、うーん、ありゃ、ここはどこだ? 俺はあれからどうなったんだっけか」

「ここは決闘場にある保健室だよ。全く無茶苦茶だな、八雲は」


 目をさますと、そこにいたのは八重先生だった。どうやら俺は保健室に運ばれたらしい。一度も使ったことがなかったから分からなかった。


「それよりも、俺はちゃんとバトルに勝ったんですよね? 勝者、八雲隼人ってところまでは記憶があるんですが」

「ああ、もちろん。八雲の勝ちだよ。それはそうと、そんなスキルを持っていたなら私へ先に伝えて欲しかったぞ。こっちはひやひやしてばかりだったんだからな」

「あはは、最後まで使おうか悩んでいましたからね。このスキル自体はあんまり好きじゃないんですよ。調子が悪くないと効果がないなんて、俺の万全の状態で勝負に挑みたいって思いからかけ離れていますから」 


 真剣勝負の場に体調不良で挑むなんて不真面目そのものだ。本気なんて出せるわけがない。でも、そっちの方が実際には勝てるって言うんだから、皮肉でしかない。神様ももっといいスキルを与えて欲しかったぜ。


「スキルを使わずにどうやってこの学園へ入れたのか疑問だったが、謎が解けたよ。入試の実技試験では、スキルを使っていたんだな」

「はい、俺の【不調で絶好調ダウナーズハイ】は体調が悪ければ悪いほど力が跳ね上がります。前日に寝不足だっただけでも、ある程度の出力はあるんですよ」

「本当に難儀なスキルだな。副会長も呆れていたよ。風邪を引いたらシングル並みの魔力を得られるというのは扱いにくそうだなだって」

「副会長はそれ以外に何か言っていましたか?」

「当面の退学処分は取り消すにすると言っていた。ひとまずは退学を回避できたということだな。本当に良かったな」

「当面は? 何かまだやらせるつもりなんですかね? これに勝てればチャラになると思っていたのに」

「よく考えてみろ。今回のバトルでお前はポイントを手に入れてはいないんだぞ。最弱では無くなったが、最下位ではあるんだからな」

「げっ、そうじゃねぇか。俺、どっちのランキングでも最下位のままなのか。ほんと、やってらんねぇよ」


 今回のバトル、編入生は順位も決まっておらず、ランキングをかけたバトルではなかった。よって、俺の順位変動はなし。最弱かどうかは分からないが、最下位のままであることは確定である。


「それと、最後の一撃。やりすぎだとも言っていた。黒島のやつ、治療はなんとかなったが、お前へのおびえ方が尋常じゃないと言っていたぞ。正直、最後のおぞましいオーラは黒島にとっては悪魔そのものに見えただろうな」

「あれでも手加減したつもりですよ。全魔力で殴ったらやばいかもしれないと思ったので。それに死にさえしなければ、基本的になんとかなるのがこの世の中じゃないですか。いいお灸にはなったと思いますがね」

「私もそう思うが、それでもやりすぎだ。ポーションだってふんだんに使えるものでもないんだぞ。だからこそ、お前には私が手を施したんだけどな」


 この世界は魔力と電気を伴って発展してきた。電気は人々の生活に便利さを、魔力は主に戦いや医療に用いられるようになった。この世界には魔道具や回復アイテムなどが存在する。魔道具によって戦闘用スキルを持っていなくても少しは自衛ができるし、回復アイテムのおかげで致命傷を受けても回復できるようになった。

 しかし、蘇生はできない。これはこの世界のタブーでもあり、技術的にも不可能だからだ。それに、ポーションを使っても治らない病気も存在する。俺の父さんもその病気によって亡くなってしまった。

 ポーションはそれ相応のお値段がするので日常的に使えるものではない。そのため、この学園には治癒のスペシャリストが複数人存在している。先生もその一人だ。


「あれ、でも俺の風邪はあんまり治ってないですね。先生のスキルって風邪までは治せないですっけ?」

「そんなことはないが、八雲のスキルの関係上、治しきるのもどうなのかという風に副会長に言われたんだ。今朝言った通り、風邪をひくために無茶したんだろう?」

「お恥ずかしいことにその通りですね。俺もあれを何度もやろうとは思えませんが、しばらくは【不調で絶好調ダウナーズハイ】を使う必要もないと思います。最悪、寝不足でも発動できるので、風邪が悪化する前までに戻してくれませんか? それだけでも一応は発動できるので。これじゃあまだ、微熱ぐらいはありますよ」

「そうか、風邪じゃなくても体が怠ければ発動できるということか。分かった、少し大人しくしていろ。【絆遡行ばんそこう】!」


 八重先生がスキルを発動する。シングルに勝らずとも劣らない魔力が溢れだし、その魔力を片手に集中させる。しばらくすると、温かな輝きを放つ、一つの絆創膏が出来上がった。


「片手を出せ。絆創膏を張るぞ」

「はい、ありがとうございます」


 八重先生が作り出した絆創膏を体に貼られた瞬間、体がどんどん楽になっていくのを感じる。俺の体調も微熱程度から、風邪をひく一歩手前の状態にまで戻される。


「よいしょっと、これぐらいでいいか?」

「はい、完璧です。流石八重先生ですね」

「馬鹿者、褒めても何も出ないんだからな」


 という割にはにやけが止まっていない八重先生。八重先生のスキルは【絆遡行ばんそこう】という八重先生が作り出した絆創膏を張ったものの時間を最大一日まで巻き戻せるというもの。時間内であれば、壊れた物体まで元通りにできるというのだから驚きだ。本当になんで年齢イコール彼氏いない歴なんだろうか、不思議でたまらない。


「おい、今何か不純なこと考えなかったか?」

「何もないです。ただただ助かったと感謝をしておりました」

「それならいいんだぞ。いいか、私の【絆遡行ばんそこう】は失った魔力や体力までは元通りにできん。疲れはたまったままだから、今日一日はしっかり休むんだぞ」

「はい、言われた通りにゆっくりさせてもらいますよ」

「……八雲、一つ聞きたいんだが、お前はこれからも【不調で絶好調ダウナーズハイ】でこの学園をのし上がっていこうと考えているのか? だとしたら、厳しいと思うぞ。バトルするたびにこうなっていては体がもたん。それに、そのスキルは連戦には不向きだ。最強になるためにはいずれはそういう機会も来るだろうし、シングルとも戦うことになる。シングルへ勝つために四十度近い熱を出すつもりか? だったら止めた方がいい。それは、お前が最強に至る道であると共に、破滅への道でもある。だから、その……」

「ぷっ、あははははははは!」

「何を笑っているんだ! こっちはお前のことを真剣に考えてだな!」

「その言葉、夜月にも言われたんですよ。最強になるために死ぬつもりなのかってね。大丈夫ですよ。俺もちゃんと考えてます。このスキルだけで戦っていくつもりはないですから安心してください」

「このスキルだけって、お前まさか! マルチホルダーなのか!?」

「はい、その通りです。夜月以外には内緒で頼みますよ」


 【マルチホルダー】とはスキルを二種類以上持つ人のことを言う。この世に生を授かった時点ではスキルは一人一個しかもたないのだが、長年にわたって魔力を鍛えることや元々の才能によって新たにスキルを発現することがある。マルチホルダーとは努力の塊であり、才能が優れた人のことを指すのだ。

 俺ぐらいの歳で持っているとなると、それは後者を指す。最弱、最下位であった俺が才能を持ったマルチホルダーなど心底信じられないだろうな。


「……だが、お前の使いづらいスキルは生徒会長に通ずるものがある。言われてみれば納得はできるな。それなら、もう一つのスキルをなぜ使わなかった? そっちならもっと簡単に勝つこともできたんじゃないか?」

「いや、相手が五十位以内の実力者と聞いていたので、【不調で絶好調ダウナーズハイ】を使うのが確実だったんですよ。調子が悪ければ魔力がシングル並みに跳ね上がるというのは俺のスキルの中ではローリスクハイリターンの方なんですよ。実際、シングル並みの魔力がなければ、あいつの攻撃は簡単に防げなかっただろうしな」

「俺のスキルの中では、だと? 八雲……お前、スキルを一体何個持っているんだ?」

「秘密ですよ。少なくとも三個以上はあるとだけ言っておきます」

「……全く、馬鹿げてるな。二つだけでも凄いというのに。私は自分に自信が持てなくなってきたよ」

「けど、生徒会長も一個しかないんですし、スキルの個数が強さに直結するというのは短絡的ではないですか? 八重先生は立派な人ですよ」

「三個以上持ってるお前に言われても嬉しくない。ああー、今日はスキルも使ったし、酒でも飲んで寝よう。飲まなきゃやってられないぞ」

「八重先生、お酒好きなんですか?」

「ああ、好きだぞ。週末には毎回飲んでるくらいには」


 勝手なイメージで申し訳ないが、八重先生酒癖悪そうだな。なんだろう、ダル絡みしているところが目に浮かんでしまう。合コンとかどうしてんだろうなこの人。


「……今、不埒な気配を感じた。八雲、どうせ私が酒癖悪いとか思っているんだろ。それで、もてないんだろうなとか思ってるいるんだろ。挙句の果てに合コンで売れ残ってるとか思ってるんだろ!」

「いいい、いやいや、そんなことないです! 八重先生は出会いの機会がないだけです。もててます、八重先生はもててますからね!」

「うるさい! 合コンなんてな、こんな田舎であるわけないだろ! 電車も少ないから、街に行っても車で帰らなきゃいけないんだぞ! 私は宅飲み派なんだ! よし、分かった。私が酒癖悪くないというところをお前に見せてやる。分かったらついてこい。いくぞ!」

「待って! 先生、引きづらないで! 俺、ほぼ病み上がりだから! せめて、もう一人誰か被害者を! 夜月を連れてこさせてくれええええええええ!!」


 俺はなんとか夜月を連れてくること(一週間従うのを延長)に成功し、学校の最寄にある八重先生の自宅へお邪魔することになった。もちろん、八重先生の酒癖は悪かった。

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