第5話 不調で絶好調

「風邪ひいたって、なんで、どうしてだ!? 昨日はあんなに元気だったじゃないか!? 一体どんな過ごし方したんだ!?」 

「家に帰ってから手を洗わずにお菓子を食べました。そして、キンキンに冷えた水風呂に入りました。その後体も乾かさずに、ずっとその状態で過ごしました。寝る時間も遅くしました。その結果がこれです」

「なんでそんなことするんだ!? 風邪をひくのは当たり前じゃないか!? バトル前は真面目に取り組んでいるんじゃなかったのか!?」

「いや、真面目にやりすぎたら逆に駄目かなと思って、試してみたらこんな感じになりました。いやー、失敗、失敗」

「……お前の風邪をどうにかする手段が一つだけある。こうなったら仕方がない、私のスキルで!」

「駄目ですよ八重先生! 決闘においてとある生徒に肩入れしたら、必ず大きな批判を呼びます。八重先生は黙って見ててください」

「……無理だと思ったら、すぐに降参するんだぞ。私との約束だ。必ず守ってくれ」

「分かりましたよ。それじゃあ、行ってきますね」


 悪いな先生、その約束守れそうにないわ。不真面目でも、無茶してでも、バトルに勝つのが今日の目的だからな。編入生とは言え、相手はシングルではない。ならば俺にも勝機はある。まずは、試してからだけどな。

 俺は決闘場の中へ入り、待合室で横たわる。あーーだりぃーー。体温計ったら、三十八度以上あったんだよな。スポーツ飲料でも買っておくべきだったか。俺はうめき声を上げながら、その場で時間を浪費する。


「おやおや、これが今日の私の対戦相手か? なんだか、全然元気がありそうじゃないな。私との戦いを前にして緊張で眠れなかったのか、最弱?」

「おー、あんたが今日の対戦相手か……どうでもいいや。じゃあな」

「じゃあなではない! 今日の対戦相手に対して、その態度はなんだ! 少しは握手とかして交流を深めようとは思わないのか?」

「出会って早々に嫌み言ってくる奴とは仲良くなりたくないんで。これでいいだろ。どうせバトルが終われば、顔を合わす機会もそんなにねぇんだしよ」

「くそっ、最弱、最下位の癖に偉そうだな。なんで生徒会長もこんなやつと俺を戦わせようとするのか理解ができない」

「あんまり期待されてないんじゃね? 初戦で俺と戦わされるような奴だし。その、お前、誰だっけ?」

黒島秀吉くろしまひでよしだ! 断じてお前などではない! そういうお前は八雲隼人だな。今日のバトル楽しみにしているぞ」

「ああー、それは良かった。すまん、体調悪いんで、これで打ち切りでいいか? ちょっと休みたいんでな」

「はい? お前まさか、風邪をひいているのか? 私とのバトルの前で、どういう体調管理をしているんだ!」


 ああー、うるせぇな。これは先生が油断するような奴だと思うのも仕方がない。編入することのできた自分のことを誇らしく思っているんだな。ってよりもプライドが高いだけか。

 この学園には強い奴はたくさんいる。ぶち当たる壁が多そうで可哀そうだな。地元じゃ一位だったんだろうが、こいつは困難という壁にぶち当たったことがあるんだろうか。逆恨みでもされたらたまったもんじゃねぇぞ。

 ……そうか。実力はあっても、性格に難ありと判断されたから俺を一回通してみたのかもしれんな。最弱相手にどんな戦い方をするのか、見極められているのかもしれんな。ふっ、困難という壁か。俺には夜月という壁が常に横に立っていたからな。あんまり舐めてもらっちゃ困るってもんだ。

 そういや、決闘場って自販機あったよな。スポドリでも買っておこう。決闘まで残り二十分、俺はスポドリを飲みながら、熱のこもった体で決闘を待ち続けていた。


「今日の審判を務めるものです。決闘五分前になりましたので、それぞれの所定の位置まで移動してください」

「はーい、分かりましだー。すぐに移動しますよ」

「おいおい、本当に大丈夫なのか。なんでこんな奴とバトルしなければならんのだ」


 俺は決闘場へ出る前の出入り口で待つ。何だこの声は。もしかしなくても、予想以上に人が多そうだな。そりゃ、期待の編入生と最弱の男のバトルだもんな。興味本位や編入生の力量を測りに来る人たちは多いか。

 いやー、多くの人にスキルを見られるのも嫌だが、歓声が酷くて頭がずきずきる方がかったるいな。はぁー、もうここまでしたんだ。やるっきゃないよな。


「それでは、入場を開始してください!」


 審判の号令に合わせて決闘場に姿を現す俺たち。凄まじい歓声が場内に響き渡る。案の定、頭が痛くて仕方がない。俺は前を見る。黒島は余裕があるのか手を振りながら歩いている。

 一方俺は猫背になりながら、ふらつく足で入場していた。俺は場内を見渡す。おびただしい人の中に、八重先生や夜月、荒武を見つける。あっちは俺を見つけると手を振ってきたので、俺は関節の外れたような手で振り返す。あれ?

 八重先生の隣にいる人、副会長じゃないか。はぁー、しっかりと監視されているわけですね。早く終わってくれねぇかな。俺と黒島が対面する。相変わらず、あっちは俺を舐めきったような態度で俺を見下していた。


「ふっふっふっふっ、あははははははははは! 全く生徒会長は何を考えているのかまるで分からないな! エリートであるこの私に対して、こんな雑魚を用意するとは。なあ、八雲隼人!」

「あー、そうだな。俺が聞きてぇぐらいだよ。なーんで、二年生になって早々にこんなことやらされなきゃならねぇのかってな!」


 俺は怠そうに声を張り上げて抗議する。しかし、俺の必死の抵抗には誰も反応してくれない。あーやばい、益々調子が悪くなってきた。このまま体調不良で棄権ってわけにはいかねぇかな。俺は手を上げながら副会長に向かって声を張り上げる。


「すみません、副会長さん! 体調が悪いのでこのバトルを辞退したいのですが、構わないでしょうかねー? やっぱり、俺には荷が重すぎると思うんですよー!」

「なんだ八雲、それはつまり、このままこの学校も退学したいということか?」

「ですよねー。いえ、そんなことありません。力の限り頑張らせていただきます!」


 かーーーー。無理ですよね、そりゃ。分かってました。分かってましたとも。ただ、ちょっと聞いてみただけじゃねぇか。栗色のショートヘアーに赤い眼鏡。あの生徒会長を支える女子生徒だ。

 力はもちろんのこと、副会長の堅物っぷりもいつも通りなことで。退学をちらつかせて無理やり戦わせるとか、正義の生徒会がやるべきことじゃねぇだろう。


「八雲せんぱーい!」

「なんだ、夜月!」

「このまま負けちゃいましょうよー。別に退学になったっていいじゃないですかー。家の会社で雇ってあげますよー」

「……結構だ! 調子悪いんだから、あんまり叫ばすんじゃねぇ!」

「分かってますよ。はぁー、結局こうなるんですね……」


 俺の応援に来てるのに、俺の負けを支持するやつがどこにいるんだよ。観客席にいんのは全部、編入生である黒島の力量を見に来た奴らばかりだろうしな。まさに四面楚歌。俺が負けることを予想している奴しかこの決闘場にはいない。せめて声を出すのは止めてくれ。頭がぐわんぐわんして、視界が反転しそうだ。


「それでは両者、位置についてください。これより、副会長の立会いの下、二年生、八雲隼人と編入生、黒島秀吉のバトルを始めます」


 普段なら副会長の立会いなど必要ないのだが、編入生には戦闘ランキングがまだ設けられていない。これは例外の戦いであるということ。そのために、生徒会の立会いが必要となってくるのだ。


「おいおい、本当にこいつとバトルするのかよ。足腰もフラフラで立ってるのがやっとじゃないか。弱い者いじめは趣味じゃないんだ。降参するなら降参しろ。そして、この学園を立ち去るんだな!」

「……」


 俺もそうしてぇよ。こんな学園早く辞めて、別の学園で普通の生活を送りたい。勉強だけならお手の物だからな……でも、言っちまったからな。約束しちまったんだ。最強の男になるってよお。今は亡き俺の大好きな父さんとの、たった一つの男の約束だからなぁ!


「カウントダウンの後、始めの合図と共に開始します。五、四、三、二、一、始め!」


 審判の怒号を合図に場内が更なる歓声で盛り上がる。その誰もがこれから行われる一方的な戦いを思い描いているだろう……良かったなお前ら。このバトルが賭け事に利用されてなくて。全額俺がもらっちまうところだったよ。


「ふん! こんなやつのために俺のスキルをさらす必要はない。素の状態でお前を倒してやるよ。いくぞ、はああ!」


 黒島が魔力で強化された足で思い切り距離を詰めてくる。俺も魔力を溜めて身体能力を強化する。黒島は俺の顔面目掛けて魔力のこもったパンチを放つが、俺はすんでのところでひらりと回避する。いきなり顔面を狙うとは俺に恨みでもあんのかよ。


「ありゃ、思ったよりもゆるゆるなパンチだな。まさか、それが本気じゃねぇよな?」

「当たり前だ。こんなもんは序の口。まだまだいくぞ!」


 足を踏み込み、力を入れる黒島。そんなことしたら、思い切り殴るといってるようなものだ。どてっぱらに入りそうなブローをバックステップで回避する。続く追撃。魔力を纏った拳が音を乗せて風を切る。俺は体を横にずらしていなす。

 黒島の右足に魔力が集まるのを確認。魔力の量から見ても、蹴ってくるのは確実だろうな。俺はしっかりと体幹に力を入れ、足を踏ん張る。蹴ってくる方向を予測し、腕に魔力を集中させる。黒島の攻撃は俺の腕に衝突。ダメージは無し。素の魔力はそこまで高くないのか、集中防御で相手の攻撃は防げる。

 黒島の両腕が力む。次はパンチの応酬だな。黒島が次々と拳をジャブのように連発する。俺は手を交差させて受け止める。ジャブの威力は高くない。早さ重視だな。俺は魔力を広げて、どこをパンチされてもいい様に立ち回る。それを見た黒島が魔力を集中させ、振りかぶってストレート。俺は魔力を収束させて、集中防御をする。

 黒島の攻撃は俺の完璧な立ち回りによって、次々といなされていく。黒島の呼吸がどんどん荒くなる。疲れているというより、なんでこんなやつに一発も攻撃できないのかという焦りからくるものだろう。

 焦れ、焦れ。焦りは集中力を低下させる。八重先生の思惑通り、俺を最弱だからと言って舐めているのだろう。逸る気持ちが伝わってくるぞ。


「おやー? まさか、こんなフラフラな倒れる寸前のやつにパンチ一つも入れられないんですかー? 本当に編入生なのか? まさか、替え玉入学でもしたんじゃねぇだろうな?」

「ふざけるな! 私は断じてそんなことはしていない! まだ、体が温まっていないだけだ。最弱相手に本気など出す必要もない!」


 黒島が後ろに跳躍する。腕の先に魔力がどんどん収束していく。はあー、やっぱりこいつ。基本的な鍛錬をおろそかにしてるな。よほどスキルに頼り切っているのだろう。魔力の量も質も、収束スピードも魔力によるブラフも五十位以内には程遠い。疲れ切った頭でこんだけ考えている俺が馬鹿に思える。

 こりゃマジで俺で試されているんだろうなこいつ。スキルに期待されているが、根本的な能力はまだまだ未熟。その割には態度が大きく、自分が上だと思っている。俺が今まで相手にしてきた奴は、最弱を狩るのにも本気だったというのに。黒島の腕から魔力が放出される。この大きさなら連発はない。避けたほうが早いな。俺は横に飛び込んで一回転。片膝と手をついて立ち上がる……おええええーーーー、気持ち悪い!

 調子が悪いときに一回転なんてするんじゃなかった。かといって、素直に受けるのも馬鹿らしいしな……早く、諦めてスキルを使ってくんねぇかな。こっちはずっと待ってるんだぜ。


「やっぱり、八雲の素の能力はそこら辺のやつにも引けを取らないじゃないか。なんでこれで降参しているんだ?」

「結局、スキルには敵わないからでしょうね。八雲くんのやつ、いつも相手によるスキルの攻撃を一度は受けているんですよ。それで吹っ飛ばされて、すぐに降参するというのがいつもの流れですから」

「だったら、相手が舐め腐っている今のうちに攻撃するのが一番だろう! 相手はよくいるスキル頼りのやつだ。今の攻防中でも、一発から連撃に繋げて勝てる場面はあったはずだ。……何で風邪なんかひいてしまったんだ。正常な判断ができていれば、勝てる試合だっただろうに!」

「できてますよ、正常な判断。ちゃんと考えているからこそ、八雲先輩は待っているんですよ。相手がスキルを使うのを」

「何のために? 自分が不利になるだけだ。この勝負は八雲の退学がかかっているんだぞ!」

「……八雲先輩は最弱でも、最下位でも、頑張ってきたからこそ、あれほどの戦いができているんだと思います。それで諦めていたら、すでにこのバトルは負けています」

「つまり八雲くんは諦めていないんだな。スキルなしに戦うことを」

「ええ、馬鹿な人ですから」


 先ほどから一転、魔力の放出を連発してくる黒島。俺は体全域に魔力を纏わせたうえで、急所だけはさらに強い魔力で固める。加えて、避けれる攻撃は全て避ける。万が一取りこぼしても、急所にはあたらない。俺はゆらりゆらりと幽霊のように揺れながら、魔力の弾幕を捌き切る。黒島は息を切らせながら、今にも沸騰しそうなくらい真っ赤な顔で肩を上下に揺らしていた。


「なあ、あの黒島って編入生、もしかしてあんまり強くないのかな。さっきからあの最弱にいなされてばかりじゃないか」

「素の戦闘では最弱の方が強いということだろう。しっかりと戦ってるとこを見てなかったが、素の戦闘能力はたいしたものじゃないか」

「へぇー、あの編入生、あんなにいきっていた癖にスキル頼りの甘ちゃんなんだ。そんなんじゃ、五十位以内どころか、百位以内も怪しいわね」


 決闘中は応援以外駄目だというのに、黒島を揶揄する声があちこちから聞こえてくる。あー、こーれは相当効いているだろうな。面子が丸つぶれじゃないか。でも、これで黒島も流石に、


「……編入生じゃない。私の名前は! 黒島秀吉だあああああああああああああああ!!」


 次の瞬間、黒島の魔力の量が上昇する。……この魔力の量と質は、確かに五十位以内に入れるだろうな。もしかしなくても、俺はとんでもないものを目覚めさせてしまったのかもしれん。


「ふふふふふふふ、あはははははははははは!! 見たか! この魔力量! さっきは悪かったな。手加減をしすぎたみたいだ。お前ごときにスキルを使わないといけないこと、誠に遺憾だが、特別に! この私のスキルでお前を葬ってやろう! 今更降参してももう遅いからな!」

「じゃあ、さっさと見せてくんねぇか? こっちは調子が悪くてどうにかなりそうなんだ。早くこのバトルを終わらさせてくれよ」

「もちろんだ、いくぞ! 【作用点Pムービングペイン】!!」


 黒島が掛け声と同時に虚空を殴りつける。その衝撃はどこにも伝わることなく消えていき、音だけが場内を走り回っている。……なるほど、これは。


「お前のスキルは攻撃が発生する地点を自由に動かすことのできる能力か」

「ほぉー、ご名答だ。中々、頭だけは良く回るようじゃないか。それで、どうやって防ぐんだ、この【作用点Pムービングペイン】を? スキルは発動するだけで魔力が上昇する。お前のその雑魚魔力で防ぐことができるかな?」


 場内を立体的に動き回る音。音が反響して、もはやどこにあるのか分からない。音のスピードは時速六十キロぐらい。車が場内を暴れまわっている感覚だ。あの魔力による威力もそのまま、車が突撃するのと同等以上の威力があるだろうな。


「さあ、どうする。どうする!? どうやって防ぐんだ最弱!? お前も私を見ているお前たちも散々馬鹿にしてくれたな! 私がどれ程に優秀かってことをお前たちに思い知らせてやる!」


 俺は目を閉じる。目から入る情報を遮断し、気配と音を聞きとることに集中する。場内を走り回っているが、確実に俺に近づいてくる瞬間がある。それに、あいつのことだ、狙ってくる場所など初めから決まっている!


「ほらー、くるぞー? どうするんだー? 最弱、いや、最下位さんでもあるか! 所詮、お前は私の踏み台にすらならない哀れな男なんだよ!」


 音が近づいてくる、やはり真正面!

 俺は腕を交差させて、魔力を足の強化と腕の集中防御に振り分ける。密度も質も、素の状態ならこの上ないくらいに上出来だ。俺はじりじりと足を広げながら、立ち向かう姿勢を取る。そして、その瞬間はやってきた。


「八雲!」

「八雲くん!」

「……本当に馬鹿な人」


 俺は思い切り後ろにぶっ飛ぶ。俺の対処は完璧だった。防御タイミング、防御の位置、魔力の練度、全てが完璧だった。ただ一つ、欠点があるとするならば……スキルを使用していないことだった。

 俺は五メートルほどぶっ飛ばされ、何回転か分からないほど回った後、地面を引きずって止まる。……ああ、いってぇー。くそったれが。やっぱり無理だったか。スキルなしにスキルを防ごうなんて甘い話だよな。

 どれだけ極めたとしても、俺の素ではスキルには敵わない。分かっていた、分かっていたけど、けじめとして思い出に一発受けておきたかった。俺はゆっくりと小鹿のようにプルプルと震えた足で立ち上がる。

 不真面目、俺にとっては大嫌いなワードだ。戦うなら、命のやり取りだと思いたいし、遊び感覚で戦いたくはない。だが、それは無理だと分かった。それだけ嫌でも、勝つためには仕方がない。

 どうにもならないことをどうにかするために手段を選んでいるいとまはないか。昔、羅生門で読んだな。なあ、芥川さん。あんたはどう思う?


「ふん! 最弱の癖に直撃は防ぎやがったか。しかし、次はないぞ。次は二連撃で放ってやる。お前の魔力じゃもうどうにもならん。手こずらせやがって、これで終わりだな!」


 黒島が虚空を再び殴りつける。今度は二つの音が場内を走り回る。これを素で受けきるのは不可能だろうな。ああ、最悪だ。ああ、最低だ。このスキルを再び使うことになるとはな!


「ふはははははは、愉快、爽快、痛快!! こんなことしても俺の名前は知れ渡らないというのに。お前ごときのために……せめて痛みを以て償うんだな!!」

「おい! 八雲! 降参だ! 降参しろ! 今ならまだ間に合う!」

「駄目ですよ綾香先生。しっかりと落ち着いてください」

「でも、でも、このままじゃ、八雲が!」

「八重先生、男の覚悟を甘く見てはいけませんよ。彼の目は依然として死んでいないのだから」


 二つの攻撃が俺に直撃する。辺りを砂煙が包み込む。会場はこの一方的な殺戮ショーに騒然としていた。誰もが最悪の結末を予想しただろう……夜月以外はな。


「……っ! 待て! 見ろ、あの最弱を! 立っている……立っているぞ! まだやられていない! やられていないぞ!」

「それに見ろ、あの魔力の塊を! 嘘だろ、あれが最弱なのか!? あの魔力の量、まるで……」

「シングルと同等だわ……」


 俺は二つの攻撃を防ぎきっていた。圧倒的な量の魔力を体に纏わせることで、どこを狙われても防げるようにした。苦笑いをしながら、俺は虚ろな目で黒島を睨みつける。


「なぜだ!? なぜ立っている!? それになんだ、その魔力の量は!? ありえない、こんなこと、ありえるわけがないいいいいいいいいいい!!」

「あーあ、二人だけの秘密だったのに……」

「夜月……これは夢か。八雲が立っている。それも、シングル並みの魔力を引っ提げて。これは一体どういうことなんだ?」

「これが、これこそが、八雲先輩のスキルですよ」

「八雲くんのスキル?」

「はい、体の調子が悪ければ悪いほど、魔力と身体能力が跳ね上がるという馬鹿げたスキル。その名も」

「【不調で絶好調ダウナーズハイ】……だぜ!!」


 俺はゆっくりと黒島に向かって歩を進める。黒島はお化けでも見たかのように震える手で口をおさえ、じりじりと後ずさりしていく。


「わ、私が、私が負けることなんてありえない。く、く、来るなぁ……来るなああああああ!!」


 スキルを乱発する黒島。それでも、俺の体に纏った魔力壁を突破することはできない。黒島は動揺しすぎているのか、魔力の質の低い攻撃をぶっ放していた。今の俺にとっちゃ、そんな攻撃蚊ほどの威力もない。

 痛くも、鬱陶しくもない攻撃を真正面から受け止めて、黒島との距離を詰める。


「やめろ……やめろ! やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろおおおおおおおおおおお!! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、た、頼む、こ、こないでくれ……!」


 全く攻撃の効かない俺に遂には心が折れてしまったのか。魂が抜けたかのようにその場へ立ち尽くす黒島。俺は禍々しいほどの魔力を身に纏い、黒島の眼前に立つ。


「よお、編入生。さっきまでは随分とご機嫌だったじゃないか? どうしたんだ、そんなにしょんぼりしちゃって。俺は最弱じゃなかったのか?」

「ち、違う、俺は黒島秀吉。優秀な男なんだ……こんなやつに負けるわけが、負けるわけが」

「おい!!!」

「ひいっ! な、なんでしょうか?」

「歯、くいしばれ」

「い、いや、いやだあああああああああああっ、ぐおへっ!! ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ありったけの魔力を込めた拳による腹パン。黒島は物凄い勢いでぶっ飛んでいき、観客席の壁にぶち当たる。とてつもない轟音と共に、壁にひびが入る。黒島が衝突した壁は隕石でも落ちたかのような跡を残していた。黒島がずるずると壁から落ちてくる。その意識は確認するまでもなかった。


「し、勝者! 八雲隼人!!!」


 審判の宣言を合図に試合が終わる。これでようやく、みんなを見返せたというもの。俺、人気者になっちまうかもしれねぇな。八雲くん凄いって、サインを求められるかもしれねぇな。今のうちに準備でも……何でこんな静かなの?

 俺が勝ったというのに歓声はなく、場内は静まり返っていた。なんで、どうしてだ。最弱が、最下位が、編入生に勝ったんだぞ!


「や、やっぱりあいつ、見た目通り怖い奴だったんだ。ど、どうしよう。俺たちも同じ目にあわされるかもしれない……」

「どうすんだ、散々最弱とか最下位とか言っちゃたぞ。顔覚えられてないよな!?」

「は、早く帰りましょう。関わるととんでもないことになるわ!」


 あーーー、そうですよね。俺の見た目でこんなことすれば、そうなりますよね。人気者どころか、すっかり扱いが悪者じゃねぇかよ。おっと、やべぇ。視界が霞んできた。そういや、俺って、三十八度以上の熱があるんだっ、た……。

 学園での初めての勝利だというのに、その余韻を味わえぬまま、俺の意識はなくなっていくのであった。

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