第4話 基礎

「八雲、ただでさえ迷惑をかけているというのに本当にすまないな。それでも、やらないかよりはましだと思うんだ。だから頼む。私に協力させてくれ」

「いいですよ、そんなに謝らなくても。元々面倒ごとを持ってきたのは俺なんですから」

 

 八重先生から電話があった俺たちは、今日来た決闘場へ戻ってきた。この時間から使う人がいないので、貸し切り状態になっているらしい。今からここで明日の編入生との決闘に向けた特訓をすることになった。


「それにしても、どうして夜月がいるんだ? 私は夜月を呼んだ覚えはないぞ」

「ああー、夜月は俺の幼馴染なんですよ。だから、一緒に来てもらいました。駄目でしたかね?」

「全然そんなことはないが、不思議な縁もあるものだな。夜月と八雲が幼馴染だなんて」

「初めまして、夜月咲耶です。よろしくお願いします」

「すまない、私の紹介が遅れたな。八雲の担任の八重綾香やえあやかだ。よろしく頼む」

「ところで八重先生。特訓って何をするんですか? 今回戦う相手の弱点を教えてくれたりして」

「馬鹿者、流石にそんなことはできん。だが、相手はそれなりのやり手とだけ言っておこう。戦闘ランキングでは確実に五十以内に入っているだろうな」

「綾香先生はそんな相手に対してどうさせたいんですか? 普通にやったら八雲先輩が負けるのは確実だと思うのですが」

「あ、綾香先生か……す、すまん、あまり下の名前で呼ばれたことがないので驚いてしまった」

「まあ、下の名前で呼ばれるような機会があるように思えませんからね、てててててててててててっ! 痛い痛い! 深い意味はないんだって先生!!」

「お前も馬鹿にしてるんだろう、二十七歳はまだ三十路じゃないからな! 先生だって彼氏欲しいんだからな!!」

「そんなこと一言も言ってないって! 止めてくれ! 俺の唯一の長所が駄目になっちゃうーーー!」

「綾香先生、落ち着いてください。綾香先生は絶対もてますって」

「ぐすん、夜月は優しいな。私、夜月のことが気に入ったぞ」


 俺はかなり魔力を込められたぐりぐりで頭を傷つけられる。あ、危ない。特訓どころじゃなくなるっての。


「二人とも、特訓を始めましょうよ。もう日が沈んじゃってるんですから」

「そうだな。先に学食で食べてもらったからな。すまない、本当にこんな突然になって」

「いや、本当に助かってますよ。少しでも稽古をつけてくだされば俺も頑張れますって。でも先生って戦闘するんですか? いつも白衣着てますよね? 確か、事務と医療を担当していたような」

「そうだ。私は戦闘に特化していない。だから今日は簡単な戦闘の知識だけをつけに来た。お前がちゃんと知っているのか、できているのかを確認をするために来たんだ」


 戦闘の知識はバトルにおいて重要だ。スキルがバトルを左右するといっても、元になっているのは魔力。あくまでスキルは魔力を強化するものに過ぎない。

 魔力の使い方の練度はそのままバトルの強さに繋がる。仮に瞬間移動のスキルを持っていたとしても、魔力が強化されるのと一瞬で移動できるだけで攻撃手段は魔力によるものとなる。

 魔力だけでできることは少ないと前に述べたが、おろそかにしていいという意味ではないのだ。


「まず、八雲。素の状態でどれだけ魔力を練れる?」

「分かりました。ふぅー、はあああああああ!! こん、くらいですかね!」


 俺はありったけの魔力を体に纏わせる。魔力を体に纏わせることで相手の攻撃を防ぐことができる。しかし、


「素の状態でもギリギリ合格点くらいだな。それじゃあ、スキルで強化された魔力は防げない」


 スキルを発動すると、基本的にどんなスキルであっても魔力が強化される。強化された魔力をスキルを使わずに防ぐには、よほど素の魔力に自信があるやつにしか無理。だからこそ、スキルにはスキルで対応するしかないのだ。


「八雲、魔力の収束はできるか?」

「できますよ、はあっ!」

「ほう、収束スピードは中々のものだな。かなり収束させれば密度も十分なものだ。これなら相手のスキル攻撃を防げるかもしれん」


 魔力は収束させることで、質、密度が変わる。相手の攻撃を一点狙いでガードすれば、防げる可能性もあるということだ。


「……綾香先生。相手は五十位以内に入るほどの実力者なのですよね? そんな相手に一点集中でも防御できますか? 攻撃も分の悪い賭けになりますよ」

「それはそうだが、現状、八雲がスキルを発動できないなら方法はこれしかない。いいか、夜月の言う通り、素の攻撃はスキルありの魔力で簡単にいなされることが多いが、これを解消する手段が一つだけある。それは相手の攻撃タイミングにあわせて収束させた魔力で攻撃することだ。そのまま殴るか、放出させるかは好きに選べ」


 相手の攻撃タイミング、それは魔力を攻撃に集中させているということ。ほとんどの場合はガードに回せる魔力は残っていない。そこをありったけの魔力で攻撃すれば、素の魔力でも大ダメージを与えられる。

 ゆえに、魔力の比重を上手に考えながら、攻撃やガードをするのが五十以内では当たり前になってくる。ということは、


「先生の見立てでは、相手は攻撃に全魔力をつぎ込んでくると踏んでるんですね。多分そういうやつなんでしょう。最弱の俺を知っていて、俺を侮るような性格をしているんじゃないですか?」

「そこまでは答えられんが、チャンスはあるだろうということだ。八雲も、相手に侮られる経験があるんじゃないか? スキルを見せびらかしたくない相手とか」

「いや、俺の場合この見た目なので、何かしてくると常に警戒されて全力で来られます。まるで勝ち目がありません!」

「そんなことを元気に言うんじゃないよ……でも安心した。八雲はちゃんとバトルの基礎はできているんだな。今回教えに来たのは無駄だったかもしれん。時間を取らせて悪かった。おわびに、明日の新入生とのバトルで勝ったら私が何か言うことを一つ聞いてやろう! 特別だからな」

「八重先生……ありがとうございます! 明日の編入生との戦い絶対に勝ってみせますよ!」

「うんうん、その意気だ。私も明日は決闘場で応援しているから頑張ってくれ」

「いやー、八重先生そんなに優しい方なのに、なんで彼氏がいないのか不思議でならな……」

「ああん?」

「いい意味ですよ。決して悪い意味じゃないんです。褒めてるんですよ八重先生!」

「八雲……覚悟はできてるな」

「言うこと一つ聞いてもらうのって今使えないですか?」

「勝ってないから無理に決まってるだろうがーーーー!!」

「いってーーーーーーーーー!! 駄目だって先生! 不戦敗になっちゃうーーーーーーーー!」

「なんで八雲先輩ってこんなに馬鹿なんでしょうかね」


 静まり返った決闘場に俺の悲痛な叫びがしばらくの間こだまするのであった。


---


「いってー、あそこまでする必要はないだろうがよ」

「繊細な女心を分かっていない八雲先輩が悪いです……と言いたいですが、わざとですよね?」

「はい? なんのことだ? なんで俺が自ら痛い目に合わなければならんのだ」

「八重先生が自分のことを責めないように、わざとああいう雰囲気にしましたよね? 矛先を少しでも自分へ向けるために」

「なんじゃそりゃ。知らねぇよそんなこと。ったく、明日の試合に響いたら八重先生のせいにすっからな」

「素直じゃないですね。相変わらず」

「お前に言われたかねぇよ……どうだった今日一日、この学園は?」

「思っていたよりもつまんないですね。こんなところで三年間暮らすなんて苦痛でしかありません。なので、せめて二年間だけは楽しませて下さいよ」

「……分かってるって。俺もこのままスキルなしに勝てるとは思っちゃいねぇよ……ってことで、夜月にはすまないが、俺は今から自主トレするからな」

「駄目って言っても聞かないですよね。はぁー、本当にやるんですか? 別に負けてもいいんですからね?」

「いや、いい。もう俺が決めたことだ。八重先生も忙しい人なのに応援してくれるからな。俺もやるしかねぇだろ。覚悟は決めてるよ。心配させて悪いな」

「いいですよ。それが先輩だって分かってますから。勝つなら勝つで爽快にやってくださいよ」

「おう、任せとけ」

「八雲先輩……」

「なんだ?」

「……なんでもないです」

「そうかよ……」


 素直じゃない俺と素直じゃない夜月の言葉は突如として吹いた春風にさらわれて、夜の彼方へと消えていった。


---


 午前九時。決闘の一時間前に起きる俺なのだが、


「体が思ったように動かせん。こりゃ、本当にやっちまったな」


 俺は重たい足を引きずりながら冷蔵庫を開けて、液状の栄養食を飲む。これで、準備は整ったな。俺はふらついた足取りで決闘場へと向かった。


「八雲、よくぞ逃げずにここまで来たな。後は力を出し切るだけだぞ」

「はーーい、頑張りまーーず」

「うん? どうした八雲、やけに元気がないじゃないか。緊張しているのか? 大丈夫だ、なんとかなる!」

「いや、ぞうじゃないんでずよ。実は……」

「実は?」

「風邪ひきました」

「はいーーーーーーーーーーーー!?」

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