第3話 学園案内
「この学園、無駄に広いですね。普段はどうやって移動しているんですか?」
「無駄ってことはないだろうが、広すぎるのは同感だ。みんな普段は魔力で身体強化して走ったりしてるな」
「なるほど、日常的に魔力を鍛えておけということなんでしょうね。私は別に困りませんが、八雲先輩は辛そうですね」
「仕方ねぇだろ、最弱先輩なんだから。魔力を鍛えるといってもな、プライベートと仕事は分けて欲しいもんだぜ。移動時間は休憩時間に行われるだろ。そんときくらい、楽させてほしいっての」
「プライベートでも魔力を使うのがこの学園での普通ってことじゃないですか? この学園の資料をもらったとき、沿革とかに書いてありましたよ」
「あー、あの資料か。あれ、全部読んだのか?」
「一応、全部読みましたよ。入学前に生徒会長と一戦することになったので」
「生徒会長と戦ったのか!? どうだった、生徒会長は?」
「初めて負けを体験しましたよ。スキルを使って互角まではいったのですが、あっちのスキルが特殊すぎてやられちゃいました。あんな手を残しているとは思いませんでしたよ」
学園で歴代最強の人、生徒会長。本名は
「にしたってよく読んだな、あの資料を。俺は最初読んだとき、一分ぐらい時が止まったからな」
「私だってそう思いましたよ。相手を知るのが大事だって、一生懸命読んだんですよ。あの会長のプロフィール集を」
俺たちが入学するために手渡された資料。そこには、生徒会長のスペック、生徒会長の経歴、生徒会長の趣味、休日の過ごし方など、ほとんど生徒会長に関する情報しか載っていなかった。
あれを全部読んで喜ぶのはよっぽどの生徒会長好きしかいないだろう。それほどまでに濃密に詰まった生徒会長の情報。まさに変態としか言いようがない。生徒会長の変態エピソードはそれだけじゃない。
学校のホームページには今日の生徒会長の過ごし方と言われるサイトがあり、自分の一日の予定を全て公開している。そして、一日の終わりには今日の変化と題して、自分の体重や身長、自撮りの画像を色んな媒体にアップロードしている。
本人曰く、誠実さをお見せするにはこれしかないとのことだが、やりすぎである。しかし、中々にずる賢い。これこそが、生徒会長の強さの秘訣でもあるのだから。
「あれを全部読んだ人は一つの物語を読み終えた気分と評しているぐらいだからな。よくやるよ、本当に」
「生徒会長にも夢があるんじゃないですか? そこまでして、生徒会長でありたい理由が」
「……確かにな。変態エピソードは数が尽きないが、悪い噂を一度も聞いたことがないからな。誠実さを見せるという面では成功している。ちなみに、俺が編入生と戦わないといけないのって、生徒会長の考えらしいんだけど、どう思う?」
「何かしらの期待はされているでしょうね。だって八雲先輩、戦闘希望なのに戦闘面でスキルを発動したことがないでしょう? 何か秘密があると思われるのは仕方がないんじゃないですか? それに八雲先輩、見た目だけなら強そうですし」
「見た目だけならな。ったく、この見ためで得したことなんてないぞ。おかげさまで同学年で友人と呼べるような奴は一人しかいない」
俺の容姿。特筆すべきは百八十五センチというその身長。夜月も百七十センチと女性にしては高い方だが、俺とは十五センチも差がある。加えて、鋭い目つき。見るもの全てを凍らせると言われたこの目は、歩いているだけで威嚇しているように思われる。さらには笑ったときに出る尖った犬歯。悪魔の
おかげさまで、最弱と噂されるが、面と向かって馬鹿にされたことはない。俺のスキルが分かっていないのも一つの要因だろう。変なことをしたら何をされるか分かったもんじゃない。それが周りからの俺への評価である。
それでも、奇妙なことにそんな俺にも友人と呼べる奴が存在する。あれ?
ちょうど目の前から歩いてくる男、似てないか。というか本人だわ。あの爽やかさと熱血漢が混じった男、そうは見かけない。
「おおー! 八雲くんじゃないか! どうしたんだ入学式早々って……おっと、これはこれは、新入生代表の夜月くんじゃないか。初めまして、天岩学園二年生の
「ご丁寧にありがとうございます。私は夜月咲耶です。いつも、八雲先輩がお世話になっています。これからの学園生活ではよろしくお願いします」
「ははっ、お世話になっているのはこちらも同じ。僕は勉強がからっきしだからね。いつも助けてもらっているのは僕の方さ。それより八雲くん。新入生代表の夜月くんとはどういう関係なんだ? 今、とてもホットな人物なんだよ」
「腐れ縁の幼馴染だ。俺がお世話になっているのはお前だけじゃないということだ。それよりも今日はどうしたんだ? 授業は来週からだろ?」
「いやー、今日は新入生の様子を見に来たんだ。どんな子が入ってきてるのかなってね。そして、今から決闘場でバトルがあるから、それを見に行こうと思っている。少し、暇を持て余しているのでね」
「そうか。夜月、決闘場は行ったことがあるか?」
「一度だけ、会長と戦ったときに。でも、誰かがバトルしているところは見たことないですね。少し、システムに興味があります。荒武先輩、ついていってもよろしいですか?」
「構わないさ。それにしても、もう会長と戦ったことがあるなんて、君もなかなかやるね。新入生代表というだけはある」
「言っとくが、お前よりも強いぞ。考えなしに戦おうとしない方がいい」
「何、それは本当かい!? いやー、逆にそそられるというものだね。けど、今はやめておくよ。空っぽの頭でも、策もなしに戦うことはしないからね。それじゃあ、君には負ける気がする」
「そうですか? 私はどちらでも良かったのですが、それなら仕方ないですね。バトルはまたいずれ行いましょう」
「ああ、楽しみにしているよ」
同じ強者同士、惹かれるもんがあるんだろうな。荒武は現二年生の中では一、二位を争うとされていた男。戦うところを見てみたかったな。
「荒武、決闘の方は時間大丈夫なのか?」
「ああ、まだ余裕がある。歩いて行っても間に合うだろう」
「それじゃあ、行きましょうか。学園の案内はまだ始まったばかりですから」
---
決闘場とはコロシアムのようになっている屋内におけるバトル専用の施設である。こいつが学園内に数か所もあるため、敷地が途方もないくらい広くなっている。決闘場の一つは主要な施設として皆が集まる場所に設置されており、俺たちのように興味本位だったり、戦う人を分析するために観戦する人が多い。
「今日の対戦は、九十位と八十七位との戦いか。この時期によくやるぜ」
「一年生が入ってきて、順位の入れ替わりも激しくなるからね。どちらかというと、今日の決闘は私怨によるものが多いんじゃないかな。いつもバトルしているから、あの二人は」
「確か学年ランキングって、全体を合わせたものと、戦闘希望者だけのものがあるんですよね? 今言ったのは、戦闘ランキングの方ですか?」
「そうだな。基本的に決闘場で表示されるのは戦闘ランキングだけだ。全校生徒の七割が戦闘希望者のこの学園で百位以内は充分強い方だろう」
「なんか、最弱の人に強さの解説されると角が立ちそうですね。八雲先輩、あんまり他ではしない方がいいかもしれません」
「うっせーな。弱い奴でも弱い奴見たら弱いっていうし、強い奴見たら強いっていうだろうが。そんくらいは許せっての」
「荒武先輩の戦闘ランキングはいくつなんですか?」
「僕かい? 僕は何位なんだろうね。あんまり気にしたことがないや」
「八位だよ。こいつは一年生にしてシングルになった強い奴なんだ。本人は戦うことに執着しすぎて覚えてないんだろうが」
戦闘ランキングシングルとは、一位から九位までの一桁台に与えられる称号である。戦闘ランキングには三つの壁がある。一つ目は百位の壁。二つ目は五十位の壁。そして、三つめが十位の壁である。特に十位と九位では大きな差があると言われているこの学園で、八位である荒武はとても強い人間なのだ。
他が弱いわけではない。この学園に入れただけで、皆優秀ということなのだから。ただ、九位以内があまりにも強すぎるのだ。卒業して就職すれば、その企業の即戦力。エースと言われる人材になれるほどに強い。俺もいずれは越えなければならない壁だ。
「へぇー、気になりますね、荒武先輩のスキル。ここの決闘って、ログとかに残らないんですか?」
「基本的にスキルはばれるものだが、隠しているに越したことはねぇ。初見の相手には初見の強みを出せるように、生徒はログを見れないようになっている。先生側は確認できるだろうがな」
「流石に僕も会長ほど強い相手にスキルを教えることはできないね。お互いやるときは初見でできればいいね。でもどっちのスキルも知っている八雲くんが僕が負けるといっているのだから、勝ち目はないんだろうな。全く、滾らせてくれるよ」
「夜月、こいつは直感型の脳筋戦闘狂だから気を付けてくれ。目を付けられると厄介だ」
「私も分かりますよ。まだ見ぬものとの戦い。勝てなかった相手への再戦というのは燃えるものがあります。私もいずれは会長を超えて見せますから!」
「おや、こっちもパワー系バーサーカーだったわ。バーサーカ女子。略してバサ女ってワードをお前がはやらせて、いてててててててててててててっ! 嘘、嘘、嘘です! 清楚で可憐な夜月咲耶様です!」
「分かればよろしいのよ、わ・か・れ・ば!」
「分かったから止めてくれ! 俺の頭が壊れちゃう。退学になっちゃうーーー!」
「二人は仲がいいんだね。微笑ましい限りだよ」
俺は若干魔力を込められたぐりぐりで頭を傷つけられる。編入生とのバトルに響いたら、どうしてくれんだよ全く。
「二人とも、そろそろ始まるみたいだよ。決闘中は応援以外は静かにね」
「そういうマナーがあるんですね。じゃあ、静かにしとくしかなさそうです」
「はぁー、死ぬかと思った。魔力を込めんのは反則だろうが。何が新入生代表だよ。不良の代表だろう」
「ああん?」
「不屈の良心の略だよ。嫌だなー、褒めてるんだよ。ごめんごめん、次はないの分かってるから。許してねっ!」
「まあ、静かにしないといけないので今回は見逃しましょう。不屈の良心を持っているのでね」
俺は震えて上手くできない口笛を吹きながら、決闘者を見る。ああ、そういえば見たことあるな。どっちも武器のスキルだっけか。
「今日こそ、俺が倒してやるからな!」
「お前に負けるわけがないだろうが!」
「それでは、始め!」
審判の声を合図にお互いがスキルを発動する。片方は刀で、もう片方は双剣のようだ。どうやら双剣の人の方が順位が高いみたいだ。場内はそこそこ盛り上がっている。
「なんだか、決闘場でバトルするほどのことじゃないと思うのですが、どうして決闘場でバトルしているんですかね?」
「本気のバトルは基本的に決闘場以外では禁止だ。その他は教員や生徒会の許可の上だったり、誰かに襲われたときしか本気で戦ってはいけない。これは天岩学園のルールだ」
「要は変な揉め事を起こすなよということ。何かあれば、形式上に乗っ取って解決しろということだね。おや、もうそろそろ決着がつくかもしれないね」
「あんだけ序盤からぶっ飛ばしとけば仕方ないだろ。後先考えてねぇよ、あの二人は」
意地と意地のぶつかり合い。それは約二分間も続き、結局勝ったのは順位の高い双剣の人のようだ。
「まあ、こうなるのは目に見えていたんじゃないか。双剣の人の方が魔力が大分上だった。技量が同じくらいの武器同士対決となると、制するのは魔力の量だ」
「うーん、久しぶりのバトルだから何か強くなっていると思ったが、そんなことはなかったね。けど、熱いバトルを見ると気分が上がる。それはいいことだ」
「あ、勝った人の順位が一つ上がってます。負けた人も順位は下がらないんですね」
「早めの降参さえしなければ、ポイントが入るそうだ。勝ちと比べたらミジンコ程度のポイントだがな」
「八雲くん、それ最近知ったよね? 噂で聞いたけど、0ポイントなんてありえないからね」
「もう噂になってんのかよ。知らなかったんだから仕方ないだろ。荒武も知ってたなら教えてくれよ」
「まさか、僕が知ってるとでも思ったのかい? 君の発言を聞いて今知ったよ」
「……だよな。全部俺が悪いんですよねー」
「先輩、本当に編入生に勝てるんですか? スキルなしの魔力とスキルありの魔力じゃ質と量に差があるんですよ。どうやって立ち回るつもりなんですか?」
「ほう、八雲くん、編入生と戦うのかい? これまた一体どういう風の吹き回しかな?」
「はぁー、実はな……」
俺は編入生とバトルするに至った経緯を説明する。話を聞いていた荒武はなにやら興奮しているようだった。
「面白いね。最弱で最下位の君と優秀な編入生を戦わせるなんて。会長も面白いことをするな」
「実際に言葉にされると悲しいから、もうちょっとオブラートに包んでくんね?」
「事実なんですから仕方がないじゃないですか。いつ行われるんですかね? 荒武先輩も見てみたいですよね?」
「もちろんだとも。会長に期待されている君のバトル、ぜひ見てみたい。なんやかんや言っても、君がスキルを発動しているところを見たことがないからね」
「分かったよ。日取りが決まったら連絡する。それでいいか?」
「うん、楽しみにしているよ」
俺たちは学園の案内の続きをするために、荒武は他に用事があったため、ここで別れることとなった。俺的には友人とはいえ、あまりスキルを見られたくないんだけどな。荒武とも、いつかは戦うんだろうし。
それから俺たちは学校の施設を順に見て回った。屋内プールやトレーニングジム。カフェや他のグラウンドの場所など色んな施設を紹介した。主要な施設を紹介し終わるころには日が沈もうとしていた。
それでも、この学園の全てを紹介できていない。それほどまでにこの学園は広いのだ。しかし、そのどれにしたって、夜月の目を輝かせることはできなかった。
「なんか、あれですね」
「あれとは?」
「無駄に広いだけで、施設の充実さを比べたら、家とあんまり変わりませんね。娯楽施設がない分、劣っているように思えますよ」
「そういうと思ったよ。ま、俺も同感だけどな。一日でそれが分かったんだ。いいことじゃないか。こんな田舎で周りには何もない。あるのは豊かな自然だけだ。どうだ、ここでの生活は?」
「別に期待するようなことはありませんね。そつなくこなして、卒業の資格を取ったら家で働くだけですから。でも、会長への借りは何としてでも返したいですね」
「そりゃ、目標が高いことで……おっと電話だ。ちょっと出るな」
こんな時間に電話なんて珍しい。しかも相手は八重先生からだ……嫌な予感しかしないな。
「もしもし、八雲ですが、どうかされました?」
「八雲か……その、すまない。編入生とのバトルなんだが、明日の午前中になってしまった」
誰が言ったか知らないが、嫌な予感とは往々にして当たるものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます