第2話 幼馴染

 入学式とは新たな生活への始まりの一歩である。入学式を経験して、ようやく学園に入れたことを実感する人が多いのではなかろうか。天岩学園は素晴らしいところだ。見るもの一つ一つが新鮮に感じることだろう。うきうきのわくわく、ルンルン気分で初日を迎え、二日目を迎え、三日目を迎える。そして、四日目にして気が付くのだ。あれ、この学園広すぎじゃねって。

 この学園の総面積はどれくらいあるのか分からないほど広い。寮から受講室まで意外と遠い。その他の施設も自転車を使わないと辛いくらい。最新鋭、最先端を目指して作られたこの学園から新鮮さが消えると、残されたのは目に見えなかった不便さだけなのである。


「はあー、遠い。なんで移動するためだけに魔力で身体能力を強化せにゃならんのだ。講堂くらい主要な場所に置いといてくれ……」


 俺は憎まれ口を叩きながら、講堂へ走って向かう。一年経ってもどこからどこまで歩いたら何分かかるか分かっていない。普段使わない施設ならなおのことだ。この季節には似つかわしくない汗水を垂らしながら俺は学園を駆け抜ける。頼む間に合ってくれ。せめてあいつの挨拶までには。

 俺は何とか講堂へたどり着く。そこには新入生の様子を見に来た生徒や先生たちで満席だった。俺は壇上を見る。


「私たち新入生一同は、天岩学園の生徒として恥じることのないように、この学園での生活を送っていきたいと考えています。一日でも早くこの学園での生活に慣れ、天岩学園で活躍できるように日々精進していきます。どうぞよろしくお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました。新入生代表、夜月咲耶よるつきさくや


 新入生代表挨拶が終わると、一礼をして、自分の席に戻っていく。今、挨拶をしたのが厄介な腐れ縁を持つ俺の幼馴染、夜月咲耶である。凛とした姿に、漆黒の髪を束ねたポニーテール。幼さを残しながらも綺麗な顔立ちと、強い光を宿したその瞳は、見るもの全てを引き込む魔力を持っている。

 そんな彼女が新入生代表挨拶を任せられているということは俺とは違って、とても優秀であるということ。なぜなら、新入生代表挨拶は新入生で一番優秀であったものがすることになっているからだ。しかし、人間見た目だけでは判断できないことがたくさんある。ゆえに、


(絶対に途中から参加していることに気付かれているよなー。マジでミスったわ)


 いつもならこんなミスはしないのだが、今日は八重先生に呼び出されて早く起きなければならなかった。寝ぼけ眼をこすりながらボーっと動画を見ていたのが良くなかったな。まあ、途中からやってきたからお咎めなしということにしてもらおう。

 次に在校生代表挨拶が行われるのだが、俺は興味がなくなったとばかりに踵を返して講堂を出る。さて、さっきの動画の続きでも見るか。俺は体に張り付いたシャツを扇ぎながら、元の屋上へ帰ることにした。


---


「……うっ、うーん。おや、俺は寝ていたのか。今日は比較的風も吹いていて、気持ちいいからな」


 屋上に戻った俺は動画を見ながらごろごろしていたのだが、すぐに眠くなって寝てしまっていたようだ。春はまだまだ日差しが心地いいから、こんな場所でも寝れてしまう。俺は今は何時かと確認しようとしてスマホを開く。


「はあ? ああん? なんじゃいこりゃ?」


 メッセージアプリを見ると、五十を超えるほどのメッセージが届いていた。俺がアプリを確認すると案の定、メッセージを送ってきた相手は夜月だった。俺は内容を確認する。


(「入学式が終わりました。今どこにいますか? 学園を案内してください」)

(「八雲先輩、途中から入学式参加してましたよね? 私ちゃんと見てますから」)

(「私が入学したら案内するって約束でしたよね? まさか、あの後寝たんじゃないですよね?」)

(「未読無視とはいい度胸ですね? 後でどうなるか分かっていますよね?」)


 そこから残りの件数は全て、笑顔のスタンプの連投である。ええーと、メッセージが来たのが十一時で、今が十一時三十分。……終わったかもしれない。確かに今日案内するっていう約束をしていたが、まさか入学式が終わってすぐだとは思わねぇって。俺の記憶では入学式が終わったら、新入生の交流みたいなものがあったはずなんだがな。


(「あれ、既読がつきました。今、どこにいるんですか?」)


 俺は長い息を吐く。これは覚悟をするしかなさそうだ。俺はできるだけ丁寧に返信をする。


(「夜月様、申し訳ありません。用事があって出ることができませんでした。今からお迎えに上がらせていただくので、場所を教えてもらってもよろしいでしょうか?」)

(「用事があったとかバレバレの嘘つかないでください。まあ、殊勝な心掛けはいいですけど。今は講堂の前にいますからよろしくお願いします」)


 俺は胸をなでおろす。あんまり怒ってはなさそうでよかった。それにしてもまた講堂の前か。走るのも面倒くさいし、ゆっくり向かえばいいか。


(「あ、八雲先輩。歩いていこうとか考えてないですよね? どれくらいの時間でこられるかタイマーをセットしておくので、ご自分でペースを考えてやってきてください」)


 ……前言撤回。まあまあ怒ってるわ。ったく、せっかくいい感じにシャツが乾いたっていうのに。ま、用事があるかもしれないのに寝てしまっていた俺が悪いな。ということで、


「ああー、なんで最弱と呼ばれてる俺が、一日に何度も魔力を使わんとならんのだ。しかもどうして、講堂はこんなに遠いんだよ」


 春真っ盛りに、文句を垂らして学園を走り抜ける。これが青春だって?

 そんなことはないということを今から身をもって体感しに行くのであった。


「はぁー、はぁー、づかれたー。あいつはどこだ?」


 何とか(二度目)講堂へたどり着いた俺は辺りを見回す。彼女のいる場所はすぐに分かった。そりゃそうだ。夜月の周りだけ人がいないのだから。本人が近寄るなオーラを遺憾なく出している。これには新入生で優秀な生徒といっても誰も話しかけないだろう。俺は恐る恐るといった様子で夜月に近づいて話しかける。


「よう、夜月。待たせてすまない。まずはご飯でも食うか?」

「ご飯ですか。いいですね。私もお腹が減っていました。当然奢ってくれるんですよね? ですよね?」

「はい、もちろんのことでございます。何をご所望でしょうか?」

「ジャンクな奴がいい。ここらへんで食べられる場所知りませんか?」

「どうだろう、学校の食堂にはあると思うが。どうする?」

「学校の食堂は生徒は無料でしょうが! 先輩、本当に奢る気あるんですか?」

「いや、夜月も知ってんだろ。ここら辺田舎すぎてファストフード店も遠いんだって!」

「じゃあ、どう落とし前付けるんですか? 私、ここで四十分も待たされてるんですが?」

「……従います。今週は夜月の命令に従うことを誓います」

「よろしい。それじゃあ、学食で食べましょうか。私もうお腹ペコペコなんですよ」


 こいつ。俺に従わせるようにするために、わざと無理難題を押し付けたな。けど、俺が全部悪いから何も言い返せない……!

 新入生を除いた周りのみんなは唖然としていた。無理もない。学園最弱の男が新入生最強の人間と親しげに会話をしているのだから。それに夜月家といえば言わずと知られた名家だ。夜月が知ってか知らずか、自然と注目が集まっていた。


「すげえ、流石一年生で最も優秀な人。もう先輩をこき使ってるよ」

「あんな人を手下にできるなんて相当強いのね。どんな力があるか確認しとかなきゃ」


 気が付かぬうちに、さらに注目を集めていた俺はびっくりしたが慣れてはいた。夜月といると、こんなことはしょっちゅうあるからだ。


「何やってるんですか? 案内してくださいよ、最弱先輩」

「分かったよ、最強後輩。俺からはぐれるんじゃねぇぞ」


 俺は周りを気にせずに食堂へと進んでいく。ちらりと横目に夜月を見る。全く、何がそんなに嬉しいんだか。夜月は満面の笑みで俺の隣をついてくるのであった。


---


 この学園の施設は学食に限らず基本無料で扱える。屋内プールにトレーニングジム、サッカー場やテニスコートなど、学生が活動するような施設は軒並み揃っている。この学園はそもそもの敷居が高い。入れるだけで将来の安泰は約束されたようなものと言われるほどだ。政府によって援助され、この日本を担っていくとされる人材を輩出する学園。それこそがこの天岩学園の意義なのだ。

 まあ、施設は揃っているとは言ったものの、前にも述べたとおり、娯楽施設は無いに等しい。こんな田舎に作られているのも、容易に外で遊ばないようにしているのではないかと思えるほどだ。だから、服を買うとか映画を見たいとか思っていなければこの学園を出る機会は少ない。娯楽のことさえ考えなければ生きていくことができる。


「学食、悪くないですね」

「まあ、一日目だからな。そんなもんだろう。これが一か月を過ぎる頃にはお前も飽きてくるはずだ」

「八雲先輩は牛丼に豆腐、サラダに味噌汁って、どっかの牛丼チェーン店ですか?」

「それでいいんだよ、それで。お前は分かっちゃいない。何も選びたくない時の安定メニューの存在を」


 学食のメニューは色々あるが、一年経てば食べていないメニューは存在しなくなる。そして、どのメニューにも飽きてしまったときのために、これだけは毎日でも食べられるというメニューを見つけておくのは大事なのだ。


「それよりも夜月、こんなところで俺と遊んでいていいのか? 普通は同学年との交流があるだろう?」

「いいんですよ。別に興味ないんで。私は先輩といる方が楽しくていいんですよ。四十分も待たされたとしてもね?」

「いや、本当に悪かったって。てっきり一年生同士の交流イベントでもあると思ってたんだ。だから、お前の晴れ舞台を見ただけで満足してしまったんだって」

「その晴れ舞台も途中からでしたけど、何か言い訳がありますか?」

「……ないです。全部俺が悪いです」

「それにしたって珍しいですね。私との用があるのに寝てしまうなんて。夜更かしでもしたんですか?」

「いや、今日は朝が早くてな。担任の先生に呼び出されたんだ」

「この学校、担任の先生なんているんですか? てっきり全部自由行動だと思ってましたよ」

「一応、全員が自由だと受講室が満員になるだろ。そうならないように、クラス分けをして、それぞれが受ける授業の時間帯がばらけるようにしているんだ。要は大学と同じようなもんだ」

「なるほどですね。それでも、ほとんど形だけの関係ですよね? どうやったら、担任の先生に呼ばれることになるんですか?」

「ああ、それは俺がこのままだと退学処分を受けるからだ。それをなんとかしようとしてくれている」

「良かったじゃないですか! これで気兼ねなく夜月家の企業に就職できますね! 八雲先輩、頭だけはいいんですから」

「何喜んでんだ、はっ倒すぞ。……そういうわけにはいかねぇんだよ。言ってなかったか、俺がこの学園に入学した理由?」

「亡くなったお父様との約束を果たすためですよね。知っていますよ。でも、八雲先輩……」

「分かってるよ。俺のスキルは扱いが難しい。お前の言いたいことも分かるが、父さんとの最初で最後の約束なんだ。好きなようにやらせてくれ」

「……分かりましたよ。それで、退学処分を免れる方法はどうなっているんですか?」

「このまま希望を変えるか、今度編入してくる奴との勝負に勝つかの二択だ。俺は後者を取った。じゃないと約束が果たせなくなるからな」

「はぁー、全く無茶しますね。まあ、応援してますよ。でも、あんまり気負わないでください。なんかあったら、家がサポートしますから」

「……ありがとな」


 夜月咲耶、こいつとは幼稚園からの幼馴染だ。見ての通り、俺はずっとこいつに尻を敷かれるような関係にある。夜月家とはいつしか家族ぐるみでの付き合いとなり、俺たち互いの家族は本当に仲が良かった。父さんが病気になったときも、最新の技術とサポートを無償で提供してくれた。

 俺の父さんが亡くなったときも何もする気の起きない俺と母さんの代わりに何から何まで全てやってくれた。本当に感謝しかない。だからこそ、今でも母さんや俺のサポートをしてくれているお前にこれ以上負担をかけたくないんだよ。


「というか先輩、どうやってこの学園に入学できたんですか? 筆記試験もありますが、実技試験もありましたよね? どうやって乗り越えたんですか?」

「あれか。あんときはどうしようか悩んだが、ちょうど前夜から緊張して寝不足だったからな」

「ああー、なるほど。それならなんとかなりますね。……ふぅー、ご馳走様さまでした。八雲先輩、この後もしっかりと案内の方、よろしくお願いしますよ!」

「任せとけって、迷惑をかけた分はしっかりと働くさ」


 こうして俺たちは学園を散策することになった。この学園は広すぎる。一日で紹介が終わればいいが。

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