第11話 休日






 翌日は土曜日で、学校が休みだった。

 バイトも入れてないし、セレスは一度、アジトに戻ると言って外出している。


 これといった用事も無く、ソファーに寝転がって、のんびりと過ごしていると、ピンポンとインターホンが来客を報せる。


(・・・・・行きたくないな。)


 首だけを起こして反応を見せたものの、立ち上がる気力が湧かない。

 その最たる理由は、先日の訪問者がセレス・アルトウェルトだったからだろう。

 何の根拠も無いのにも関わらず、嫌な予感だけが身体を重くする。


 とはいえ、行かない訳にもいかない。

 今度はモニターも見に行かず、直接玄関まで歩を進める。

 扉を開ける。


「こんにちは。」


 そこにいたのは、結衣だった。

 休日なので当たり前だが、制服ではない。

 白のカットソーに紺色のカーディガンを着込み、ふんわりとした生地のワイドパンツを履いている。 余所行よそいきのお洒落な格好だ。


(なんでここに?)


 訝しむように俺の目がすがられると、彼女はやや早口で弁明した。


「ちょっと近くに来たから、ここに来たのよ。昨日、ちょっと元気無かったみたいだし。」

「それはありがたいが、連絡してくれれば良かったのに。」

「本当に寄っただけだから。」


 そういうなら、それでいいけど。


「取り敢えず、上がるか?」

「良いの?」

「駄目な理由が無いだろ。」


 肩を竦める俺に、結衣は何か物申したげに口元を動かした。

 しかし、その唇が紡いだのは、腹の奥から出た音ではなかった。


「それなら、お邪魔するわ。」


 家の中へと招き入れると、彼女は忙しなく視線を彷徨うろかせる。


「前と変わってないわね。」

「変えるのが面倒だからな。慣れてるのが一番楽だ。」


 セレスが来てからも家具の配置などは変わっていない。彼女から何らかの要望が有れば、今後変わるかもしれないが、今はそのままだ。


「中学生の時からそう言ってるわよ?」

「成長するのって難しいよな。」


 すると、結衣は呆れたように息を吐いた。

 まぁ、彼女が真に呆れているのは、俺の無精気質では無いだろうが。

 その事を理解しながら、変えるつもりはなかった。


「何か飲むか?」

「今はいいわ。ありがとう。」


 リビングまで移動すると、二人並んでソファーに腰掛ける。

 特にやることも決まってなかったので、楽しく時間を潰せる娯楽を選んで、提案する。


「どうする?ゲームでもするか?」

「それも良いけれど、その前にご飯、しっかり食べてる?」

「食べてる。その辺りはちゃんとしてるぞ。」


 迷宮攻略特殊部隊にいた時の名残で、睡眠、食事、運動はしっかりとコントロールしている。

 そういったものを疎かにすれば、いざと言う時に力を発揮出来なくなる。

 当たり前とされるものこそ、地道に積み重ねていくことが肝要だ。


 彼女はじっと俺を見つめた後、嘘偽りはないと判断したのか、細い顎を何度か縦に揺らす。

 そして、安堵と無念の入り交じったような声を出した。


「そう。残念ね、私がご飯作ってあげても良かったんだけど。」

ちなみにカップ麺は料理に含まれないぞ。」

「普通に作れるわよ。」


 咎めるように目尻を上げて、視線を鋭くする結衣。

 俺は初めて知ったとばかりに肩を竦めると、頬を摘まれ、軽く引っ張られた。


「減らず口ばかり言うのは、この口かしら?」


 にんまりと笑って、ぐにぐにと俺の頬を弄り回す。

 何が楽しいのか、分からないが、随分と満悦そうにしている。


「・・・・・」


 なされるがままの俺は無言の状態で、長閑のどかな時だけが刻々と流れる。

 そんな中、頬を引っ張られているせいか、俺の視線と彼女の視線が不意に絡み合った。


 未来に展望を抱く深紅の瞳に緊張が走る。

 瞳の奥にある柔らかな光が大きく揺らぎ、ふっくらとした唇から吐息が零れた。

 僅かに強ばった顏は壮麗で、瀟洒しょうしゃに飾られた肢体は豊満。

 分かりきった事を俺は改めて再認識する。

 如月結衣は、容姿一つとっても魅力的な女性なのだと。


 その一方で、心の奥は急速に冷えていく。

 彼女が魅力的だと分かれば分かるほど、どっしりと重たい感情が胸を押し潰し、心臓がきしむような感覚に襲われる。


「痛かった?」


 そんな俺の感情を知ってか知らずか、彼女は俺の頬から手を離す。

 伏せ目がちな目は斜めに向けられていて、もうこちらを見ていない。


「痛いわけないだろ。」


 俺は嘘をついた。

 塗炭とたんのような苦痛が胸を侵しているが、内心を気取られぬように取り繕う。

 尤も、少し寂しげに「そう」と頷いた結衣の反応を見るに、どれほど意味があったのかは分からないが。


 それから改まって、俺達はゲームをした。

 何事も無かったかのように白々しく。

 ただ大きな心の傷から目を逸らす余り、小さな胸騒ぎを俺は見逃していた。

 その事に気付いたのは、ほんの数時間後のことである。





 本日、2度目のインターホンの音色によって、俺は状況の不具合に気付いた。


(やばい、セレスの事をどう説明する?)


 物凄い勢いで打開策を思索するが、良案は浮かんでこない。精々、浮かぶのは、脂汗ぐらいのものだった。


「誰か来たわよ?」


 衝撃を受けたように身を固くする俺の隣で、目をぱちくりと瞬かせる結衣。

 「寺西さんかしら?」と最もこの場を訪れそうな知人の名前を予想している辺り、見知らぬ人物の可能性をまるで考慮していない。


 そんな彼女に「同棲中の女性だ」とセレスを紹介すれば、慌てふためき、凄まじい勢いで詰問されること疑いなかった。


 しかし、行かない訳にもいかない。

 明らかに不自然だし、セレスからの信用も失う事になる。

 一向に動こうとしない俺を不審に見つめる深紅の双眸に促されるように、俺は玄関口へと向かう。

 何やら既視感のある光景だ。

 何故、2度もこんな想いをしなければならないのか、と恨み言を心中唱え、俺は修羅の門を開けた。


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元迷宮攻略特殊部隊の探索者 沙羅双樹の花 @kalki27070

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