第9話 守護者





「貴方は私の能力をチートだと称しましたが、貴方のそれも充分でしょう。4つの《固有魔法》を保持するだなんて、普通では考えられませんから。」

「まぁ、それは認める。」


 傲慢でも、自惚れでもなく、俺は頷いた。

 孫子曰く、敵を知りて、己を知らば、百戦危うからず。

 自分の強みは何処なのか、周囲と比較して何が優れているのか。

 少なくとも、俺はそれを自覚しているつもりだ。


「じゃないと、迷宮攻略特殊部隊なんて入ってなかった訳だしな。」


 迷宮攻略特殊部隊とは、迷宮庁の保有する特殊部隊の事だ。


 ──可及的速やかに迷宮を破壊する。


 この言葉を標語に、年齢、性別を問わず、日本最高峰の人材を集め、最先端技術を持って、迷宮災害に当たる軍事組織。

 一部では、日本最高のRTA集団なんて揶揄もあるが、余人に真似出来ないという面に於いては、正しい評価だ。

 実際、他の軍事組織や民間軍事企業などと比較して、飛び抜けた業績を誇っていた訳なのだから。


「そうですね。それなら、そのお力をこれからも頼りにさせて頂きます。」


 生殺与奪の権限を握っておいて、頼りにさせて頂くも何も無いだろう。

 俺は心中、不平を述べたが、彼女の優美な微笑みが魅力的だったのは、否定出来なかった。





 それから数度ほど半魚人サハギンとの開戦を交え、行き止まりへと差し掛かる。

 そこは水の終着地の一つ。

 巨大な湖だった。


「天国か、地獄か、まったく分からない場所だな。」


 俺は苦々しく吐き捨てる。


 成程、地下湖は絶景である。

 水底まで目視できるほどに澄んだ水、水底には真珠が白く輝き、湖面は蒼く光っている。

 その青白い光を長く伸びた真珠の鍾乳石が薄く反射する。

 水の精霊が住んでそうな幻想的な風景。


 しかし、円形に広がる湖畔には無数の半魚人の姿が寝そべっている。

 恐らく、水中にはより多くの半魚人が潜んでいることだろう。

 生理的嫌悪を誘う半魚人の群れを想像すると、正直、背筋が凍る。


「コアが有るのは、湖の先のようです。」

「・・・・・湖の下にある抜け道ってことか?」

「はい。」


 『迷宮』には、屡々しばしば、そういった通路や仕組みが有る。

 ゲームになぞらえて『隠し通路』と言う人もいる。

実際、『迷宮』とゲームの相似性は否定できない部分が有る。


「分かってると思うが、コアの近くには『守護者ガーディアン』がいるぞ。」


 ゲームのように『迷宮』のボスのような存在がいるところなど特にそうだ。

 コアを破壊されないためなのか、第五元素エーテルが最も濃い場所だからかは不明だが、コアの近くには必ず強力な魔物が潜んでいる。


「ここで戦闘になったら、『守護者』もこっちに来る可能性が有る。幾ら雑魚の集まりだって言っても、『守護者』含めて戦うのは得策じゃないんじゃないか?」


 勝てなくは無いだろうけど、無意味に労力を消費するのは、余り好みではない。

 俺なら、別のルートを模索する選択肢を一旦、取る。

 しかし、セレスの決断は違った。


「いえ、あそこにいる半魚人サハギンを一掃したあとで、『守護者』と戦えば問題ないかと。」


 決然と言い放つ。

 その横顔には、紛れもない確信が浮かんでいて、彼女の眼差しは未来の風景を捉えているように見えた。


「私が半魚人を一気に倒すので、『守護者』が来たらお任せしても良いですか?」

「問題無い。」


 各個に対応可能ならば、反対する理由も無い。

 俺は二つ返事で頷いた。


「では、行きます。」


 エーテルが活性化する。

 小さな手を一度、握りしめて、開くと、結晶体で構成された長杖が顕現する。


(空間魔法!こいつ、こんなのも使えたのか!)


 驚きに目を瞠る俺を横目に、セレスは杖先で地面を叩いた。

 すると、そこを起点に地面が凍てつき始める。

 その速度は急速に増していき、扇状に広がっていく。

 やがて半魚人を捉えると、忽ちの内に氷像へと変えてしまった。


 無詠唱で行われた広範囲冷凍攻撃。

 水辺でやるのがえげつない。


 後に残ったのは、銀世界。

 凍った湖と生きたまま氷漬けにされた半魚人の群れのみだ。


「来ます!」


 呆けている俺に叱責を飛ばすようにセレスは叫んだ。

 瞬間、凍った湖が割れる。

 そこから飛び出したのは、耳が割れんばかりの爆音と下半身が魚の女。

 人間と見間違うほど麗しい顔、長く伸びた青い髪は惜しげも無く晒された白い肌に張り付き、乳房を隠す。

 下半身は魚の尾のようになっていて、青い鱗がびっしりと生えている。

 一言で言えば、人魚だ。


「来るのが早いんだよ!」


 気を取り戻した俺は、慌てて魔導武装の切っ先を人魚へと向け、極大の雷矢を発射する。

 稲妻を迸らせながら突き進む熱光線は、途上の氷を一瞬で溶かし、沸騰させる。


『キィァァァァ!!』


 迫り来る熱光線に向けて身体を反転させた人魚は、口を大きく開け、音魔法を発動する。

 魔法は、他の魔法によって威力を軽減したり、妨害する事が出来る。

 魔法を構成する第五元素エーテル同士が干渉し合うからだ。


 空間を波状に揺らす音の衝撃波と熱光線が衝突する。

 ひしめめき合う魔法と魔法。

 それを制するのは、より強力な魔法。

 決着は一瞬で付いた。

 僅かな均衡の後に音の波を熱光線が貫き、人魚の肉体を飲み込んだ。


 第五元素が含まれる魔物の肉体や探索者の身体は、魔法や衝撃に対する耐性が有る。


「出オチ野郎め。」


 されど、《勝利の雷矢ヴィジャヤ》は並大抵の魔法ではない。

 それこそ魔法の中でも飛び抜けて強力なものの一つだ。

 幾ら『守護者』といえども、この程度の『迷宮』の魔物が生き残れるほど生易しくない。


 強力なはずの『守護者』は、あっさりと命を落とし、血のように赤い魔石へと姿を変え、ぽちゃりと湖に沈んで、泡を立てた。

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