第8話 青の洞窟
『迷宮』内は、洞窟のようになっていた。
足元には青く光り輝く水が流れ、天井は乳白色の鍾乳洞で覆われている。
地盤が剥き出しの壁面には、微かな光を放つ苔が繁茂し、反射する水面の光が揺蕩っている。
青の洞窟。
その一言に万感の思いを抱くような幻想的な光景だ。
毎回思うが、『迷宮』の風景は、なんでこう、綺麗なんだ。
壊すのが悪い気さえする。
「綺麗・・・・・」
ひんやりとした空気に恍惚とした声が響く。
思わず視線をやると、セレスは自分でも驚くように目を見開き、口許を手で覆っている。
どうやら無意識だったらしい。
知らないフリしてやるのが、良いか。
俺はふいと顔を背ける。
「ごほん、何か気付いたことは有りますか?」
気恥しげな咳払いを一回。
気を取り直したセレスが漠然とした質問を投げかける。
何に対する質問かは、言うまでもないだろう。
この『迷宮』に対する所感を語れ、と言うことなのだろう。
「洞窟みたいだし、一直線にコアのところに向かうのは難しそうだな。挟み撃ちに合う可能性も高い。それと流れがあるみたいだし、地下湖みたいな場所があるのかもしれない。」
「迷宮の難度はどう思いますか?」
「そんなに高くない。高い奴は、肌感覚ですぐに分かる。」
魔法の発動と同じだ。
『迷宮』に含まれる第五元素の量や強さを直感的に俺達は感知出来る。
その感覚に従えば、この『迷宮』は大したことない。
ファームよりもちょっと上ぐらいだ。
「分かりました、進みましょう。」
その言葉を初めに探索が始まった。
前衛は俺、後衛はセレス。
この配置になったのは、俺が戦闘以外では大して役に立たないからだ。
当たり前だが、行軍というのは、ただ進めばいいという訳では無い。
行軍中に強襲を受けて、打撃を受けないように注意しながら進む必要性がある。
その為には、周囲の地形や敵の反応を探知する必要性が有るのだが、俺には探知魔法の才能が乏しい。
自分で言うのも何だが、戦闘にスペックが全振りされている。
結果として、探知魔法も使えるというセレスにナビゲートされている状態となった。
洞窟は、三叉路のような分岐が多く、奥に進めば進むほど分岐が増えている。
これじゃ迷宮と言うよりも、迷路だな。
「・・・・・止まってください。」
服の袖を掴み、押し殺すような声で制止する。
目を合わせてアイコンタクトを取る。
セレスは無言のまま、左手で右の回り角を指差す。
過度な水音を立てないようにゆっくりと移動し、進行方向を覗き込む。
そこに居たのは、人型の魔物。
2本の手足を持ち、人間のような体型をしている。光沢のある青い鱗がびっしりと全身を覆い、
頭部は人のものでなく、魚のようにのっぺりとしている。
正直、エイリアンって言った方が早いかもしれない。
背筋を寒くする生理的な嫌悪感を無視して、セレスの方を向き直る。
そして、小声で問う。
「どうする?」
「なるべく戦闘は避けたいところです。」
「でも、この距離だ。隠れながら進むのは難しいぞ。」
「なら、可能な限り、素早く倒しましょう。」
了解。
俺は心の中で頷くと、刀型の魔導武装を引き抜く。
身体を壁に押し付けつつ、曲がり角から刃の先端を出す。
魚人の虚ろな目がこちらを捉えたのと、照準が合ったのは、殆ど同時だった。
「《固有魔法》起動。《
外部入力から、魔導武装へと情報が入力される。
本来、魔導武装に登録されていない魔法だが、魂に刻まれた情報を入力することで、魔導武装越しでの使用を可能にする。
刀の切っ先へと白い光が収束し、空気を焼き焦がすような音を立てて、オゾン臭を発生させる。
そして、雷の矢が放たれる。
一条の閃光が音を置き去りにして走り抜け、半魚人の片割れを飲み込んだ。
雷光の矢などと生温い言い方をしたが、直径1mを超え、太陽の表面にさえ匹敵する熱量を誇る光線は、SF的な
畢竟、後に残るのは煙を上げながら沸騰した水面と蒸発した魔物がいた最後の証拠である魔石だけだった。
「──ギシャァ」
もう片割れの半魚人が叫ぼうとするが、それよりも早く放たれた二発目の雷矢が断末魔ごと焼き尽くした。
「やっぱりあんまり強くないな。」
出力は抑えた方だったんだが。
煙を上げる魔導武装の先端を水に浸し、冷却する。
基本的に魔法の影響範囲というのは、
今、撃った雷撃は俺やセレスに感電していないのが、いい例だ。
またこれは、ある種の『裸の特異点』が世に溢れてしまった現代でも、科学技術が維持されている理由でもある。
とはいえ、魔法を使用する魔導武装は、魔法や魔法使用時の負荷の影響を免れない。頑丈な造りになっているとはいえ、外部入力した魔法に何時まで耐えられるのかは、ちょっと読めない。
「今のが貴方の《固有魔法》でしょうか。」
「これもだ。全部で4つある。」
戦慄する声に淡々と返す。
その内、全部戦闘向けで、探索系の魔法で無かったのは、不運と言わざるを得ないが。
ざぁざぁと流れる水の音が浮き彫りとなる。
「貴方は私の能力をチートだと称しましたが、貴方のそれも充分でしょう。4つの《固有魔法》を保持するだなんて、普通では考えられませんから。」
「まぁ、それは認める。」
傲慢でも、自惚れでもなく、俺は頷いた。
孫子曰く、敵を知りて、己を知らば、百戦危うからず。
自分の強みは何処なのか、周囲と比較して何が優れているのか。
少なくとも、俺はそれを自覚しているつもりだった。
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