第7話 武力を信奉する時代




 『迷宮』は、至る所に点在している。

 桜花学園のファームのように、街中にある迷宮は希少だが、人の少ない郊外や山の中に行けば、それなりに目に入る。


 ただそういった『迷宮』を活動の場として選ぶ探索者は、先ず居ない。

 単純に行き来が不便だと言うのもあるが、そういった迷宮は、異空間を構成する第五元素エーテルが少ない可能性が高い。


 第五元素エーテルが少ないと、エーテルの塊であるエーテル結晶体は先ず存在しないし、魔石に含まれる第五元素エーテルも若干だが、少なくなる。

 要は、金にならないのだ。


「態々、こんな辺鄙へんぴな場所に来る必要性があったのか?」


 だからこそ、山の中へと連れてこられた事に、俺は面食らった。

 辺りを見渡せば、鬱蒼とした木々が乱立し、葉の隙間から木漏れ日を落としている。

 緩やかな斜面は、地面が剥き出しになっていて、一歩進む度に柔らかな感触を足に返す。


「人目を避ける為です。」


 セレスは、山道を悠々と進んでいる。


 人目を避けるね。

 口の中で言葉を転がし、前方を歩くセレスを見遣みやる。


「お前、何処かの組織に追われてるのか?」

「追われているというほど目立った接触はありません。ですが、目撃情報自体は有るでしょうね。それを異変と捉えているのかは、分かりかねますが。」


 体感的にだが、そのくらいなら平気だろうと思った。

 セレスは、普通とは異なる経歴を持つ存在だが、外部から見た時、普通の人間と大差がない。

 俺がそうであったように、迷宮で見掛けても、探索者の1人ぐらいに考えるのが自然な所だ。


「何にせよ用心に越した事はありませんよ。」

「それもそうか。」


 とはいえ、セレスの用心も否定出来ない。

 誰が何処で何を見ているのか分からない時代であるし、探索者は究極的にはヤクザな商売だ。

 国家や裏組織だけではなく、企業ですら完全には信用は出来ない。


 敢えてヤクザという表現をしたが、これは非合法という意味合いではなく、武力を背景とした経済活動であるという事だ。


 迷宮が発生する以前は、武力とは国家が保有し、管理するものだった。

 特に日本はその傾向が強く、幾ら個人として強かったとしても、プロボクサーや格闘家といったスポーツの類でしか、金銭を稼ぐ事が社会的に認められていなかった。


 だが、探索者という職業が生まれて、大きく事態は変化した。

 武力を背景に金銭を稼ぐ事が社会的に認められ、探索者でも数億、数千万と稼ぐ者も現れた。


 言ってしまえば、武力の民主化が行われたのだ。


 この影響によって、


 ──力こそ正義


 そういった思想を持つものも現れ、社会に対して1つの大きな機運を作っている。


 大袈裟であると考えるものは、別のもので置き換えると分かりやすいだろう。


 例えば、知識や経験だ。

 これを背景にして、経済活動を行うとなると、コンサルタントであったり、士業のように専門知識を活かす職業になる。


 こういったものが風靡ふうびしていた時代に、学力や頭の良さが正しいという考え方は流行っていなかったか。

 いや、流行っていた筈だ。


 他にも、人気を背景に経済活動を行っていたインフルエンサーや配信者という職業が生まれた頃、人々には、先ず人に注目して貰うという考えが浸透していた筈だ。


 社会には、根底となる考え方が有り、その時々によって流行トレンドが存在する。


 現在、その流行は力を信奉するものとして発現し、かつての戦国時代のように、武断的な決断がされやすい時代になっている。


 特に探索者はその影響を強く受けている。

 余計な騒動になりたくないなら、慎重をするのが賢明だろう。

 そういった観点から、セレスの判断は最善だった。


 それから20分ほど歩き続けて、


「ここです。」


案内された先にあったのは、小型の『迷宮』だった。

 山奥の少し開けた場所にぽつねんと浮かんでいて、周囲と馴染まない雪景色を映している。どうやら冬に生まれたものらしい。


「今日は、この『迷宮』のコアを回収します。」

「・・・・・は?」


 一泊遅れて疑問符を頭上に浮かべる。

 何を言ってるのか、意味が分からなかった。


「ちょっと待て。1日で終わらせる気か?外部からは小さくても、中は相当、広いんだぞ。」


 眦を釣りあげ、訂正を求める。

 迷宮の内部の空間は、外部からの空間に依存しない。

 恐らく、直径50cmほどの迷宮でも、10kmは下らない異空間になってる筈だ。

 しかも、魔物も生息しているので、探索中は常に襲われ続けることになる。

 数日がかりならまだしも、数時間で発見するのは困難だ。


「大丈夫です。私はコアの位置が大体、分かりますので。」

「・・・・・チート過ぎだろ。」


 少し得意げに鼻を鳴らし、セレスは些末な事と言わんばかりに、言ってのける。

 その規格外な能力に、俺は眉間の皺を揉みほぐしながら、うめくように呟いた。


 実際、コアの位置が分かるのは、反則的だ。

 迷宮災害が起きた時、最も時間をかけるのは、コアの位置の特定だ。


 それも、探知魔法や付近の探索者の協力、魔導技術製のドローンなど様々な方法で駆使して、ようやくというもの。

 有るのと無いのとでは、ゲームそのものが変化してしまう。

 まさに管理者にのみ許された反則手チートだ。


「貴方は私の護衛をお願いします。」

「必要か?俺にしたように命令すれば良いんじゃないか?」

「私の命令権は、コアに対してのものだけで、魔物には通じません。そもそも魔物の発生も異常事態イレギュラーの一つですから。」


 そう言えば、そんな事を言っていたな。

 俺との違いも、コアの有無で説明がつくし、得心はいく。

 ただ、それはそれで問題が出てくるが。


「私もそれなりに戦えますから、足手纏いにはなりません。その辺りは、安心なさって下さい。」


 俺の懸念けねんを予期していたように、セレスはさきんじて言った。

 こちらを見上げる緑柱石ベリルの双眸には自信ありげな光が瞬き、薄い唇は三日月に弧を描いている。


 また彼女が、不測の事態に備えた人造人間バイオノイドである事を考慮すれば、発言が真実である可能性は高い。


「分かった。」


 小さく息を吐いたあと、俺は腹を括るように力強い返答を返した。

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